第13話 火を消せ4/6

※ 残酷?な表現があります。この手にトラウマのある社畜の方はお気をつけ下さい。



 到着したビルは大手の魔力供給会社の自社ビルだ。デカい。古い。ボロい。古くからある会社のため、築年数も相当だ。

 この世界では魔力を動力などのエネルギー源として使用している。生活の中で、魔力が豊富な者は自らの魔力を特殊な魔道具で備蓄して使う。魔力が豊富でない者がどうするかと言えば、魔石を使うか、この会社のような魔力供給会社と契約し、それを使用するのだ。魔石発掘を生業なりわいとしているジョセフさんのところは別として、一般的に魔石を使うよりも魔力供給会社を利用する方が安価となる。

 この案件の客はこの魔力供給会社であり、元請けはこの会社の魔法部門を分社化した、子会社である。このビルの中に元請け会社のオフィスがあり、作業場所もこのビルのなかと言うわけだ。


 時刻は二十二時。表門は既に閉じているため、裏口へ回った。守衛のお爺さんに自らの所属と訪問理由を告げると、仮入館証を手渡された。


「あんたもあの集団に仲間入りするのかい? 元気の良い若い子が入ってきても、数日すると死んだ魚のような目になるのさ。あんたも気を付けなよ」


 親切な守衛さんに忠告を受けた。事態は思ったより深刻なようだ。


「それと、その集団がいるのは地下二階だよ。室内に入るには特殊な魔道具が必要だから、部屋の前に取り付けてある魔道具で中に連絡して開けてもらうんだよ」


 セキュリティ対策だろう。その辺りはしっかりしているのか。それしっかりしても意味は無いのだが。

 そして地下か。窓がなく、外の明かりが届かない場所というのは、想像以上に閉塞感があるものだ。どうなっていることか……。


 俺は守衛さんの言う通りに地下二階へと降りた。巨大なビルだ。ワンフロアも広い。地下には何かの設備があるのだろう。俺には意図が分からない複雑な通路構成になってた。

 省エネのために、この時間は照明もほとんど落とされているらしく、暗い。まるでダンジョンだ。ここ数年もぐっていないせいか、懐かしささえ感じる。


 地下二階をうろうろしていると、十メートルほど先に人影が見えた。猫背で、力なくうなだれており、のろのろと歩いている。

 すわ、ゾンビか!? と身構えてしまったが、どうやら人間らしい。ゾンビ君が出てきた方を見ると、『トイレ』という文字が目に入った。トイレに行ったが、作業場所に戻りたくないために、動きが鈍くなっているのだろうか。

 俺はゾンビ君を刺激しないように、少し距離をおき、気配を消して後を追った。

 ひとつ角を曲がると先の方から光が見えた。あそこが作業場所なのだろう。

 そこでゾンビ君の足が止まった。震えているようにも見える。そして、はっきりとは聞こえないが、何事かをつぶやいていた。


「――お――かえ――僕――す」


 気配は消したまま、さらに近付いてみる。どうやら同じ言葉を繰り返しているようだ。少し様子を伺っていると、ついにはしゃがみこんでしまい、頭をむしり始めた。

 尋常ならざる雰囲気を感じ、小走りにゾンビ君のもとへ行き、声をかけながら肩に手を置いた。


「おい! 大丈夫か!?」


 振り返ったゾンビ君の目は真っ赤になっており、涙を流していた。俺はその涙を、一瞬血の色に錯覚してしまった。


「もうおうちに帰らせて下さい! 僕もう無理です!」


 それはもう、悲鳴だった。混乱し、震えながら同じ言葉を繰り返すゾンビ君を宥めつつ、通路の端に座らせてやった。


 ガンっ!!


 音に反応して光の方を見ると、一人の男がドアを蹴破らん勢いで開き、怒鳴り声を上げた。


「やってらんねーんだよ! こんなもん、永遠に終わらねーよ! 俺は抜ける! 会社も辞めてやるわ!」


 男は三十歳ほどだろうか。少しやつれて見える。

 肩を怒らせながら歩いてきた男とすれ違う。男は俺とゾンビ君を交互に見て、「やめておけ」と呟いて去って行った。

 男を追う者は誰もいない。


 俺は足早に光の方へ向かった。先ほどの男が蹴り開けたドアはまだ開いたままだ。

 俺は中を見た。

 照明は明るい。むしろここまでの通路が暗かったために、明るすぎると感じるほどに。

 その光に照らされている光景に、俺は目を疑った。


 立ち上がり、目を血走らせて罵声を上げている太った赤鬼。それを無感情な目で見ている座ったままの地獄の餓鬼達。誰の手も動いていない。

 別の方では屍かと思わせるほどに微動だにしない、目をつぶり、腕を組んで座っている青鬼と、虚ろな目でのっそりと手を動かしている餓鬼達。

 最後に、組んだ手を口元にやり、机に肘をついて、ここではないどこか別の時空を見つめているかのごとき黒鬼。そして、目の前の魔法陣作成魔道具に、なんの意味か分からない文字を一心不乱に打ち込む餓鬼達。


 俺はいつ、地獄に足を踏み入れてしまったのだろうか。

 目を閉じて頭を振る。幻覚魔法のたぐいを考慮して、自分に魔法解除ディスペルの魔法をかけておいた。

 目を開いたとき、広がっている光景は同じだったが、鬼ではなく、偉そうな人。餓鬼ではなく、三十人程の魔法使いプログラマだった。


 黒鬼のそばで一心不乱に手を動かしている魔法使いの一人が、こちらを振り返った。俺と目が合うと、血走った眼球がこぼれるかと思うほど目を開き、「あ……ああ……」と言葉にならない声を、絞り出すかのごとくつぶやいた。そして、ゆっくりと俺の方に手を伸ばす。この距離では届かないのに。何かにすがるかのごとく。


 ――後輩ちゃんだった。

 





※書いてて泣きそうになりました。

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