代わりのパペット

如月 真

疑心

高校2年生の5月上旬



「今日はね、トモくんの大好きなエビフライ入ってるよ!」


「マジ?昼休み楽しみにしてる!」



手汗がどうとか、そんなこと考えもしないだろうと思うくらいの恋人繋ぎ。

実際にはなくとも、体全身からハートマークが湧き出ているように見える程の、幸せオーラ。


そんな登校中の二人の背中を視界に入れながら、私・上島裕季かみじまゆうきは学校指定の通学路を歩いていた。

まだ梅雨の時期にも差しかかってない、快適な気温である5月上旬…にも関わらず、二人からのハートマークがこちらに攻撃を与え、少々あつく感じる。

不快には感じない、ただ、羨望とも違う。

公園で子供同士が和気あいあいと遊んでいる姿を、微笑んで眺める保護者のような、そんな気分でいた。


そんな中、左肩にかけていた紺色で横長のナイロン製の通学鞄にずっしりと重みがかかる。



「おっはよーう!」



高校二年になってから同じクラスの今野潤平こんのじゅんぺいが、しれっと鞄に右肘を乗せて爽やかな笑顔を振りまいてきた。


まわりより通学時間がかかるのにも関わらず、ばっちり決まった栗に近い茶髪の無造作ヘアー。

朝起きてからほぼ無言のため、第一声がいつも枯れてしまう自分とは違い、譜面だとフォルテシモなくらいの声量。

笑うとたれ目がさらに下がって、八重歯が垣間見える。

目線が同じ彼の身長は平均女子とさほど変わらない164センチ。そして私もである。

「第二次成長期を待ってるんだ」と儚い希望を抱き、その希望を実現するためにバレー部に所属している、が、未だ叶ってはいないそうだ。


今野潤平と初めて会話したのは高校二年になった初日だった。

くじ引きでの席替え方法を面倒だと却下した担任が、安直な考えである名前順で席を振り分けたため、

上島の「か」の後ろが「こ」である今野になったのだった。

そして新学期早々、筆記用具を一式忘れ呻き声を出していた彼に、自分の予備を貸してあげたことで、

「お前、神様だな!」

と想像以上に感謝され、仲良くなった…というか、半ば懐かれている、というような状態である。



「…おはよう、今野くん」


「朝からくれぇなぁ。今日は一時間目から体育なんだし、元気だそうぜ!


今月の男子の体育はサッカーだとしても、こちとら今月はマット運動なのだ。

体が柔軟でない自分は元気を出すどころか、憂鬱さを抑えられないほどだった。

醸し出す憂鬱さを感じ取れない鈍感な彼は、鞄に乗せていた右肘をどけ、人差し指をこちらに向けた。


「っていうかさ、お前ら全っ然しゃべってねーじゃん!前のヤツらとの温度差違いすぎるだろ!」


人差し指が自分とその奥とを交互する。

二人の世界を作っていた先ほどのカップルでも、「自分たちのことかな。」と後ろを振り返ってもいいほど、今野はデリカシーのかけらもなく突っ込みを入れたのだが、自分の右横で歩くは、今野という存在が見えていないかの如く、前を向いたまま歩いていた。



「お前ら、ほんとに付き合ってんのか?」

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