高校1年生の1年間



彼、乾凛太郎いぬいりんたろうくんは入学当初から学年問わず女子の間で噂になっていた。


発端は中学で同じサッカー部だった先輩が、「今度サッカー部の後輩が入学してくんだ」と写真付きでクラスメートに見せた途端、クラスの女子が食いつき、写真が拡散され…という結果、入学式では注目の的になっていた。

同じ中学でなかった私は、中学時代の彼の人気度がどれほどだったのかも、入学式までにこれほど知名度が上がっていたことも知らなかった。

そんな何も知らない私でも、彼は遠くからでも格好良くて、落ち着きがあるせいか他の男子より大人びていて見えて、柔らかそうな雰囲気を持っていて…まぁ一言でいうとモテるだろうなと思える、そんな印象を持った。


これほど入学式がざわざわしていても彼は無反応で…というか眠たそうにしていたから気に留めていないのではなく眠気が勝っていたからなのか、姿勢だけは真っすぐのままパイプ椅子に腰かけていた。

なぜ座っているのに表情がわかるのかというと、まわりより頭一つ分ほど背が高かったからだ。

そのせいで更に彼の姿は目立ち、どの角度からも眺める事ができ、体育館内の女子の目線は校長ではなく、式が終わるまでずっと彼に向いていた。





彼と同じクラスにはならなかった。

クラス発表の掲示板では、受験の結果発表以上に悲鳴と歓喜の声があがっていた。

言わずもがな、、である。

まわりを他所に私は残念がることもなく、むしろ中学から友達の蓮実はすみちゃんと同じクラスになったことがとても嬉しかった。



クラスが一緒だろうがなかろうが、彼のプロフィールはじっと座っていても耳に入ってきた。

乾凛太郎。181センチA型。3月7日生まれ。

少し茶色がかった髪は地毛で、しかもくせ毛でパーマみたいになっている。

中学ではサッカー部だったけれど、高校ではどの部にも入部せず帰宅部のまま。

部活に入らなかった理由は、マネージャー希望が殺到するからだとか、部員の彼女たちを総取りしてしまうからだとか、ほぼ妄想まじりの噂が出回っていた。

好きな食べ物はタマゴサンド。お昼に何を買っているのか遠くでチェックされているようであった。

得意科目は英語。苦手科目は日本史や世界史などの暗記系。苦手科目が引っ張っているせいか、成績は中の上。ただし優秀すぎない所も好感要因なのだろう。

彼にまつわる悪い情報はデマを除けば一切なく、好感度は上がる一方だった。




高校生活1年目が終わろうとする3月には、彼に告白し玉砕した女子が何人なのかは誰も数えられなかった。

同学年からの告白が人数を占めていたのか、上級生が占めていたのかもわからない。呼び出し以外のメールや手紙(今時手紙は古いのかもしれないけれど)での告白があれば、さらに計り知れない。


ただ、学校中で誰もが知っていることと言えば…


「誰とも付き合ってないよね」


4時間目前で、小腹が空いた蓮実ちゃんが私の前の他人の席にどっかり座ってチョコ菓子を食べながら言った。


「いつも乾くんの話なんかしないのに、急にどうしたの?」


「いや、さっき2年生になる前にって告白した女子がいたみたいなんだけどさー。やっぱりフラれたって。ってなんだって話だよねホント」


この時間でお菓子をもりもり食べているにも関わらず、昼食には朝から何も口にしていなかったかのように、爆弾おにぎり3つとおかずの入ったお弁当をぺろりと平らげてしまう彼女は、今も昔もバスケ部所属だからなのか、元々大食いなのか…。

それなのに自分よりスタイルの良い彼女のお腹あたりを細目でみていると、「え、なになに」と少しうろたえながら食べる手を止めた。


「彼氏が今席が乾の後ろでさ、直球で聞いたんだよ。実は前から彼女いるんだろーって。ほんとあいつデリカシーないんだよね。あたしの前でもいつもそう。なんでこんな所でそんな事言っちゃうのかなーとかさ。そん時だって乾に片思いしてる子が絶対居たはずなのにさ」


右斜め前で会話していた女子3人組が耳をダンボにしてこちらの話をうかがっていることに気づいた私は、知らないフリをしながら話を進めようと努力した。


「そしたらさ、高校に入ってから彼女はいないって言ったんだって!答えてくれるもんなんだなーってあいつ感心してた。あ、あいつって彼氏のことね」


「え、そうなのぉ~?!」


先ほどの3人組が盗み聞きをしていたことも忘れ、さらに聞き出そうと蓮実ちゃんのもとへとやってきた。しかしチャイムの音と同時に化学科の堅物教師がドカドカと教室に入ってきたので、3人組は渋々席に戻り、蓮実ちゃんは急いで残りのお菓子を平らげ袋を握りつぶした。



私は化学の教科書の記号表を見つめながら乾くんのことを少し考えていた。

なんで彼女を作らないんだろうか、とか。

中学の頃女性関係で嫌なことがあったんだろうか、とか。

理想が高いんだろうか、年下好きなんだろうか、とか。

ほんの少し、

誰が元素記号の歌をつくったんだろうっていう疑問と同じくらいのレベルで。

ほんの少し、

考えていた。




でも彼に対する疑問は、高校2年生になった今の方が大きくなっていた。



なんで、私が、乾くんに、告白されたんだろうか、と。



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代わりのパペット 如月 真 @plastic_liberty

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