第6話 クレーム処理に行け2/3

 後方から、剣呑な気配がだんだんと近づいてくる。俺は携帯用の魔法陣ソースコード作成魔道具で作業しながらその気配を感じていた。

 向こうは馬車でなく騎馬で移動しているようだが、こちらがかなりの速度で走っているため、わずかずつしか距離が詰まってこない。


 三十分ほどかけて、やっと視認できる距離にまで追いついてきた。


「おい、御者さんに脇に寄せて止めるように言ってくれ」


 他人と話すのは、得意だが、好きではない。他に話せる人がいるなら任せるに限る。


「え? あ、はい! 御者さーん! 脇に寄せて停めてー!」


 馬車が停車すると、俺は荷台から飛び降りた。


「お前はそのまま練習を続けてろ。俺はちょっと招いていないお客さんに挨拶してくる」

「はい? いえ、あ、はい。いってらっしゃい?」


 俺は馬車から少し離れたところで待った。

 間もなく後方から馬にまたがった「いかにも盗賊」といったボロく臭そうな身なりの三人と、色落ちして古びれたローブを着た二人の五人組が現れた。だいぶ顔が憔悴しているのは、馬の扱いで疲弊ひへいしたのだろう。

 盗賊の一人がわめきちらしてくる。


「やっと追いついたか! おい、お前、魔法陣士だろ? 護衛も付けずに馬車で移動とは、いい覚悟だ。その覚悟に免じて命は助けてやる。金目の物を置いて行きやがれ!」


 『魔法陣士』。それは、いわゆる直接戦闘系の魔法使いと、我々のように魔法陣の作成を生業としている魔法使いを分けて呼ぶときの名称だ。

 一般的に直接戦闘ができないと思われており、このように盗賊からはカモ扱いされることが多い。


「すまんが、護衛を雇うような予算はもらっていないんでな」

「ならすぐに……」

「しかし! 予算が付かないのは必要がないからだ。面倒だ。見逃してやるからとっとと去れ」


 なんて言って去ってくれるとは思っていない。とりあえず口で諭したという事実がほしいだけだ。


「上等だ! こっちにはお前のように魔法陣を作るだけじゃない、本物の魔法使いが二人もいるんだ! お前ら、やれ!」


 そう叫けぶ盗賊。

 いかにも魔法使い崩れの2人がそれぞれ、手のひらをこちらに向けて魔法陣を展開する。

 俺は驚きのあまり声がこぼれた。


「なんだ、それは!」


 俺は瞬時に両手に魔法陣を展開。


「動きを止めろ、アースバインド。魔力を止めろ、マジックバインド」


 本来、魔法名を言葉にする必要はない。だが俺は、魔力を通しただけでは発動しないように、魔法陣に安全装置を付けている。魔法名をキーにしてその安全装置が外れるという仕組みだ。


 盗賊の全員が足元から伸びた土の縄で全身を縛られて動きを止め、魔法を使った二人は、さらに魔法陣を展開したままの体勢で動きを止めた。


 俺はゆっくりと盗賊魔法使いに近付いていった。動きを止められた盗賊魔法使いの二人は、驚愕に目を見開きながら何もできずに自分の展開した魔法陣と俺を交互に見ていた。


「なんだその展開速度は! お前ら、なめてんのか!? しかもこの、展開した魔法陣……」


 俺は離れたところから見て分かってはいたが、改めて盗賊魔法使い二人が展開した魔法陣を眺めて、ため息をついた。


「全く美しくない! お前らは何を勉強して、何を考えてこの魔法陣を展開したんだ! まず二人ともだが、大した魔力量も持ってないのにこんな効率の悪い魔法陣を張りやがって! お前らの魔力じゃ三発も撃ったら打ち止めじゃねーか!」


 俺は二人を交互に見た。

 二人は唇を噛んでこちらを睨んでいるが、反論はしてこない。

 もちろん、口は封じていない。封じたのは身体の動きと魔力の動きだけだ。


「反論はないようだな。続けるぞ。まず、お前」


 俺は右手にいる盗賊魔法使いに目を向けながら言った。


「この魔法陣だと『炎の槍フレイム・ランス』だよな? この術式は『炎弾フレイム・バレット』をそのまま流用しやがったな? そもそも槍と弾で形状が違うのに、なぜ魔力から炎への変換術式をそのまま使ってるんだ? 魔力から炎への変換効率が格段に下がるだろうが! それと、記述に重複が多い。それにごちゃごちゃ制御文を書いているが、意味をなしていない箇所が多すぎる!」


 次に、左手の盗賊魔法使いに目を向けた。


「次にお前。この魔法陣は『ウォータ・スプラッシュ』だな? 炎の魔法を使っているのと同時にその横で水魔法を選択している時点でダメだ。せっかく燃やしてるのに消してどうする! しかもスプラッシュとは……。面制圧はできるが俺一人に面で攻撃してどうする! しかも魔法陣の汚いこと。相方の方がまだマシじゃねーか! スプラッシュなのに水弾を小さく無数に放つようにしてる。そのためにごちゃごちゃと変な記述を盛りやがって! こんなに効率的にも技術的にも悪いやり方があるか!」


 俺は二人の魔法陣を、展開されたままの状態で書き直した。これはなかなかに難しい技術ではあるが、この程度の術式であれば一瞬で終わる。


「お前らの技術、知識、魔力量を考えると、これが最適だ」


 多少マシになったとは言え、まだまだ美しくない。だが元が元だけにこのあたりまでしか改善できない。これ以上やっては原型が残らなくなるしな。まあ、仕方ない。


 俺は元いた位置に戻り、炎魔法を使ったヤツのマジックバインドを解いた。

 修正前のものとは比べものにならない巨大な炎の槍が俺に迫るが、俺の魔法障壁にはばまれて破裂する。


「これがお前の使える炎の槍だ。ただしこの規模だと、先程と同じく三発が限度だ」


 次に、水魔法を使ったヤツのマジックバインドを解いた。

 水の散弾が俺一人を覆う程度の抑えられた範囲に広がり、迫ってくる。そして、耳を覆いたくなるような破裂音を残し、それもまた、俺の魔法障壁でかき消された。

「さっきも言ったとり、このタイミングで水魔法も、さらにはスプラッシュを使う必要性も感じないが、本来お前が放てる威力はこれだ!」


 盗賊魔法使い二人に目を向けると、涙目で何度もうなづいていた。

 それを見て、俺は右手に魔法陣を展開し、盗賊魔法使い以外を気絶させ、アースバインドとマジックバインドの両方を解いた。


「分かったか。これが本来、お前らがちゃんとした教育を受けて、真面目に取り組んだ場合の結果だ。まだまだ甘いがな。他の奴らを連れて逃げ、また盗賊業を続けるならばそれもよし。もし、魔法使いとして成長し、生きて行きたいなら、王都の『マウンテン・ライスフィールド・コーポレーション』に来い! 我々が一人前にしてやる。美しい魔法陣を書けるようにしてやる!」


「「は、はい! よろしくお願いします!!」」


 盗賊魔法使い二人はそう言うと、気絶している他のメンバーを連れて去っていった。


 ふむ、今回は2人か。まだ眠っている才能といい、素直さといい、うちの会社に来れば、良い魔法使いプログラマ(兵隊)になってくれるだろう。


 今日は良いリクルーティングだった。


 俺は馬車に戻り、「来客はどうだったんですか?」と訊いてくる後輩ちゃんに、うなづくだけで返し、道程を急ぐのだった。

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