第12話 火を消せ3/6
俺と後輩ちゃんが悲鳴を上げたあと。
自作の防音魔道具を設置しておいて良かったと、心の底から思う。外の騒音を防ぐための魔道具だが、同時にこの部屋の声も外に漏らさない。
しばし言葉にならないやり取りを続け、どうにか冷静になった我々は、とりあえず服を着ることにした。
俺はパンツ一丁。ちなみにトランクス派だ。どうでもいい。まだ混乱しているようだ。
後輩ちゃんも下着のみ着用している状態らしい。毛布にくるまれているので見えないが。
散乱していた後輩ちゃんの服を手渡し、背を向けて自分も適当に服を着た。許可を得て振り返るとグレーのワンピースにメガネという、いつもの後輩ちゃんがベッドの上に正座していた。若干寝癖がついている。
「まあ、その、なんだ。とりあえずコーヒー飲むか?」
「はい……。頂きます……」
俺は魔法で瞬時に湯を沸かし、二つのカップにコーヒーを淹れ、テーブルに置いた。
後輩ちゃんもヨロヨロとテーブルの前に座り、カップを手に取ると、じっとコーヒーの液体を見つめていた。
テーブルを挟んでの気不味い沈黙。耐えきれずに俺は声を出した。
「とりあえず、状況を確認しよう」
「は、はい……」
我々の断片的な記憶と、話しているうちに思い出したことを総合すると、次のようになる。
前後不覚な後輩ちゃんを仕方なく連れて帰って俺の家の玄関までくると、後輩ちゃんはおもむろにズカズカと中に入り、何を思ったか服を脱ぎだし、ベッドにダイブ。
俺はいつもの習性で魔法陣作成魔道具を起動させ、なんらかの魔法陣を眺め始めた。そのうち、後輩ちゃんの存在を忘れ、服を脱いでからベッドに横になった。
以上。……以上なはず。
後輩ちゃんの身体に異常はなく、俺も後輩ちゃんの下着姿の記憶がない。
一件落着。ということにした。
少しして、「この度はとんだご迷惑を……」と頭を下げて、後輩ちゃんは帰って行った。「途中まで送る」と言ったが、丁重に断られた。
後輩ちゃんが去った部屋で、俺はすっかり冷めてしまったコーヒーを舐めるように飲んだ。とても苦い。
反省すべき点が多い。正常に思考できていなかったとは言え、連れて帰る以外にできることがあったはずだ。同僚の女性に助けをも求めるなりなんなりとか。それに、最も俺が俺を責める事実は、俺が治療魔法も使えるということだ。酒を広義の毒とするなら……。いや、やめよう。考えても仕方ないことだ。しかし……。
「後輩ちゃんの下着姿か。もったいないことをしたな……」
ひとりごちるのだった。
翌週になり出社すると、既に後輩ちゃんはうちの営業と共に現場に行ったらしい。守秘義務やセキュリティの問題で、自社が元請けでないかぎり、自社に持って帰っての仕事というのは難しい。今回、後輩ちゃんは客先の会社内で作業することになっていた。
ちなみに、契約やら何やらは、状況が
「ハル、ちょっと良いか?」
上司に呼ばれた。これから二週間の俺のタスクと、その後にベルウッドの案件に入ることについての説明だ。
「なんだ、ハル、文句のひとつも言われると覚悟してたんだが、素直だな」
「ルビィ・レイルズから先にその話は聞いてたんでね、週末に腹はくくりましたよ」
「ハハハ! 面倒がなくて何より!」
そして俺はその日、今後二週間のタスク整理と関係者との打合せで忙殺されることになった。
一週間はあっと言う間に過ぎていき、明日は休日だという日の夜、同僚から噂話を聞いた。
「ハル、聞いてるか? ルビィちゃん、大活躍らしいぜ? ガンガン作業を進めてるってさ」
……作業を、進めているだと?
俺は椅子に掛けてあった自分のローブを掴むと、同僚に言った。
「悪い。用事を思い出した。帰るから、上司とチームメンバーに言っといてくれ」
俺は外で辻馬車を捕まえると、急ぎ後輩ちゃんの現場に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます