第9話 オヤジの形見をみろ2/2
ジョセフさんが父上の『最後の魔法陣』を探している間、俺もジョセフさんの父上が書いた他の魔法陣を、ペラペラと見せてもらっていた。
ジョセフさんの歳とジョセフさんの父上の享年から考えて、最も新しいものでも三十年は前に書かれたものだ。
どれもが記述部分に古代文字を使用しており、旧世代感に溢れている。図形部分も非効率なものが多い。しかしこれらは書いた魔法使いの腕が悪いのではなく、当時は今ほど研究が進んでいなかったためだ。
俺も古代文字にはあまり造詣が深い方ではないが、読みやすく、綺麗に整っていると感じた。
「あった! ありましたぞ!」
ジョセフさんが嬉しそうに一つの、というか一冊の魔法陣を手渡してきた。
俺は受け取ると、一ページ目から読み始めた。
最初のページは、全体の配置だ。それを見ると十二の魔法陣を平面に並べる形となっていた。これが書かれた当初は、まだ『魔法陣を重ねる』という技術が確立されていなかったため、一つの魔法陣で収まらない場合には、こうして平面に並べるという手法のみを使うことになる。
俺は黙々と読み進め、たまに魔法陣の一つを実際に展開させたりしていた。
後輩ちゃんは俺の後ろから覗きこんで、たまに質問をしてきた。
ジョセフさんや従者さんたちは、期待と不安の入り混じった目でその様子を見ていた。
ひと通り読み終わった後、手にかなり多めの魔力を込めて、すべての魔法陣を展開した。
見ていた人たちから感嘆の声があがった。
「これが実際に展開された魔法陣ですか……。いやぁ、懐かしい。私が綺麗だと思っていた魔法陣ですわ」
「はい。使われている術式などは三十年前のものですので古いですが、おそらく当時でもなかなか目にできない、美しい
「それで、なんの魔法陣なのですか?」
展開していた魔法陣を消す。
俺は考えた。ジョセフさんが知りたいのは、本当に単純にこの魔法の効果なのだろうか。違うだろうな。
俺は少し質問することにした。ジョセフさんがどう回答するのか、予想はついているが。
「その前に、少しご質問してもよろしいですか?」
「え、は、はい。なんなりと」
「ジョセフさん、ご兄弟は?」
「私は一人っ子なんですわ。弟か妹が欲しいと駄々をこねたもんです。おふくろが身体の弱い人で、叶いませんでしたが」
「母上はご健在ですか?」
「親父が他界する五年ほど前にはもう……」
「無遠慮に申し訳ありません。最後に、父上は突然の事故ではなく、ご自分の余命が分かっていましたね?」
「え!? 私、そんなこと言いましたっけ?」
「いえ、魔法陣を見て感じました」
俺はそこで話を区切り、もう一度魔法陣を展開した。
「これは、魔獣召喚の魔法陣です」
そう、魔獣召喚。特定の魔獣を召喚し、使役するための魔法。野生の魔獣や人と戦わせるために使用される他、主人の命令に忠実で逆らわないことから、愛玩動物として使うこともある。
「きっと、父上はあなたに兄弟を残せなかったことをずっと悔いていたのでしょう。これ以外の魔法陣の中にも、魔獣召喚のためと思われる魔法陣がいくつもありました。どれも断念されたようでしたが、試行錯誤の跡が見受けられました。そして、お父上は、ご自分の余命が分かったとき、あなたを独りにさせるのが忍びなかった。魔獣であれば、ずっとあなたを支えることができる。そんなことを思ったに違いありません。そして、ご自分が亡くなる前に、なんとか急いで書き上げたのでしょう」
「オヤジがそんなことを……」
「はい。とても優しさのこもった魔法陣です」
ジョセフさんは涙をこぼした。
「どうされますか? 今この場で召喚しますか?」
ジョセフさんは、少し考えてから答えた。
「いえ、オヤジの気持ちが分かっただけで充分です。私にはすでに、多くの
とてもいい笑顔だった。
その後、謝礼を受け取って欲しいと言うジョセフさんに、「これも営業の一環です。今後とも我が社をご贔屓に」と言って断り、屋敷を辞した。
外はもう夕暮れだった。間もなく陽も完全に沈むだろう。これはこの街に一泊しなきゃならない。後輩ちゃんにそう伝え、通信の魔道具で会社にも一報を入れた。
宿の食堂。
「疲れた。もうダメ。もう何もできなーい。何も考えられなーい」
俺は椅子の背もたれに全力で寄りかかり、ぐったりしていた。
知らない人との会話は嫌いだ。無駄にエネルギーを使いすぎるし、
後輩ちゃんは苦笑いだ。
「先輩、あの魔法陣、完成してなかったですよね? どうして出来上がっているような言い方をしたんですか?」
「ん? あの時ジョセフさんにとって大事だったのは、展開された魔法陣を見ることと、そこに込められた想いを知ることだ。完成しているかどうかは関係ないし、わざわざ不完全だと伝える必要はないだろ」
「先輩って意外と優しいんですね。私以外には。でも、あの場で召喚を求められたらどうするつもりだったんですか?」
「アレを書いた人は優秀だ。足りていない箇所、未完成な部分が分かりやすく示されていた。ならば即興でその部分を埋めることくらいできるだろ」
「……できませんよ、普通の
それから俺たちは運ばれて来た料理を食べ、エールもしこたま飲んだ。
さて、そろそろ寝るか。席を立ち廊下を歩いていると、突然、先行していた後輩ちゃんが振り返り、メガネの位置を整えて、真剣な表情で俺の顔を覗きこんできた。
酒のせいでほんのり赤くなった顔で、その仕草。不意打ちすぎてドキッとしてしまった。美人だな。くそッ。
「先輩、私の名前、知ってます?」
「……!? もちろん知っているに決まっているだろう。俺はお前のメンターだぞ」
「…………」
「『ルビィ・レイルズ』。二十三歳独身だ」
「そこまで言わなくて良いです! でも、知ってたんですね。いつも『お前』だから、てっきり知らないのかと」
後輩ちゃんは「えへへ」と笑いながらいつも着ているグレーのワンピースをひるがえした。
「そもそも、お前だって『先輩』としか呼ばねーじゃねーか。俺の名前知ってんのか?」
「それは知ってますよー。『ハル・ブート』先輩!三十歳独身!」
「馬鹿野郎。まだ二十九だ」
「これは失礼しました」
「早く寝ろ。おやすみ」
「おやすみなさーい」
そして隣同士の部屋に入った。
いやはや、長い1日だったな。
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