第21話 過去を晒せ4/8



 古い技術や考え方を使い、現場でとりあえず量をこなす人がいる。そんな人ほど労働時間を気にせず、何かの使命感に従って魔法陣ソースコードを量産する傾向にある。そして、労働時間を言い訳にして勉強をしない。

 俺はそれを認めない。むしろ反吐が出る。

 『とりあえず作る』という行為は、その場しのぎ、言い換えれば対症療法的にすぎない。その場ではそれなりに意味があるのだろう。しかしそんなもの、『ゴミの量産』でしかない。

 古い方式、古い考えで推し進めた魔法陣は、いずれ『負債』と化すのだ。

 規模の大きいお堅い魔法の根幹部分などで『枯れた技術』と呼ばれる、古くから存在し実績のある技術を使うのは充分理解できる。

 それ以外の、表記方法や考え方を古いまま使うのは、不勉強の結果、イコール害悪でしかない。

 そんな俺の考えの基礎を作ったのは、この短い期間の教育のせいだろう。




 展開した魔法陣を、「ナンセンス!」と言われてから、俺の魔法陣はその場で書き換えれらえた。

 当時の俺は他人の展開した魔法陣を書き換えることなど不可能だと聞いていたし、事実できないと思っていた。


「何をしたんだ!?」

「魔法陣を書き換えただけさね。それより、ちゃんと見な。ハルの魔法陣との差はわかるかい?」

「……無駄に錯綜さくそうしていた魔力が自然な流れになっている。そして、繰り返し処理が大幅に減っている」

「そうだね。ハルの魔法陣には無駄が多かった。ひと昔前はそれでも充分だったが、新しい理論を組み込み、内容を精査せいさすればこんなものさね。ざっと見ただけの修正だし、理論値りろんちではあるけど、消費魔力は1/10程度になってる。つまり、魔力消費をそのままに、10倍の量の魔法が打てるってことさね。これが、ハルが怠惰たいだにも戦場ばかりに居た結果さね」


 『怠惰』と言われた。俺は誰よりも多くの戦場を駆け、誰よりも多くの死線をくぐってきた。その俺を怠惰と。

 はじめからその意見に迎合したわけではない。当然対立し、議論を交わした。しかし結論はことごとく、ランの意見が正しいのだ。

 ランの意見を『所詮しょせん理想論だ』と片付けてしまうのは、ただの思考の停止だ。


 深く考え、深く議論した。目からうろこが落ちるとはこのことだ。俺は怠惰であったと理解した。目の前の問題をそれなりに解決することで『働いている気』になっていたのだ。もし俺に少し立ち止まって勉強する勤勉さがあれば、少なくとも最近の現場では、10倍の成果を残せていたはずだ。それは、勉強のために立ち止まった時間よりも多くの戦果となるはずだった。


 ひととおり、俺の魔法陣に対する議論が終わり、俺は納得した。納得し、己に失望した。

「……ランさん、今の書き換えの理屈はわかった。その書き換えに至る考え方と勉強のしかたを教えてくれないか? いや、教えて下さい」


 俺は深々と頭を下げた。誰かに頭を下げて教えを乞うなど、おそらく人生で初めてだろう。

 宮廷魔導士のじじいに魔法を教わったときも、さも「お前らの都合のためにも、俺に教えるのは当然」という意識でいた。王都に行ってからは求めずとも魔法やその他の知識を詰め込まれていった。頭を下げる気もなかったし、必要性も感じていなかった。


「はーっはっはっは! それじゃあ、準備をしな。場所を移すよ! あと、アタシのことは『ラン』と呼びな。敬語も必要ないよ!」


 ランは豪快に笑ってそう言った。

 確かにここはどこだか分からない洞窟だ。腰を落ち着かせなければ教わることもできない。

 しかし問題がある。俺が失踪したと知られれば軍のなかで騒ぎになる。そして、ランほどの魔法使いだ。ランの方でも問題になるに違いない。


「俺とランが失踪しても大丈夫だろうか……」


 特に問うわけでもなく、つぶやいてしまった。


「大丈夫さね。ハルは死んだと思われているし、アタシが失踪するのはいつものことさね。アタシは所詮しょせん傭兵だからね」


 ランの説明によると、俺を助けてこの洞窟まで運ぶ際に、念入りに偽装工作をしたらしい。土魔法で巨大なクレータを作り、さらに巨大な火魔法でこがし尽くしたらしい。俺を骨すら残さず打ち倒されたということにするそうだ。


「まあ、多分だがね。バレても、大丈夫さね」




 俺たちはランのに来た。

 自宅ではなく、アジト。傭兵をしているランは、いくつかのアジトを用意しているらしい。


「さて、ハル、まずやることは分かるね?」

「あ……ああ。世話になるんだし、身体で対価を払わなければな」

「良い子さね。じゃあ、まずはベッドルームに行こうかね」


 玄関を入った時点で分かっていた。しかし、ベッドルームに入ったとたん、俺は燃えだした。

 これは俺がヤらなければならない。そして、この女の身体に教えなくてはならない。


 掃除を。


 ランのアジトは酷いものだった。

 ゴミは散乱し、キッチンには生ごみはなかったものの、シンクは使用済みの食器で埋まり、ベッドルームは脱ぎ散らかした服が層を作っていた。もちろん、服の中には下着も含まれる。どれもキワドイ下着だ。しかし、そんなものに欲情できる状態ですらない。


「まずは掃除、洗濯、洗い物。すべてはそこからだ。とりあえずは俺がやろう。だが、お前も一緒にやれ」

「あらぁ。もうアタシを『オマエ』呼ばわりかい? ドキドキしちゃうねぇ」

「うるさい! とりあえず掃除をしなければマトモな生活すら送れないではないか! それこそ、ナンセンスだ!」


 こうして俺とランの生活が始まった。

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