第8話 オヤジの形見をみろ1/2



「私のオヤジはね、私が二十二歳の時に他界したんですがね、そのオヤジ、日曜魔法使いプログラマだったんですわ。私がまだ幼いころから、休みの度に趣味で魔法陣を書いていましたよ。私にはさっぱり意味が分からなかったんですが、見た目というか、模様として、綺麗だなと幼心に思ったもんでした。でね、オヤジ以外の、本物の魔法使いにもこれまで何度も会ったことはあるんですが、どなたの魔法陣を見ても、綺麗だとは思えなかったんですわ。オヤジの魔法陣は所詮しょせん偽物で、本物の魔法陣はこんな感じなのかと思っておりました。でも、今日あなたの魔法陣を見たら、これが綺麗じゃないですか。うちのオヤジなんかと比べるのは失礼ですがね。そしたらオヤジが最後に書いてた魔法陣を思い出したんですわ」


 社長のジョセフさんは、そこで一旦話を切って、お茶を勧めてきた。

 再び応接室に通された我々は、従者さんがジョセフさんの父上の形見を持ってくるのを待っていた。


 美しい魔法陣ソースコードは、機能美だけではなく、見た目も美しいものだ。

 俺はジョセフさんの父上の魔法陣が気になってきていた。


「ああ、そうだ。今回の件の謝礼ももちろんいたしますが、形見が届くまでにもう一件、見て頂けないですかね?」

「ええ、私のできることでしたら」


 深く頭を下げたジョセフさんは、もう一人の従者を近くに呼び、魔法陣を展開するように指示した。

 なんだ、この人は魔法使いだったのか。


 その従者は、少し躊躇ためらう様子を見せたが、魔法陣を展開した。


「……なんですか、これは?」


 俺は苛立ち混じりに尋ねた。


「これは原石の掘削くっさくに使っている魔法の一部なんですわ」

「そんなものは見れば分かります。私が聞きたいのは、この魔法陣を私に見せたのか、です」

「あ、いえ、この魔法陣についての感想を……」

「不愉快です。ジョセフさん、あなたはこれを見て綺麗だと言うのですか? ならば私の美的感覚とはへだたりがあるようです。おそらくお父上の魔法陣を私が見ても、私にもジョセフさんにも何も得るものはありません。時間の無駄です。帰らせて頂きます」

「ちょっと! 先輩! お客様の前ですよ!」


 後輩ちゃんが慌てていさめようとしてきた。


「うるさい。ならばお前はあれを見て美しいと思うのか?」

「いえ、あの、その……実用的かな、とか……」


 そう、実用的。良いように表現すれば、だ。全く美しくない。

 おそらく、最初はマシな魔法陣だったのであろう。しかし、鉱山の状態、そこから発掘されるもの、その種類と質が変わってくるたびに書き加えられてゆがんだものになっている。

 どこかでこの拡張性のない魔法陣から脱して、柔軟な作りに変えなければならないのに、この魔法陣はそれを放棄している。


「待ってください! 試すようなマネをして、申し訳ない! 私もこれは綺麗だとは思っとりません。もし、これを見て何も感じない方でしたら望み薄だと思い、念のため見てもらったのです」


 聞くところによれば、魔法使いと懇意になるたびにこの方法を取っていたらしい。


「では、いまの魔法陣は現場では?」

「残念ながら、使われております」


 実際に魔法陣を展開した従者さんは、苦渋に満ちた顔をしている。


 なるほど、良い機会だ。


「お前、今のやつ、展開できるか?」

「え? 複雑じゃないので、一度紙に描いてもらえればできるかと」

「ならばそれを展開しつつ、問題箇所のピックアップと、理想形を示してみろ」

「そんなの! ……やってみます」


 抵抗を見せようとした後輩ちゃんを一睨みし、「これは命令だ」と示した。

 後輩ちゃんは先ほど見た魔法陣を魔法使い従者さんから受け取り、それをしばらく眺めてから展開した。


「これは……そこまで複雑なことをしていないのに、だいぶ展開しづらいです」

「そうだな。魔法陣のなかで魔力が無駄にあちこちに流れているからな」


 後輩ちゃんはカバンからメモ帳を取り出すと、元の魔法陣を見ながら新しい魔法陣を描いていく。


「先輩、ここでやってることの意味が分からないのですが」

「ああ、それはな――」

 多少そんなやり取りをして、後輩ちゃんは十分ほどをかけて四つの魔法陣を書き上げた。


「それじゃあ、それを展開して説明してみろ」

「はい。元の魔法陣は、最初に作られた時はおそらく、とても簡単な構造でした。ですが、あとから様々な条件を場当たり的に足していったことで、現在のようになったと思われます」


 我々を見回してから話し始めた後輩ちゃんは、そこで一旦話を区切り、手に魔力を込めて魔法陣を展開した。


 手のすぐそばに手のひらの二倍程度の魔法陣。これが主となる。そして、それに重なるように手のひらより少し小さめの魔法陣を三つ展開した。その三つの魔法陣は三角形を描くように平行に展開され、三角形の中心が、主の魔法陣の中心と重なるようになっている。


 それを見たジョセフさんと従者さんは驚きに目を見開き、感嘆の声を上げた。


「まず、土台となる魔法陣は、単純に掘削のみの処理のみとしました。他の三つの魔法陣ですが、ひとつは地形条件の違いによる処理をまとめました。ひとつは掘削した結果、得た鉱石の違いによる処理。最後のひとつは蛇足かも知れませんが、元の魔法陣では魔法陣を展開した場所のそばにしか影響を及ぼせず、作業に危険が伴うかと思いましたので、効果範囲、効果位置を指定できるように処理を追加しました」

「うん、まずまずだ。本当なら各処理の内容にまで手を出したいところだが、時間もないし、こんなもんだろう。よくできました」


 うん、昼に教えたことも身になっているようだし、上出来だろう。

 褒めるべきところは褒める。いつも文句ばかり言っている訳ではないのだ。

 ……後輩ちゃんがかなり驚いた顔をしている。失礼なやつだ。


「いやぁ、お若いのに大したものだ。内容は分かりませんが、見違えるほど綺麗になりましたね」

「作業の危険性まで考慮してくれるとは……」


 ジョセフさんにも従者さんにも好評なようでなにより。


 そこに、大量の魔法陣を抱えた従者さんが戻ってきた。

「遅くなりまして、申し訳ありません。『最後の魔法陣』が判別できず、一通り持って参りました」


 ……よかった。全部じゃないのか。一瞬徹夜を覚悟してしまった。


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