第22話 過去を晒せ5/8

 ランとの生活は三ヶ月ほど続いた。その中で、ランは一週間から十日に一度アジトを離れ、一日か二日後に帰ってくる生活だった。

 戦場に行っているのかと思いきや、「とりあえず戦場にも飽きたから、失踪したままさね。食料と物資の調達と、魔導具の修理なんかの個人的な依頼を受けてきているのさね」ということらしい。


 ランは、アジトにいる時には常に寝間着だ。またその寝間着もエロい。柔らかそうな生地のシャツの胸元を大胆に開け、これまた柔らかそうな生地の、きわどい丈の短パン。そんな恰好でソファーでダラけているのだ。

 ちなみに、部屋着用のブラは付けているらしい。


「ハルー、腹減ったー。何か作ってー」

「居候の身だから料理することに文句はないが、たまには自分で作ったらどうだ?」

「肉も魚も野菜も、生か、塩コショウで焼くだけで良いなら作るさね。それしかできないし」


 この女、言い切った。

 確かに、俺が来る前まで調理道具は、包丁、まな板、フライパンだけだった。

 ランが「xx作ってー」とリクエストしてくる度に「道具がない。買って来い」と言って買わせ、増やしていったのだ。


「……嫁の貰い手がなくなるぞ?」

「アタシは良いのさね。ハルみたいに料理も家事もできるダンナを見つけるんだから」

「俺のように一人でなんでもやる奴は、逆にランのようなヨメを貰いたくないだろうがな」

「ハルの意地悪ー。おねーさんモテるんだからねー」

「あー、はいはい。そんなエロい恰好していれば寄ってくる男もいるだろうさ」

「お? エロいだって? さてはアタシを意識しちゃってるね? 惚れちゃったのかい? 惚れちゃったんだね?」


 胸を寄せて谷間をアピールし、ニヤニヤしながらからかってくる。コイツはなんで、からかう時とののしる時だけエネルギーに満ち溢れているんだ。


「うるさい。見たくなくても目に入るんだ。そう言えば、ランは何歳なんだ? 二十代中頃から後半に乗ったくらいに見えるが」

「レディに歳を聞くなんて失礼さね。アタシは秘密の多い、ミステリアス美女だからナイショさね。ハル、それよりも腹減ったー」


 実に怠惰たいだな女だ。

 しかし、そんな怠惰な女は、魔法に関してのみ真摯で勤勉で、厳しかった。


「そんな魔法陣ソースコードじゃ、まだ制御が甘いさね。『とりあえず動けば良い』っていう考えからさっさと卒業しな!」


 魔法陣を描いては否定される。

 基本的にダメ出しだけで、それ以外のことを教えてくれない。このアジトにある図書室はランのアジト全ての図書室と空間魔法により共有されており、たくさんの魔導書があった。定期出版の魔導雑誌も、最新版が揃えられていた。

 名前や技術の種類の順には並べられておらず、出版時期の順に並べられていた。「本当の最新は書籍には無いのさね」とランは言った。最新は常に研究所や個人のデータベースの中にあると。


 しかし、一般人がアクセスできるところに最新版はなく、俺の母国語とは違う言葉で書かれていることが多い。それは書籍も同じだ。最新の技術書は俺の母国語では書かれていない。


 自然と俺の語学能力は上がっていく。初めは辞書を使いながらの読書だったが、そのうちにスラスラと読めるようになっていった。それでも母国語には劣るのだが。

 やはり、専門書に起こされるよりも雑誌の方が情報が早い。俺は雑誌に載っている技術にカブれていった。


「この魔法陣はなにさね! まったく統一性がない!」

「それは一部に最新の理論を適応したんだ!」

「ハルはアホかね! 『一部』に適用するんじゃないよ! やるなら『全部』 に適用しな! 読み手が戸惑うような理論を混合した魔法陣なんて、誰も読みたくないのさね! そんなゴミは自分の家でだけ溜め込みな!」


 アジトがゴミ屋敷だったランに言われると、説得力がある。……ある?

 ふてくされそうになるが、ランが言っていることは正しい。俺はごっそりと書き直していった。

 このころ既に魔法陣作成魔導具が世に出ていたため、修正も紙のときよりもやりやすい。それでも、課題となる魔法陣がだんだん巨大になっていくため、かなり時間がかかるのだが。


 数日後、修正版をランに見せた。

 ランはしばらく魔法陣を眺めたあとで口を開いた。


「まあ、合格さね。ぼちぼち卒業させてやろう」


 突然の卒業宣言だった。ランと共同生活を送るようになって三ヶ月。長いようで短かったが、実際に『卒業』と言われてみると寂しくも感じる。

 俺が無言でいると、ランはからかってきた。


「なんだい? ランおねーさんと分かれるのが寂しいのかね?」


 寂しい? 俺が? 言われてすぐには分からなかったが、確かに、俺は寂しいのかも知れない。

 宮廷魔導士のじじいに引き取られてからと言うもの、俺は魔法やその他の知識を覚えることに夢中で、人間関係の構築はしてこなかった。戦場ではそれなりにコミュニケーションをとっていたが、それでも『親しい友人』や『腹を割って素の自分を見せられる相手』はできなかった。

 ここに来てから、知らず知らずのうちに喜怒哀楽の変化を表に出すことが多くなっていた。ランのあけすけな性格のおかげだろう。

 つまり、村から出て以来、初めてできた「腹を割って素の自分を見せられる友人」ということなのだろう。


「ああ、そうかもな」

「おや、随分と素直じゃないか」

「世話になったのは確かだし、別れだからな」

「それじゃあ、世話をしたアタシから、ハルに最後のお願いがあるのさね」

「なんだ? 飯か?」

「それはお願いじゃなくてハルの義務さね。そうじゃなくて……」


 ランが珍しく言いよどんだ。まさか肉体関係を迫られるのでは!? この状況で俺は断れるのか?

 などと考えながら無言で待つと、ランはゆっくりと続けた。


「次に会うときは、きっと戦場。もしそうだとしたら、アタシを殺して欲しいのさね」


 とんだ約束をさせられてしまった。

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