第19話 過去を晒せ2/8

 王都に連れ帰られた俺は、徹底的に直接戦闘系の魔法使いとして教育された。

 宮廷魔導士の老人が村に現れるまでまともに教育というものを受けたことがなかったため、全てが新鮮だった。

 魔法の他にも読み書きを覚え、礼儀作法、交渉術、格闘術、剣術など、おおよそ『戦場』と呼ばれる場所全てで生き残れるすべを叩き込まれた。

 その『戦場』には、社交界や商人との交渉も含まれている。


 命のやりとりという意味での初陣は十歳の頃だ。

 味方大将の護衛から始まり、徐々に本陣から離れての配置となった。

 最前線へ送られることも単騎での先駆けも、まだマシだった。

 そのうち、単独で戦場入りさせられることになった。押されている戦場に派遣され、起死回生の一撃離脱や、ゲリラ戦を強いられるような戦況でだ。漠然と「死期は近いな」と思ったものだ。


 十五歳。魔力も技術も伸び盛りだった。少なくとも、伸び幅を実感できていた。

 同時展開できる魔法陣は二つどころではなくなり、この技術だけを見れば他の追随を許さない。そもそも二つ以上の魔法陣を展開できる者が極端に少ないのだ。


 階級も上がった。何度も味方の窮地に単独で介入し、生存率を上げてきた。小隊、中隊、大隊、それぞれの長の依頼で動いた結果なのだが、俺は彼らよりも地位的に偉くなっていた。だから、依頼というより『懇願こんがん』に応えた形だ。

 彼らにとって、俺はいい道具だっただろう。俺はそう理解した上でやっていた。

 その頃から『銀の弾丸シルバーバレット』という有難くない二つ名で呼ばれるようになった。

 俺さえ投入すれば全ての問題が解決する、ワイルドカード的な意味合いでだ。

 そんなはずないのに。


 テングになっていたのは認めざるを得ない。

 戦線が押し込まれていたあるとき、単独でゲリラ戦を仕掛けて離脱した俺は、もう一歩も動けなくなっていた。

 魔力も底を尽き、ここまで逃げるだけで体力も空っぽだ。反撃を食らって火傷や傷だらけ。出血こそ酷くはないが、満身創痍と言って良いだろう。


 大魔法を連発した。天災のような威力に数を減らしてゆく敵。俺はその戦果に酔ってしまったのだろう。いや、魔法に酔ったのか。

 撤退のタイミングを見誤ったのだ。

 倒れこんだまま、重たい身体をなんとか仰向けにした。仰いだ空からはバケツをひっくり返したような雨。火照った身体にちょうど良いかと思っていたが、降り続く雨は容赦なく俺から体温と体力を奪っていく。

 俺を糾弾する怒鳴り声にさえ聞こえていた雨の音が、だんだんと遠ざかっていく。

 

「やっと見つけたぞ」


 女の声。今どき女の兵士も珍しくはない。追いつかれたのか。このまま衰弱して死ぬか、敵に殺されるかの違いだ。もう首を動かすことすら面倒だ。声の方にすら向くことができず、俺は瞼を閉じた。


「見てたよ。魔力に任せて大規模魔法をバンバン撃ってえつに浸ってるようじゃ、まだまだガキだな。ああ、ガキか」


 死にゆく敵に何を言ってるんだこいつは。イカれてるんじゃないか? まあ、戦場にいるようなヤツだ。どこかしらイカれている方が自然か。


 なんでもいい。殺せ。早く。


 突然、顔に雨が当たらなくなった。石鹸の香りが鼻腔をくすぐり、上半身にぬくもりを感じた。


「なんだ、ガキ。生きることを諦めたか? お前みたいなクソガキが戦場で死ぬんじゃあない。足掻あがけ。敵に命乞いをしてでも、泥水をすすってでも生き延びろ。ゴミ虫はゴミ虫なりに地をってでも『生』にすがり付け」


 ささやくような、怒っているような、泣いているような。そんな声が耳元で聞こえた。

 なんだ、敵じゃなくて、俺を死の世界へ連れて行ってくれる天使だったのか。

 俺は気付かぬうちに既に死んでいて、天使にでもいだかれているのだろうか。しかし随分と口の悪い天使だ。

 俺はその天使を一目見ようと、懸命に目を開いた。見えたのは真っ赤な唇だけ。


 ――ああ、天使ってケバいんだな。


 俺の意識は闇に沈んだ。



 

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