第20話 過去を晒せ3/8

 背中が痛い。……痛みだと? 俺は死んだのではないのか? 死後の世界で痛みがあるとは、ここは地獄なのか?


「お目覚めかい? 眠りの国の王子様」


 不意に声をかけられた。一番新しい記憶にある声だ。


 目を開いた。まぶたの裏は闇であったが、まぶたを開いても闇。

 目の端に薄い光が映った。オレンジ色で揺らめいている。

 俺はなんとか首を傾けて、その光の方、声の発生源を見た。

 まだ視界はぼやけている。


「おい、ガキ、目が覚めてるなら返事しな」

「あ……お……あ……」

 上手く声が出ない。


「ああ、無理に言葉にしなくてもいい。起きたのが分かれば充分さね」


「ん……」


 俺は口を閉じた。

 記憶を整理する。

 ゲリラ的に奇襲を決行し、反撃され、逃げて、倒れて、雨に降られて、それで……。


 「て……天使!!」


 俺は跳ね起き、光の方に首を向けた。視線の先には一人の女。

 一瞬、キョトンとした女は、次の瞬間に盛大に笑い出した。


「あーはっはっは! アタシが天使かね!」


 金髪碧眼きんぱつへきがん。ゆるくウェーブした髪がゴージャスだ。

 しかし……。


「あ、いや、痴女?」

「おい、コラ、ガキ! 誰が痴女さね!」


 そう、痴女。上下ともに黒のレザー。胸元は大きく開いており、豊満な胸が納まりきらずにこぼれている。のちに確認したところ、背中はもっと開いていた。

 下もズボンではあるが、身体のラインにぴったりフィットした、きわどい丈の短パンだ。肉付きの良い太もものみに留まらず、「そこって尻って言わないか?」というところまでもを惜しげもなくあらわにしている。


 俺は自らの服装が乱れていないかを確認した。上半身は裸にされており、包帯でぐるぐる巻きにされているが、下半身はだった。


 どうやら俺は洞窟にいるようだ。そんなに深い洞窟ではない。洞穴ほらあなと呼んでもいいくらいだ。

 出口を見れば、外は暗く、雨水が洞穴へと流れ込んできている。


 出口と逆の方向を見れば痴女。天使じゃなくて痴女。

 状況から判断するに、どうやらこの痴女が助けてくれたようだ。とりあえずお礼は言わなくてはならない。


「あの……、あなたが助けてくれたんですよね? ありがとうございます。それでここは?」

「見ての通りの洞穴さね。あのまま放っておけなかったからね。近くにちょうどいい洞穴があったんで、運んだ」

「……なんで、どうして助けてくれたんですか? 友軍ゆうぐんの方ですか?」

「だから言ったろ。放っておけなかったのさね。友軍かどうかで言えば、敵……」


 そこまで言われた瞬間に俺は飛び起きて臨戦態勢をとろうとし、失敗した。

 立ち上がることも手に魔力を溜めることもできなかった。


「ちょっと、落ち着きな。殺すならとっくに殺しているさね」

「だったら、なぜ?」


 痴女は少し考えてから口を開いた。


「アンタがガキだから、かな。ガキは戦場で死ぬべきじゃない」

「そんな理由で?」

「大人がガキを助ける理由が、それ以上に必要だと思うのかい?」

「……」


 俺は答えることができなかった。その時の俺は、自分を大人だと思おうとしているだけのガキだという自覚があったからだ。

 俺ならどうしただろう。味方に大打撃をあたえたガキがそこにいる。助けるか、殺すか。

 殺す……、だろうな。

 ならば、他に理由があるのか? 俺を懐柔して味方に引き入れる、だとか、俺から情報を引き出したいだとか。


「納得できない顔だね。打算なんてないさね。アタシが特別かどうかはわからない。だけど、それがアタシさね」


 納得はできない。できないが、それで俺が助けられたのは事実だ。


「……とりあえず、ありがとうございます」

「うん。良い子だ。ガキはそうじゃなくちゃな」

「ガキガキ言わないで下さいよ……」

「まだ名乗られてないしね。とりあえず、脳内で『痴女』って呼び続けてないで、アタシのことは『ラン』と呼びな。敬語は不要だよ」


 この痴女、俺の脳内を読みやがったのか!?

 いや、含み笑いをしているところを見ると、ただの推測だな。いいだろう、乗ってやる。


「『淫乱いんらん』さん、ありがとう。俺は『ハル・ブート』だ」

「『インラン』ってなにさね! アタシは『ラン・フォート』。それよりも『ハレンチ』くん、いい加減にアタシの胸から目を離しなさいな」


 俺はとっさに目をらしてしまった。胸なんて見ていないのに。いや、気になってチラチラを見てしまっていることを自覚しているからこそ、目を反らしたのだ。

 ランはゲラゲラと腹を抱えながら笑った。俺は赤面でうつむく。

 今考えると初心うぶだった。今なら「見られたくないなら出すな、露出狂が」と、皮肉に笑って返せるだろう。多分。


 そのあともくだらないやりとりは続き、落ち着いた頃には、手足にある程度チカラが入るようになっていた。

 久しぶりにこんなに笑った気がする。俺は徐々に、「ランになら懐柔されるのも、尋問されるのも良いかな」と思うようになっていた。命の恩人だし。


「それで、ラン、俺を助けた理由はなんだ?」


 ランは一瞬、理解ができないようにほうけた顔をして、「はあ?」と不機嫌そうに眉をひそめた。


「アタシの目的はさっき言った通りさね。ひとつ付け足すなら……」

 ランは俺にひとつのびんを投げてよこした。それは魔力回復のポ-ションだった。コレ、胸元から出したよな? 確かに深い谷間ではあるが……。


「ハル、さっきの大魔法の魔法陣を展開してみな」


 あー、俺の魔法を解析したいのか。俺は少し残念に思いながらも、言われたとおりにポーションを飲み、魔法陣を展開した。ポーションではそこまで魔力は回復しなかったが、自然回復分を含めて、魔法陣を展開できる程度には回復した。


「これがさっきの大魔法だ。どうだ、解析できたか? なんなら紙に書いても良い。それで貸し借りナシにしてくれると助かる」


 俺の声音こわねは意識せずにキツいものになっていたと思う。もうどうとでもなれ。

 しかし、返ってきたのは痛烈つうれつな言葉だった。


「はあ? こんなゴミみたいな魔法陣で何を言ってるんだ? 制御が甘い、無駄が多い、魔力量任せ、記述が古い。総じて、ナンセンス! ハル、お前、戦場ばかりに出て勉強をおこたっているな? それじゃ死ぬ。すぐ死ぬ。私はオマエを死なせたくない。よって、勉強しろ! 基礎はアタシが教えてやる」


 そうして俺は、ランに師事することとなった。

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