第7話 クレーム処理に行け3/3

※長くなりました


「わぁ、辺境の街っていうからもっと牧歌的というか田舎な風景を想像してたんですが、なかなかに都会ですねぇ」


 ここは魔石の産地として有名だが、実際に魔石が取れる高山はここからさらに徒歩だと二時間ほど先にある。

 なので、岩だらけだとか原っぱが広がるでもなく、中心地は王都とさして変わらない雰囲気だ。その中心地がさほど大きくなく、そこから離れれば離れるほど住宅がまばらになっていくだけの話だ。


 クレーマ……クライアントのいる辺境の街に着いた我々は、そのクライアントの屋敷を目指して歩いていた。


 と、その前に、メシだ。一応形だけ後輩ちゃんに要望を聞くと、とくにないようなので、適当に目に付いた食堂に入った。

 俺は『美味いもの』というものに興味がない。美味いに越したことはないが、極論、食えればなんでもいい。


 食堂に着くとざっとメニューを目を通した。


「決まったか? 決まったら、本日のおすすめってやつ、頼んでくれ」

「先輩、御者さんとの会話もなるべく私にやらせてましたが、話すの苦手だったりします?」

「苦手じゃない。好きじゃないだけだ」

「同じだと思いますけど……」

「違う。それよりも、あの魔法陣は展開できるようになったのか?」

「話をそらしました? まあいいですけど。あ、すみませーん! 本日のおすすめ二つくださーい! それで、魔法陣ですよね? それがまだ……」

「魔力量はさっきの盗賊魔法使いよりずっと上だからな。慣れの問題か?」

「え? さっきのって?」


 俺は後輩ちゃんの疑問を無視し、紙ナプキンを一枚とり、その上に後輩ちゃんが展開できなかった魔法陣の簡略版を書いた。


「これはどうだ?」


 後輩ちゃんはそれをしばらく眺めたあと、手に魔力を集中した。

 魔法陣が浮かび上がる。見たところミスもなく、問題なく発動できるようだ。


「そこに各種制御を加えたのがさっきの魔法陣だ。一度に全てを理解、展開するんじゃなくて、まず、土台、次に制御のパーツを乗せることを意識してみろ」


 後輩ちゃんはカバンから馬車の中で展開できなかった魔法陣を取り出して眺めた。


「なるほど、確かに土台は同じなんですね。それで、八つの制御を乗せる感じで……。とりあえず四つで意味を成すから四つでやってみますね」


 後輩ちゃんはこれも問題なく成功し、次に完成系を展開した。


「先輩! できた、できましたよ! わー、綺麗な魔法陣!」


 うん、綺麗だよな。元を書いたの俺だし。

 魔法陣というのは、複雑なものほど展開が難しいが、難しいものが美しい魔法陣なのではない。

 真に美しい魔法陣とは、複雑な処理を行っても、このようにパーツ単位で考えれば至って単純な作りをしている。

 難しい話を難しい単語を使って話すよりも、難しい話を簡単な単語だけで相手に伝える方がより高度であるのと同じだと、俺は思っている。


「感覚を忘れないように、手が空いた時にでも練習しておけよ」


 そこでちょうど料理が運ばれてきたので、講義を終了した。


 食後のお茶をゆっくりと飲んでから、客の屋敷へ向かった。


「ずいぶん立派なお屋敷ですねぇ」

「そりゃそうだ。ここらの魔石の原石を仕入れて加工、品質保証付きで魔石として卸すことで財を成した富豪だからな。ところでお前、訪問の作法は大丈夫か?」

「えっと、新入社員教育で習ったきりですが、覚えてはいます……と思います……」

「よし、なら任せた。門番に会社名と用件を伝えて取り次いでもらえ」

「え、えー!」

「大丈夫だ。客とは俺が話すから」


 後輩ちゃんはしぶしぶ門番のところに行った。緊張してかんだりしていたが、無事に取り次いでもらえるようだ。


 客間に通された我々は、立ったまま待つ。お詫びと対応に来ているのに、どっかりとソファに座って待ったりはしない。

 数分の後、五十歳は過ぎているだろう恰幅の良いおっさんが二人の従者を連れてやってきた。この人が今回のクライアントだろう。


「いやー、遠路はるばる、お呼び立てして申し訳ない。私がここの社長をしとるジョセフです。この度は、どうぞよろしく!」


 ん? なんかおかしいぞ? 俺が聞いていたのは、「気難しいお得意様からのクレームだ! 行って土下座でもしてこい!」というものだ。こんな気さくで穏やかなムードなはずがない。

 いや、油断は大敵だ。


「この度は我が社の製品が不調ということで、ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。誠心誠意、対応させて頂きます」


 そして自己紹介と名刺を渡し、後輩ちゃんにも続かせた。

 後輩ちゃんが「あんた、ちゃんとしゃべれるんかい」という目で見てきたが、他人と話すのは好きじゃないだけで、できないわけじゃないと言っただろが……。


「そんなにかしこまらんで下さい。もしかして、話が行き違っとりますかな?」


 ジョセフさんの方が恐縮しながら問いかけてきた。


「ええと、我が社の製品が故障し、多大なご迷惑をおかけしていると……」

「いやいや、とんでもない! もう十年以上も動いてくれとるんです。故障と言うより寿命ですわ。ただ、あの魔道具が仕事してくれんと商売が滞るんで、至急の応急処置と、新しい魔道具の注文のための話合いをお願いしたんですわ。無理を言っとるのはこっちの方でね」


 あの営業のクソ野郎! 「客の話をちゃんと聞け」「話を盛って伝えてくるな」と散々言っているのに!

 まあ、剣呑な雰囲気じゃなくて助かったが。


 とりあえず、モノを見なくては対応もできないので、実際に使われている部屋へと向かった。

 今回対応する魔道具は、魔石の原石が含有する魔力の量と質を測り、それによって加工の仕方や用途を決めるためのものだ。


 現状の問題点は二つ。一つはたびたび止まること。動力である魔石を交換しても同じらしい。

 もう一つは、たまにエラーが発生し、品質を測れない場合があるとのこと。

 前者はだいたい予想が付くが、後者は実際に見てみないとなんとも言えない。


 我々が作業部屋に到着すると、どうやら今はまともに動いているらしい。


「すみません、今動いているうちに、エラーの方を確認したいのですが、エラーになる原石はありますか?」


「はい。品質を測れなかったものに関しては、何度か確認を行い、それでもダメなようなので、別にまとめて保管しています。只今持ってきますので、少々お待ち下さい」

 従者の一人は現場の担当らしく、そう言うと小走りで倉庫に向かった。


 持ってきてもらった原石を魔道具にかけると、確かにエラーが発生する。エラーコードは【90012】。


「この原石、割ってみても良いですか?」

「どうぞ。加工職人にやらせましょうか?」

「いえ、大丈夫です」


 俺は魔法陣を右手に展開し、小型の風の刃を発生させて原石を割った。それを見ていたジョセフさんや従者の人が驚いていたが、この程度はたしなみだ。

 俺は断面を目で確認し、次に新たな魔法陣を展開してその断面にかざした。ほうほう。


 次に、魔道具を停止させ、動力となる魔石と、その魔石の魔力を吸い出し、動作させる部分の接続回路を確認。なるほどね。接続回路部分に手をかざし、魔法陣を展開。そして持参していた魔石の粉と特殊な溶液を混ぜたものを塗り、その部分は閉じる。


 最後に、魔法陣が魔法化コンパイルされて取り込まれている魔石を取り外し、携帯用の魔法陣作成魔道具に取り付け、魔法陣を確認する。


 通常、魔法化コンパイルされたものを魔法陣ソースコードとして見ることはできないが、ツールを通すことで、見にくいながらも魔法陣ソースコードとして再現できる。

 確認した魔石を元の魔道具に戻し、とりあえずの作業を完了した。


「先輩、作業内容の意味が分からなかったのですが、何をやったんですか?」

「あ、全然説明してなかった。すまん、教育にならんな。まずエラーコードを見て、マニュアルと照らし合わせてエラーの内容を把握。不親切な説明しか記載されていなかったが、『範囲外』とあった。次に原石を割って、中の魔石を見た。違う鉱石なことを疑ったが、魔石だったので、品質を確認した。次に回路の確認。これは、たまに止まるという原因がここだと思ったからだ。案の定、回路が焼き切れそうになっていたので応急処置。最後に、使われている魔法陣を開いて、何をやっているのかを見てみた。以上」


 そして、俺は魔道具を再起動させた。起動したのを見て周りから「おお!」という感嘆が聞こえたが、直ったわけじゃないんだな、これが。


「ジョセフさん、最近魔石の質が良くなりました?」

「そうなんですわ。新しい鉱脈が見つかって、質が良いのが取れるようになりましてな」

「なるほど、原因はそれですね。おそらく当時選定した魔力センサーの性能のために設定してあった感知上限を超えて、想定外に魔力含有量が多いためにエラーが発生しているようです。原石を割って確かめましたが、確かに魔力含有量が豊富でした。たびたび止まるのは、回路の焼き切れが原因ですが、それも、使われる魔石の出力が高いことに起因します」

「なんと。嬉しいことですが、やっかいですな。それでは、当座はどうすれば良いですかな?」

「回路の応急処置はしておいたので、従来までの品質の魔石を使って頂ければ、『止る』という現象は避けられます。エラーについては、品質の高い魔石を測定した際は発生します。新しいものをお作りになるのでしたら、現在のセンサーは優秀なものが安価になっていますので、次はそれを使います。回路の方も丈夫なものを使用することで問題ないでしょう。新しい製品の仕様に関しては、これから詰めせて下さい。もし、延命措置が必要であれば、センサーの交換のみ行えばあと一、二年はもつでしょうが、全体的に老朽化はしているので、いつどこが原因で不具合が生じるか分かりません」

「いえ、この子には充分働いてもらいましたんで。次代ができるまでだけ辛抱して働いてもらいますわ」


 我々魔法使いプログラマは、魔法陣やその一部、または魔道具を示すときに、「この子」「彼」「彼女」などという擬人化した表現をする。

 ジョセフさんの言葉から、それに似た親しみを感じた。魔法に慣れ親しんでいるのだろうか。


 その後、会議室に場所を移し、新たな魔道具の仕様を詰めた。魔石の他に魔玉(石ではなく、宝石に魔力が宿ったもの)もまれに発掘されるようなので、そちらへも対応できるようにすること。また、測定の精度と速度を向上させることができるので、今までの一本レーンではなく、二レーンを運用できるようにするということで、大枠の仕様を決めた。


 ざっくりとした見積り金額と必要な日数を伝え、あとは営業とやりとりしてもらうということで、本日の会議は終了だ。


 「それでは」と腰を浮かせたときに、社長であるジョセフさんに呼び止められた。

「このあとのご予定は?」

「王都に帰るだけですが?」

「別件で、少し時間をもらえないですかね?」

「はい? 構いませんが、どういった……」

「さっきの手際や魔法を見させてもらいまして、ひとつね、見てもらいたいものがあるのを思い出したんですわ」

「それは、魔法関係の?」

「ええ、親父の形見というか、遺言というか……でして」

「はあ、まあ、大丈夫ですよ」


 仕事はまだ終われないらしい。

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