第14話 火を消せ5/6

※少し長くなりました



 それは酷い現場だった。間に合わせの長机が所狭しと置かれ、肩が触れそうなほどのスペースしか割り当てられてない魔法使いプログラマ達が、粗末な椅子にちぢこまりながら座り、作業していた。

 人口密度が高く、伸びをしただけで後ろの人にぶつかる。空気も淀んでおり、誰か一人が風邪でもひこうものなら、一気に蔓延するだろう。


 俺は後輩ちゃんの席へ行き、そっと背中を叩きながら落ち着かせた。

 ボロボロの肌、充血した目、目の下にはクマが酷く、髪もボサボサになっていた。酷い有様だ。たった1週間という期間に、どれほどのストレスがあったのだろうか。


「ぜんばい゛ー! ぜんばい゛ー!」

 後輩ちゃんは涙を浮かべながらそれを繰り返していた。

「まったく。なぜこんな状況で連絡してこないんだ」

「週末にご迷惑をおかけしたので、嫌われているかと……。これ以上ご迷惑をおかけしたくなかったですし……」

「お前は馬鹿だな。何もなかったとは言え、責められるべきは男である俺の方だし、それと仕事とは関係ないだろうが」


 ついに後輩ちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。


「ぜんばい゛! わだぢ、頑張っだんでず!」


 『先輩、私、頑張ったんです』と言いたいらしい。

 俺はうんうんと頷きながら、「俺の言いつけも守ってないし、意味のない努力だけどな」と思いながら、さすがに口に出すことはしなかった。


 後輩ちゃんが落ち着くのを待ってから、俺は調子を変えて告げた。


「もう少しだけ頑張れ。今日までにやった作業と、今やっている作業の内容、その作業をするに至った経緯を教えろ。あと、お前が参照できる資料を全部よこせ」

「はい!」


 後輩ちゃんに少し笑顔が戻り、元気に返事をした。その声に周りの鬼と餓鬼どもがこちらを見てきたが、無視だ。

 それから、日付けが変わる直前くらいまで後輩ちゃんから話を聞き、資料に目を通していった。


 一通りの聴き取りと資料の確認が終わると、亡者達がひしめく現場から後輩ちゃんを無理矢理に連れ出し、辻馬車で後輩ちゃんの家まで送った。週末も現場に来ることを求められていたらしいが、それを無視することを厳命。少し躊躇ためらいを見せたものの、「上司命令だ」と言って押し切った。本当は上司ではなくメンターなのだが。


 俺はその足で行きつけのバー、『プゲラ』に行った。


「おや、ハル。今日もまた……いや、今日はだいぶ怒っているねえ」

「分かる?」

「鏡を見てごらんよ。閻魔様がいるなら、そんな顔をしてるね、きっと」


 そんなけわしい顔をしていたのか。自覚がなかった。

 俺は店長から受け取ったおしぼりで顔を拭き、意識して眉間から力を抜いた。


「店長、エールね。それと、少し通話していいか?」

「はいよー。声は小さめ、時間は短めでよろしく」


 俺は運ばれてきたエールを一気に半分ほど飲んでから、とある二人に連絡をとった。


「あー、俺だ。ハルだけど――」




 翌週、俺は朝から元請け会社の会議室に来ていた。

 机を挟んだ目の前には、赤鬼、青鬼、黒鬼、そして、この案件の責任者であるプロジェクトマネージャ、略してプロマネが座っている。


 太ったメガネのプロマネ。元請けに所属。歳は40台中頃から後半。事前情報によれば、親会社に媚びることしかできないイエスマン。魔法に関しての知識はとぼしく、分かったふりをしているだけだという。


 赤鬼は顔を真っ赤にし、口をへの字に曲げて俺を睨んでいる。

 青鬼は腕を組んで目を閉じ、相変わらずしかばねの真似をしている。

 黒鬼も相変わらず組んだ手を口元に当てたまま、どこか違う時空の監視を続けている。その時空魔法、俺にも教えてくれないだろうか。……もちろん、嫌味だ。


「本日はお集まり頂き、ありがとうごさいます。私は『マウンテン・ライスフィールド』所属の『』のひとり、ハル・ブートと申します」


 プロマネがわずかに眉を動かした。

 『魔導士』とは、勝手に名乗ることができない。相応の実績を持つか、厳しい試験に合格して初めて国王から認定されるものなのだ。

 俺は普段、こんな肩書きは名乗らない。肩書きに意味などないし、あくまでも俺は魔法使いプログラマのひとりでりたいからだ。

 余談だが、ソーサリーエンジニアSEと名乗ることもできるし、そちらは名乗ることができる。魔法使いプログラマの上位だと思われがちであり、事実そういった側面もある。だがSEと名乗る者の中に、まともな魔法陣ソースコードを書けないやつや魔法の知識に乏しいやつがどれほど多いことか。そんな胡散臭うさんくさい肩書きの者と同一視されたくないため、俺は必要に迫られなければSEとは名乗らないことにしている。


 俺がここで『魔導士』と名乗ったのは、こいつらが肩書きに弱いと確信しているからだ。実にくだらない。


「それで、その魔導士のブートさんが、わざわざ会社を通してまで我々を集めて、一体なんの用事が?」


 プロマネが口を開いた。二次請け以降を見下しているやつの目だ。時折こういった「下請けは奴隷」かのごとく横柄な考えを持つやからが湧いてくるのがこの業界だ。


「ええ、来週から私も参入予定なので、先週の夜、弊社から先行させたレイルズの様子を見に行ったのですが、どうも状況がかんばしくないと聞いたもので。実際にどのような状況なのかをお聞きかせ願いたく」


「あー、レイルズ君ね、彼女はよくやっていると聞いている。実際、彼女が加入してから、そのチームは他のチームよりもだいぶと」

「ほう、それで、完成予定はいつですか?」

「再来月の――」

 プロマネが言い終わる前に、俺は後輩ちゃんが書いていた資料を投げた。


「いまこんなものを書かされていて再来月に終わるわけないだろうが!」


 その場の全員が凍りつく。

 後輩ちゃんの書かされていたもの。それは、既存の巨大魔法陣を微に入り細に穿うがち読み解いて、何をやっているかを事細かに調査したものだ。

 しかも、既存の魔法陣は、俺ですら見たことがない奇妙な言語で書かれていた。

 古代語ですらないそれは、あまりもマイナーすぎて、その言語に対する資料が、その言語を作った組織が書いたという不親切なクソ分厚いマニュアルしか存在しない。

 それをいちいち紐解きながら調査していたのだ。


「こんなものを書かせるってことは、貴様らは要件定義も設計も放棄したんだよな?」

「それは違う! 要件定義も設計もした! したが、大部分が『元のやつと同じで』と言われるためにその『元の』処理を確認しているのだ!」

 プロマネが口角泡を飛ばしながら反論してきた。


「それをなぜ魔法陣ソースコードで確認させる? 当然、過去の設計書もあるんだよな?」

「ありはするが……」

「設計書と現状が乖離かいりしてるんだよな?」

「な、なぜそれを!?」

「その程度の予想はつく。貴様の手元にある既存魔法の設計書がものではない、もしくは、設計書の更新を行わずに魔法陣に手を入れた何者かがいるってことだよな?」

「設計書の更新を行わずに手を入れることはありえない!」

「ほう、いい心がけだ。それで、この既存の魔法陣を作り、面倒見てきた会社はどこだ?」

「我が社だ」

「なら会社の棚を全部ひっくり返してでも最新の設計書を見つけて来い! 貴様らはそこで手を抜き、そのツケを現場の魔法使いプログラマに払わせているだけだ! 設計書の最新版も探せないクセに、解析させている魔法陣が最新だと、どうして保証できる!」


 実際に後輩ちゃんが解析し、その内容を既存魔法を使用しているユーザに聞いたところ、何度も「そんな動きはしていない」と言われたらしい。

 後輩ちゃんの解析間違いやユーザの勘違いもあるかもしれないが、解析している魔法陣も最新でない可能性が高い。いま動いている魔法は、魔法化コンパイルした後に魔石に読み込ませたもであるため、渡された魔法陣と実際に動作している魔法と同一のものかは判別不能なのだ。


「……」


 プロマネは押し黙ってしまった。


「とりあえず、既存魔法の最新版の設計書を持って来い。そして、それが最新版であると、貴様が保証しろ。その責任すらとる覚悟がないなら、覚悟ができるヤツに任せるんだな。この件、貴様の会社の上層にも、親会社の魔法担当にも伝えてある。ちなみに、俺はどちらとも旧知だ。逃げられると思うなよ?」


 俺は呆然としている面々に背を向け、会議室を出るのだった。





※次話で『火を消せ』は終了です

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