第18話 過去を晒せ1/8

※『火を消せ』で案件の内容にダイレクトに触れてないと気付いたので、『火を消せ2/6』に追記してあります。

『 ミタライからもたらされた案件は、10年ほど前から稼働している巨大魔法陣の刷新だ。当時よりも魔法技術が発達しているため、操作性の向上、消費魔力の削減、処理時間の短縮化と、当時は技術が追いつかず断念した機能を実現することが期待されている。』

といった具合です。既にお読み下さった方は、読み直して頂く必要はありません。よろしくお願いします。




 我々は現在、『ベルウッドコーポレーション』のミタライからもたらされた大手魔力供給会社の案件で、その会社のビルに常駐していた。スケジュールが見直され、開発工程が大幅に変更になった。

 組織図、特にリーダーは全員が変更になり、俺は魔法陣技術の総責任者を担当し、後輩ちゃんは追加機能の開発を担当するグループに参加することになった。後輩ちゃんは俺の助手的なポジションにしても良かったのだが、色々な人と仕事をすることは、それだけでもいい経験になると俺が判断した。

 メンバーにも入れ替えがあり、新規のメンバーの一人に特殊なやつがいた。端的に言えば『かなり浮いている』のだ。


「先輩、見すぎです」


 俺の視線の先には女性がいた。歳は俺と後輩ちゃんのちょうど中間くらいだろう。丹念に化粧がなされており、服装も華やかな色合いでフリルなんかもついている。

 後輩ちゃんはそういった化粧やオシャレと縁遠い。薄化粧でネズミ色の天然の美人だ。しかしその女性は『作られた美人』という印象が強い。

 ここまで自らが女であることを前面に出している魔法使いプログラマを、俺は見たことがない。いや、1人だけ。あれを魔法使いプログラマと呼ぶかどうか疑問だが。


「あー、ちょっと昔の知り合いのことを思い出していた」

「恋人ですか?」

「いや、『敵』かな」

「敵って……。戦争でもあるまいし」

「そういう意味での敵だ。知らなかったか? 俺は元々、兵士だぞ」

「え、じゃあ先輩が『魔導士』だっていうのも……」

「誰から聞いたんだソレ……。ああ、そうだ。戦場での実績で、だな」

「でも戦争があったのなんて、何十年も前の話ですよ?」

「あったんだよ。決して小競こぜり合いとは言えない規模のがな。多くの王国民には知らされてないだけで」


 そんな歴史の表舞台には出ない戦場に、あのひとはいた。

 ごく稀にだが、俺は口が悪いと言われる。あくまでもごく稀にだが。

 しかし、空気を吸って罵声を吐く生き物であるあのひとに比べたら、まだまだ可愛いものだ。

 あのひとは少し厚めの唇に真っ赤な口紅を塗り、その口で暴言を吐く。


「ナンセンス!」

「ロジカルに考えな!」


 そんな言葉が口癖の人だった。


 俺が初めて魔法を使ったのは、6歳だったか、7歳だったか、まあそのくらいの頃だ。

 戦災孤児であった俺は、小さな村の、孤児院を兼ねている教会で世話になっていた。

 その村に旅の魔法使いがやってきたのだ。

 年老いた男だった。伸びた背筋と思慮深さを感じさせる眼差しが印象に残る。

 今考えても奇特なその老人は、魔法の対価として軒下を借り粗末な食事を得ながら、大陸を横断している途中とのことだった。

 俺はその老人の魔法に夢中になった。非力に見える老人が、開墾に邪魔な岩を風魔法で砕き、枯れた井戸を土魔法で掘り起こして蘇らせた。

 それまで魔法というのは、特殊な紙とインクで書かれた魔法陣か、魔法をこめた魔石に魔力を流すことで魔法を発現させるというイメージがあった。その村にはそういった方法で魔法を使う者しかいなかったからだ。

 紙もインクも魔石も高価だ。紙に書いた魔法陣は使い捨てだし、魔石も数度使えば砕け散る。そうそう使えるものではないのだ。

 老人は違った。自らの魔力で魔法陣を描き、魔法と成すのだ。


「おい、じいさん、俺に魔法を教えろ!」

 俺はその当時生意気なガキだった。

 最初は笑ってごまかしていた老人だったが、「村の役に立ちたいんだ!」という俺の『情熱という名のつきまとい』に根負けし、二つの魔方陣を紙に書いてくれた。もちろん、普通の紙に普通のインクでだ。


 老人は言った。

「これは小さな火の玉を飛ばすための魔法陣と、風の塊を飛ばすための魔法陣だ。これをよく憶えて、魔力で描きなさい。描いた魔法陣にさらに魔力を行き渡らせることで魔法となる」


 俺は早速練習を始めた。孤児院の手伝いをサボり、食事以外の時間は全て費やした。むしろ、サボりの罰で食事が抜きになり、その時間も使った。

 文字は知らなかった。だから、文字も全て図形として頭に叩き込んだ。非効率なことこの上ないが、それしかなかった。

 最初こそ全く上手くいかなかったが、なんとなく体内の魔力の流れが分かるようになってからは、何度かに一回は魔法陣を描くことに成功するようになった。

 ひとつ大きな勘違いをしたまま。


 数日後、老人の発つ日が来た。俺は村を抜け出し、少し離れた街道で老人を待った。成果を見せるためだ。


「じいさん! できるようになったから、見てくれ!」

 街道をゆっくり歩く老人の前に飛び出して言った。

 老人は冗談だと思ったのだろう、声を上げて笑いながら、一本の木を指差した。

「では、あの木にぶつけると良い。見ててあげよう」


 俺は集中してその木を狙い、魔法陣を展開した。


 


「なっ……!」

 老人が叫びかけたのが気になったが、俺は魔法陣の制御でそれどころではない。


 展開した魔法陣に行き渡らせるように、さらに限界まで魔力をこめた。練習でもここまで魔力をこめたことはない。


 火を巻き込んだ風の塊が木に命中し、轟音を立てながら弾けた。後に残ったのは木の残骸のみ。


 俺は勘違いをしていたのだ。老人は「二つの魔法を教えた」のだが、俺は「二つ魔法陣でひとつの魔法」だと思っていた。

 老人の考えでは、本来であれば一つですら成功しないはずであった。それを二つ同時に、合わせて放ったのだ。

 老人は腰を抜かし、俺は魔力の使いすぎで気を失った。


 目が覚めたときには俺は孤児院にいた。聞いたところによると、老体に鞭を打って俺を孤児院まで背負ってきた老人は、「一年以内にまた来る」と言い残し、俺に一冊の魔導書を残して去ったらしい。

 文字を読めなかった俺は、その後必死に勉強して文字を覚え、魔導書を何度も読んだ。


 約一年後、老人は約束通りに現れた。多くの従者を連れて。

 簡単に言えば、家出していた宮廷魔導士の親分が、俺を見つけて慌てて城へ帰り、青田買いに戻ってきたということだ。

 拒否するつもりもなかったが、多額の寄付をもらった孤児院と村が引き留めるはずもなく、俺は城へと連れて帰られたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る