第10話 火を消せ1/6
ジョセフさんとやり取りした翌日、我々は朝食をとってから八時には宿を出た。
馬車を御者付きでレンタルできる、通称、馬車屋に行き、王都までの輸送を頼んだ。
門の前で待つこと十五分。馬車が現れた。俺は御者さんに説明して(正確には後輩ちゃんに説明させた)、馬と馬車に各種の付与魔法をかけた。通常より短時間の仕事で、通常通りの報酬を得られるため、大抵の御者さんが喜ぶ。今回の御者さんも、喜んで受け入れてくれた。
行きとは違い、何の問題もなく王都に到着した。時刻は十一時半。まだ昼食にも早いため、とりあえず、会社に顔を出すことにした。いつも通りなら、泊まり作業になった場合、簡単な報告書を上げたら、その日はすぐに解放され、退社することになる。早い時間に解放されてもやることがないんだが。
我らが『マウンテン・ライスフィールド・コーポレーション』の入っているテナントビルの前に着くと、入り口の前に怪しい男が立っていた。身の丈は二メートルに届きそうなほど。筋骨隆々でスキンヘッド。半袖シャツとスラックス姿だが、半袖からこぼれるようにタトゥーが見え、薄い茶色の入ったメガネをしている。どう見てもカタギじゃない。
俺はさっさと通り過ぎようと、足を早める。後輩ちゃんも何かに気付いたのか、遅れずについてきた。
スキンヘッドの前を通ろうとした時、声をかけられた。
「おい!」
俺は無視をして歩を進める。
「おいって言ってんだろぅが、ハルぅ!」
無視だ。無視するに限る。しかし、後輩ちゃんが反応してしまった。
「せ、先輩……。なんか呼ばれてますよ……」
俺は舌打ちを隠せない。
仕方なく振り返ると、スキンヘッドと目が合ってしまった。しぶしぶ反応を返すことにした。
「私に何かご用ですか? 仕事の話でしたら会社を通して下さい。個人的な用事でしたら、私はヤクザに知り合いはいませんのでお引き取り下さい」
「仕事の話だ、この野郎ぅ! 俺ぁヤクザじゃぁねーし、テメェの上司に帰社時間を聞いて、わざわざ待ってたんだろぅが!」
俺は苛立たしげに頭を掻いた。
「貴様の用事など知らん! また厄介ごとだろうが! さっさと帰れ見た目ヤクザが!」
「せ、先輩! あ、あああ、あの、こちらの方は……?」
「こいつは『ベル・ウッド・コーポレーション』のミタライだ。会ったことないか?」
「存じ上げません……」
まあ、後輩ちゃんが知らないのも無理はない。
元
こいつがうちの会社に持ってくる仕事は、いつも無理難題で、解決するたびに我が社の評判はいくぶん上がるものの、俺個人としては全く嬉しくないものばかりだ。もちろん、俺の給料が上がるわけでもないし。
「とりあえず、貴様の話は聞きたくない。聞いてほしいのなら会社を通し、アポイントメントをとってから後日来い。俺が了承するかは別の話だがな」
「ハぁルぅ、そんなこと言って良いのかぁ? お前にも得のある話だぜぇ?」
「気安く呼ぶな! 貴様は前回も前々回も同じことを言った。結果はどうだ? 会社の評判は上がったが利益率は微妙、俺の給料は上がらない、知的好奇心も満たされない、疲弊するだけだっただろうが! 帰れヤクザ!」
おたおたする後輩ちゃんをよそに、俺は足早にその場を去った。
背後から「またぁ、来るからなぁ!」と声が聞こえたが、無視だ。
社の入っているフロアに着くと、上司が話しかけてきた。
「下でミタライに会ったか?」
「ええ、俺を待っていたとか。今回はどんなトラブル案件ですか?」
「トラブル案件確定か。まあ、そうなんだけどね。ベルウッドが二次請けでやってる仕事で、人手が足りないからお前に来て欲しいとさ。三次請け扱いじゃなく、同じく二次請けとして」
「ベルウッドは中間マージンを放棄すると? うちと元次請けとの取引ですか。ベルウッドに得がないですよね」
「大方、もうどうしようもなくて、お前が火消し役で参戦して消火してくれたら、向こうとしても得なんだろ。で、どうする?」
トラブルが発生している現場、主にスケジュール遅延、仕様や設計がボロボロでテコ入れ必須な所に入り、正常化させることを、我々
「ちなみに、拒否権はあるんですか?」
「まあ、名指しだし、前のこともあるから拒否権はやる。でもまあ、その現場の元請けの会社とは今まで取引がなかったからな。ここで繋がりを持てると、社としては嬉しいんだが」
取引は、一度目が一番面倒なのだ。お互いの財務状況を確認したり、専用の契約書を作成しなければならない。そのため、過去に一度でも取引があった会社に発注することが多くなるのだ。
それは分かる。分かるのだが……。
俺は深くため息をついてから口を開いた。
「ちょっと考えさせて下さい。それと、案件の詳細について、資料があれば貰えますか?」
資料はすでにミタライから渡されていたらしい。そういう手回しは素早いやつなのだ。そして悔しいが、営業としても
俺は資料をもらって自席に行った。
案の定、昨日泊まりになったため、今日はもう帰っても良いとのこと。資料の確認と伝言の確認をしたら帰ろう。
明日は休日だ。今日は明るいうちから呑みに行ってやる。
俺は来週からのことを思い、憂鬱になるのだった。
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