第5話 クレーム処理に行け1/3
我々
それこそ魔法と聞いて想像するように、魔物や害獣、果ては人間と戦うための魔法。劇の舞台仕掛け。式典を盛り上げる映像や音響の魔法。商人が使う計算機や顧客管理の魔法。などなど。
客の要求を正しく理解し、実現させる。時にはより良い解決策を提供する。それこそが仕事だと言っても良いだろう。
「というわけで、今日はお客様のところへ行きます」
「はい!? 先輩、突然なにを!? 私、外出着なんて持ってきてませんよ!」
「その油断がいかん。いついかなる時もお客様の前に出る心づもりでいるべきだ」
「そういう先輩だって、コットンシャツに茶色いズボンって、いつもと変わらない格好じゃないですか。髪だっていつも通り櫛も通してないし、目にかかりそうだし、いつも通り眠そうな目だし」
「……言ってくれるじゃないか。目は関係ないだろうが。我々の職業はなにかね? そう、魔法使い。ならばどんな格好でもローブさえ着ればこのとおり、正装の完成だ」
「あ、それなら私も大丈夫です」
後輩ちゃんはそういうと、窓を鏡代わりに肩まである茶髪を手ぐしで軽く整えて、ねずみ色のローブを取りにロッカーに走っていった。
我々は直接的な戦闘員ではないが、魔法使いだ。魔法使いはローブを好み、自らが魔法使いだと示さんとばかりに、いつでもローブだけは持っている。それにともない、四季を通してローブ内を快適に保つための魔法も確立されているので、さらにローブを手離せないのだ。
特に服装に無頓着な
今回はクレーム対応。俺がひとりで行くと、理詰めにしてしまい話がこじれる危険性があるので、できれば若い部下か後輩ちゃんのような女の子に同伴してもらうとスムーズに事が運ぶ事が多い。
もちろん本人にそんなことは言わない。セクハラになってしまうからだ。
そんなわけで、我々は王都に居を構える『マウンテン・ライスフィールド・コーポレーション』のオフィスを出発し、辺境の街に向かっている。
「先輩、この馬車、ものすごく速くないですか?」
「そうだな」
「先輩、この馬車、違和感を感じるほどに、揺れませんね」
「そうだな」
俺は携帯用の
通常なら七時間、速い馬車で五時間、しかし、我々の乗っている馬車であれば三時間もあれば到着する。
もちろん、俺の魔法を考慮に入れて、だが。
「先輩、何したんですか?」
「ん? 馬と馬車に対して、速度強化、体力強化、重量軽減、などの魔法を使っただけだが?」
「……。先輩は自分の異常性に気付いてますか?」
「普通だ。普通」
「先輩が普通だと、私は……」
「うん、ゴミクズだな」
「そんな! さすがに酷いですよ!」
俺は顔を上げて後輩ちゃんを見やった。
「お前、今何をやっている? 経験も知識も技術もない、お前が、今、何をやっているんだ? 要領が良いわけじゃない、努力もしない、俺の魔法から何も学ぼうとしない。なぜ、今の時間を使って、延々と続く変わらない景色を眺めてるんだ? 景色を眺めるなとは言わん。感性も大切だからな。でもなぜ、暇を感じ、その暇潰しのために俺に話しかけて、俺の時間を奪うんだ? そんなヤツは俺の中ではゴミクズだ。むしろ、俺の時間を奪うだけ、何もしないゴミクズよりも非生産的な存在だ」
沈黙が続く車内。さすがに言いすぎたかなー? と思いつつも、「できないと自覚しているなら努力しろ」「お前より生産しているヤツの時間を無駄に奪うな」とは、俺は誰に対しても言い続けている。訂正するつもりも、訂正する必要もない。
少しののち。
「先輩、私の怠慢により、現在、読むべき書籍も持っておらず、学ぶべき先輩の魔法も理解できる知識レベルにいません。この状況で私ができる『努力』を、教えて頂けないでしょうか」
とても慇懃に感じるが、彼女の中で
「お前、先日の魔法陣を自分で展開できないといったな? その後、展開できるようになったか?」
後輩ちゃんは、目を見開き、その表情のまま、首を横に振った。
まあ、そうだろう。「私には無理」と言ってしまう時点で、できるようになる努力を放棄したのだから。
俺は無言で、その時に使っていた魔法陣を紙に書いたものを投げた。
これ以上の言葉は不要だろう。後輩ちゃんを馬車内の前方に行くように促し、俺は後方の出口側に座った。
さて、敵意をむき出しにしてこちらに向かってくる奴らに、少し事情を聞かなければならないな。と考えつつ、馬車の後方を見やった。
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