第24話 過去を晒せ7/8

※ 長くなった上に終わりませんでした……


 城を出発してから2週間後の夜中。雨が降りしきる中、我々はさびれた城下町を走っていた。

 ここまでは順調に来たと言っていいだろう。ランのアジトから自陣へ戻ったときと同じように、魔法で疲労軽減、移動速度向上をかけ、敵兵に見つからないために隠蔽いんぺい魔法もかけ続けた。もちろん、あの時とは違い、随時休憩はとっていたが。

 こちらの動きを察知されないように、基本的に戦闘は回避。別部隊が陽動に動いており、敵の目を逸らしてくれている状態だ。


 この場所は寂れているが、もう少し行った城に近い場所では明りの魔導具が辺りを照らし、豪華な建物が目立つ。国力もさほどないのに戦争に金を使いすぎているため、国民の大半は貧乏であり、貧富の格差が激しいようだ。

 城下町でこれだ。ここにたどり着く前に立ち寄った町や村では、税がきつく、食べていくのがやっとの状態だった。やせ細った子供も多く、誰のための、何のための戦争なのか、俺にはさっぱり分からない。

 逃げ出したくとも、国への出入りは厳しく制限されており、万が一亡命しようとしたところを発見されれば、厳しい罰が待っている。リンチ後に見せしめのために衆人環視しゅうじんかんしの中で死刑となるらしい。


 寂れた場所を抜け、だんだんと明りの魔導具が増えてきた場所を、なるべく明りにあたらないよう、物陰に隠れながら進む。感付かれてはいないはず。

 城は目の前だ。しかし、警戒の厳重な正面から突入するつもりはない。大きく迂回うかいして城の裏側を目指した。

 もうすぐ城の真裏につく、そのとき。


「動くなぞくども!」


 男の怒声と共に城壁の上から指向性を持った強力な明りの魔導具サーチライトが我々を照らした。一瞬目がくらむも、すぐに回復して声の方に目を向けた。

 そこには指揮官とみられる偉そうな男がいた。そしてその隣には知ってる女。指揮官と女の後ろには数百人の兵士。

 気配を感じ辺りを見回すと、そこにも多くの兵士がいた。

 合計で千人には達しない程度だろうか。敵に囲まれていた。


 しかし、そんなことよりも。


「ラン……」


 俺は思わずつぶやいた。


 その呟きが届いたかのようにランが声を張り上げた。


「久しぶりさね、ハル! 約束は覚えているかい!? 派手にさね!」


 この状況で、この女は暗に「約束を守れ」と言っている。つまり、ランを派手な魔法で殺せと。

 おいおいおい。俺は囲まれているんだぞ。本当に俺が派手に殺されそうだわ。

 しかし、相変わらずエロい恰好をしてる。乳がこぼれそうだ。真っ赤な口紅もそのまま。そして、一切老けたように見えない。あの頃のまま。本人には言ってやらんが、美人なままだ。


「ハルさん!」


 カバの叫びで現実に引き戻された。


「ああ、分かっている。打合せ通りにやるぞ」

「ですが、ハルさん、想定よりも数が多いですし、今、『ハル』と呼ぶ声が聞こえましたが!?」

「人数は誤差範囲。あそこにいる女は想定外だな。相当な手練てだれだ。しかし、殺るしかない」


 打合せ、想定。

 我々はこの展開も考慮に入れていた。人数は三百程度までだと思っていたが。

 それに、考慮に入れていたとしても、やれることなどたかが知れている。投降か強行突破か、もしくは。


「打合せ通り、俺が合図したら俺だけを残して他は城内へ侵入。死ぬなよ」

「それはこちらのセリフです! 絶対に成功させますから!」


 俺は返事をせずに高速で右手に巨大魔法陣を展開。後ろと左右を囲んでいる敵は無視。前方、ランのいる方へ頭上から巨大な炎の塊を落とした。


「行け!」


 俺の声と共に、短距離転移の魔法を得意とするヤツが城壁の上に目を向けて転移魔法を展開。この魔法、目視できる範囲までしか飛べないが、複数人を瞬時にそこまで運べる。


「させないよ! アンタみたいに冷たい男には冷たくし返してやるさね!」


 爆炎が消えないうちに、ランの声が聞こえた。

 やはりこの程度は防ぐか。


「俺を追い詰めているお前に言われたくない!」


 うっすらと見えるランの手には魔法陣が展開されている。転移前に我々全てを吹き飛ばすか、転移魔法の破壊クラッキングをしてくるはず。

 しかし、どちらであっても発動しなければ意味はない。

 俺はあらかじめ左手に展開させていた魔力阻害ジャミングの魔法を放った。用意していた分、俺の方が早い。ランにも見せていなかった、魔法の同時展開だ。

 魔力阻害ジャミングは、魔力の流れを乱すことによって魔法の発動を阻害する魔法だ。ランほどの手練てだれであればもって数秒。だが、数秒あれば足りる。


「っ!!」


 ランから驚きの声が漏れ聞こえた。これでいい。

 転移は完了し、直後、俺に向かい広範囲に無数の氷の槍が放たれた。

 ああ、


 氷の槍のスピードが速い。防御魔法の展開は間に合わない。通常なら。

 俺は首から下げていた魔石に魔力を込めた。途端に分厚い土壁が目の前に現れ、最小限の面積で俺を守った。

 魔法使いは戦場ではあまり魔石を使用しない。そもそも自分で魔法を使える上に、安くない値段コストがかかる。だが、何も考えずに魔力を通せば魔法を発動できるというメリットは大きい。とくにこのような早い攻防には命綱となりうる。

 ランから放たれた氷の槍は広範囲にまかれており、俺の土壁に当たらなかった槍が敵の兵士を巻き込んでいった。


 敵はランだけではない。俺を包囲している兵士からも魔法や弓矢が飛んでくる。しかし、判断が遅い。俺は正面を土壁に守られたまま全方位の魔力障壁を展開した。

 雑兵ぞうひょうの魔法や矢なら、比較的簡単に張れる魔力障壁だけで充分だ。


 土壁が氷の槍を防ぎ切ったことを確信すると、俺は土壁を解いて正面を見た。

 爆炎が消え去り、残っていたのはランとランの張った障壁で偶然守られた指揮官を含めた数人の兵士、それと、運よく魔法の範囲外にいた兵士だけだ。

 正面の敵は百も残っていないだろう。難を逃れた兵士も呆然として戦意を失っている。


「ば、化け物! 皆、早く魔法を撃て! 化け物を殺せ!」


 腰を抜かせて尻もちをついたままの指揮官が叫ぶと、呆然としていた兵士の何名かが我に返り魔法陣を展開し始め、ほかの三方を囲む兵士たちからも再び攻撃が始まった。

 魔法障壁はあと数十秒もたないだろう。しかし、逆に言えば、数十秒もつということだ。それだけ時間があれば。


「ほらほら! 次々行くよ! 大人しく捕まって冷えたメシでも食いな!」

「うるせー! 殺す気満々な魔法じゃねーか! 捕まえる気ないだろ!」


 ランが新たな魔法陣を生成しているのを確認し、俺は両手に魔法陣を展開した。

 右の魔法陣を空に。魔法陣は二十メートルほど上空で止まる。

 本来、魔法は、魔法陣を展開させてすぐに発動させる必要はない。手元ですぐに発動させるのは、魔法陣を展開している間中、魔力を消費し続けることと、手元から離せば離すほど魔法陣の維持にも魔法の発動にも使用する魔力量が多くなるためだ。しかし俺にとっては微々たるもの。

 空に打ちあがり停止した魔法陣に魔力を込め、魔法を発動させた。

 魔法陣からは四方八方しほうはっぽうに向け、こぶし2個ほどの大きさの炎の球が無数に降り注ぐ。

 全方位から響く阿鼻叫喚の声。


 それと同時にランは魔法を発動していた。

 巨大な氷山が俺に向かって飛んでくる。やはり氷。俺が一人になったことから、数を打つよりも威力を増してきたわけだ。さっきと同じ土壁では破壊されて突破されるだろう。だが、俺が準備していた魔法には意味をなさない。

 魔法反射リフレクトだ。

 最低限、打たれる魔法の属性を知らなくては使えないが、俺は氷と予想。それが当たったのだ。もちろん、万が一外れた場合の保険も残してあるが。

 俺の魔法陣に吸い込まれた氷山は、そっくりそのままランに向かって飛んでいく。

 ランは俺の魔法陣の種類を看破し、すでに別の魔法陣を展開していた。土壁の魔法だ。しかし、さすがはランと言えるだろう、正面からぶつけるのではなく、角度をつけて受け流した。それに巻き込まれる形でまた兵士の数が減っていく。


 俺とランの言い合いと魔法の打ち合いは続く。


「アタシが怖いなら土竜もぐらのように逃げまどいな!」


 足元から円錐状に尖った土の塊が俺に迫る。土属性。


「逃す気もないくせに! 空々しいんだよ!」


 風のやいばをランに向けて飛ばす。風属性。


「弱音かい? 肩で風切ってたガキはどこに行ったんだい!」


 逆に風の刃が俺を切り刻もうとする。風属性。


「なんだそのゴミみたいな魔法は! 燃えるゴミか!」


 炎の塊で風の刃ごと押し返す。火属性。


 俺とランの攻防に巻き込まれ、だんだんと兵士が数を減らしていく。

 既に指揮官は物陰に隠れており、他の兵士は巻き込まれないように必死で、こちらへ攻撃すらしてこない。


 頃合いだろう。


「いい加減にしろアバズレ! 燃えて吹き飛べ!」


 俺は両手に、巨大で、何層にも重なり、複雑に絡み合う魔法陣を展開。誰が見ても一瞬では何をやっているのか分からないだろう。ランも何かの魔法陣を展開し始めたが、もう関係ない。その魔法ごと吹き飛ばす。

 右手に風の魔法陣、左手に炎の魔法陣。偶然だが宮廷魔導士のじじいが俺をスカウトすると決めたときと同じ組合せだ。

 2つの魔法を合成し、一気に魔力を込めて放った。魔法陣から現れたのは燃え盛る炎と吹き荒れる風をまとった龍。威力は昔の比ではない。

 同時にランも氷の魔法を放つが、龍はそれをも飲み込んで荒れ狂う。氷の魔法を飲み込んだ龍は、地上を睥睨へいげいするかのごとく一度上空に舞い上がり、一瞬の間の後、地上のランへ襲い掛かり、そのあぎとでランを飲み込んだ。衝撃はすさまじく、地面にクレーターを作り出した。

 最後に見えたランは、炎と風に巻かれながら何かの魔法陣を展開していた。そして、笑顔をこちらに向け、真っ赤な唇の動きで「ありがとう」と言ったようにみえた。


 しばらく呆然としていた指揮官は、爆炎が治まると叫び声を上げた。

「あの傭兵が跡形もなく消し去られただと!? 聞いていないぞ! こんな化け物が敵にいるだなんて!」


 声を出すこともできずに停止していた他の兵士達も、指揮官に続いて騒ぎだし、次々を逃げていく。

 そこからは残党狩りだ。戦意を失い逃げまどう兵士など狩りの対象でしかない。

 俺の魔力も残り少なかった。魔法は規模によっても複雑な制御によっても魔力を多く消費する。

 逃げる兵士に省エネな魔法を放ち続けているうちに、指揮官はいなくなっていた。指揮を放棄して逃げおおせたらしい。最初に威勢よく登場しただけで、なにもしてないな、アイツ。


 周りに動く兵士がいなくなったところで、俺は城壁に背を預けて座りこんだ。

 ランの最後の笑顔が頭から離れない。どうしてこうなったのか。どうしてこうしてしまったのか。

 荒くなった呼吸がなかなか戻らない。汗がほおを流れていく。これは汗だ。しかしそれをく気力もない。


 いつの間にか雨がやんでいる空を見上げた。無数の星と月明りが地上を照らしている。

 星空を背景に、城から狼煙のろしが上がった。どうやら作戦は成功したらしい。誰も死んでなきゃいいな。もう誰にも死んでほしくない。

 死別は、やはり悲しいものだから。


 狼煙がかすんで見えた。

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