第18回「サンプル #1」
「サンプル #1」
2058年 アメリカ
監督 なし
あらすじ……1人の男が街中を歩いている。男は探偵であり、ある犯罪組織の悪行を調査していた。そんな矢先に彼は暴漢に襲われていた女性を助ける。彼は女性と恋に落ちるが、その女性こそ、彼が追う犯罪組織のボスの女だった。捜査か、愛か、究極の選択を迫られる男はある行動を取る。
[レビュー]
映画の内容そのものはありふれたハードボイルド調なストーリーである。なんて事のない作品であり、1930年代の古典映画さながらの物語である。だが、今作の監督に人間は携わっていない。今回は趣向を変えて、映画の歴史をおさらいしよう。
今から半世紀以上昔に、アメリカの大学である実験が行われた。「全自動でAIが物語を作る事が出来るか?」という実験で、その実験は良好な成績を収めた。実験を指揮したのは当時23歳だったジョセフ・スタンリー・ベッテルマン。彼はAIが物語を紡ぎ出せるのなら、AIが映画を撮れるのではないか?という考えに至り、仲間たちと共に「全自動映画製作ソフト」を作る事にした。このプロジェクトは非常に画期的なソフトの開発を目的としていた。何しろ全て人間の手を借りなくても自動で映画を撮ってくれるソフトなのだ。
ベッテルマンはまず資金繰りに苦労し、その過程で元映画監督のラドリー・シムスと出会う。シムスはこのシステムをハリウッドに売り込む事を提案し、彼らのプロジェクトに全面的な支援を約束、自らも開発に携わったがこの存在を知ったハリウッドの映画会社たちの答えは「そんなものは必要なし」「むしろ映画産業の妨げであり、雇用問題を増やしかねない」との一点ばりであり、プロジェクトは暗礁に乗り上げてしまった。
さらに、ソフトの開発は思うように進まず、ついにプロジェクトは解散寸前まで追いやられるが、ベッテルマンは見方を変えて「全自動ではなく、半自動にするのはどうか?」という考えに至る。つまり、大作映画を個人で、1人で、簡単に製作できる作品にしようと考えた。それはベッテルマンとシムスなりのハリウッドに対する意趣返しだった。かくして、彼らは史上初となる個人用映画製作ソフト「ホーリーウッド」を開発した。
これは非常に売れた。とはいえ、全編3DCGモデル、合成音声で台詞を呟くため本場の映画から非常に劣る絵の作品しか作れなかったが、椅子に座ったままで1人で映画を製作できるこのソフトは大ブレイクした。改良版も開発され、グレードアップしていくに連れて「自主制作映画ブーム」が動画サイトを中心に巻き起こった。この成功で得た資金を受けて、ベッテルマンとシムスはついに2058年、完全自動の映画製造ソフト「ストーリー・メイカー」を開発した。この頃にはベッテルマンは35歳になり、プロジェクトに10年以上の歳月を費やしていた。
この映画は、その「ストーリー・メイカー」によって作られた史上初となるAIが作った映画である。だが、開始にも述べたよう今作は非常に地味で驚きも少ない、よく言えば王道、悪く言えばありきたりな映画であった。しかし、機械が全自動で映画を作るというシステムによって作られた今作は全世界に衝撃を与えた。それと同時に、当時の映画製作会社から「映画産業の雇用に関わる問題」「機械の作る映画など認めない」と大バッシングを受けてしまい、事実作れる作品にも限度があると判って以降、彼らが時間と情熱注いで作ったこのソフトは失敗作に終わるかと思われた。
しかし、この「ストーリー・メイカー」は思わぬ形で重宝される事になる。それは宇宙開拓の場における娯楽提供である。地球から離れ、最新の娯楽作品を入手できないという閉鎖環境において、「ストーリー・メイカー」がつむぎだす映画は大歓迎された。特にわざわざ地球からエンターテイメントを持ってこなくても、機械が作って楽しませてくれる、そして作品は無限大である点は重宝された。この画期的な発明は宇宙開発や長期にわたり外界と途絶する環境との相性が抜群であり、現在は長距離任務につく宇宙船や、火星開拓公団の居住施設などの娯楽システムに採用されている。
シムスは72年に死去、ベッテルマンも97年にこの世を去ったが、この2人が映画史に残した功績は映画好きなら誰しも忘れる事はないだろう。彼らは生涯をかけて「ストーリー・メイカー」の改良を施し、現在はVer28まで改良型が存在し、現在でもクオリティの高い様々な娯楽映画を即興で作っては、人々を楽しませている。
21世紀B級映画研究序説 大佐 @wizwiz9
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