最終章 夢の果て


 ルファーガ王国を船で脱出した僕達は、隣国ファンドール南部の港町ロックに無事到着した。この国は僕らが嵐に巻き込まれて漂着した国で、少し因縁がある。とはいえ、今回の船旅はのんびりしたもので、この前とは天と地の差があった。

「さて、次はクアトですね」

「クアトに向かうには、街道に出た方が、海岸沿いを進むより早いだろう」

 港に着いた僕達は、まだ午前中だったこともあって、必要な物資を買うだけですぐに街道に出る事にした。ルファーガで思わぬ時間を取ってしまったことでもあるし、ね。

 ロックの町を早々に抜け、僕らは街道に出る。以前ルファーガに入る際に通った道だ。景色も見覚えがあるぞ。あの山の曲線とか、川の流れる様子とか、あの時はみんなが揃ってほっとしていた時だから、周囲の景色とかもよく覚えてるなぁ。

「あっ、見て。ペーネの花が咲いてるわ」

 エレナが道端の花に目を留め、その愛らしさに顔をほころばせる。でも、普通の女の子と違って、花を摘み取ったりはしない。そこはエルフゆえ、なんだろうね。

「本当だ。かわいいね」

「うん」

 僕が相槌を打つと、エレナがにっこりと微笑みかけてきた。この笑顔がかわいいんだよなぁ~。(喜)

「あら、かわいい花ね」

 ファルマもペーネの花に気付き、思わず花を摘もうとする。

「ああっ、やめて」

 エレナがファルマの手を捕まえて、花を摘むのをやめさせる。

「花にも命があるのよ。ここまで大きく育って、花を咲かせるのに苦労してるんだから」

「そ、そう…ね。ごめんなさい」

 ごく当たり前だと思っていた行動を怒られ、ファルマは少し面食らったようだった。それもそうだよね。今まで野原の花を摘んで遊んでも、だれに何を言われるでもなかったろうに。むしろ、そうやって遊ぶ事を薦められていただろう。人間の女の子なら、それが当たり前だ。

 でも、こんな風に周囲の自然に目を向けられるようになったのは、レンツを発ってから2日後のことだったんだ。それまではルファーガで起こった事件でみんな気が滅入ってて、そういう気分になれなかったんだよね。さすがにあんな不幸な母娘を見捨てるように国を出てきたら、任務第一のレオンでさえ丸1日ふさぎ込んだもんなぁ。心の優しいファルマやルモンドは、立ち直るのに丸2日かかった。ルモンドはその間ずっと神に祈りを捧げていたくらいだ。それほどレオナの死は痛ましく、あの母娘の決断は重かったのだ。僕だって、アルシア母娘と別れたその日は、気が滅入って食事も喉を通らなかったもんね。

 だからって、いつまでもヘコんでるわけにはいかない。僕達は生きていて、前を向いて歩いて行かなくちゃならないんだ。それに、僕達には待ってる人がいる。戦乱に巻き込まれるかもしれないベルダインの人達のために、僕らは一刻も早くベルダインに戻らなくちゃ。

『随分と、強くなったわね』

 うえっ!?シーラ?

『うふふ。最初会った頃から比べたら、ユウは成長してるわ。あの時のあなたじゃ、きっとこんな事考えられなかったでしょうね』

 そ、そうかなぁ…。

 僕がシーラと意識で会話していると、エレナがそれに気付いたらしく、僕の腕をギュっとつねった。(痛)

「い、痛いよぉ」

 僕がそう言うと、エレナはプイッとそっぽを向いてしまった。

『やきもち焼いたみたいね』

 そうらしいや。まったく、シーラにまでやきもち焼かなくてもいいだろうに…。(泣)


 街道に入って2日目、僕達はファンドール王国の首都カフカに入った。気候は夏の盛りで、通りには薄着をした人が多い。クレイド神は服装等に関しては寛大なようで、女性もノースリーブを着ていたり、裾の短いスカートをはいていたりする。だから、僕は目のやり場に困る事に…。

「いてっ!」

 少しでも視線の先に薄着の女性がいたりすると、すぐにエレナがつねってくるんだ。(泣)

 僕自身そういう意思はまったくないんだけど、エレナは気になるらしい。トホホ。

「もう、また見てる」

「いたた。見てないってば」

 こんな僕らのやり取りを、ルモンドとファルマが笑らいながらながめる。レオンが相変わらず無反応なのは、こういう場合助かるよね。うんうん。(泣)


 カフカで宿を取ると、いきなり騎士が数人飛び込んできた。なんだ?何が起こるんだ?

「ここに冒険者風の一団が泊まっていると聞いた。板金鎧を着た戦士がリーダーの一団だ」

 それって、僕らの事?

「主、そのような一団は来てないか?」

「え、ええ…」

 部屋を取ったばかりで、僕らは荷物を置きに階段を登っている最中だったんだ。そこを呼び止められ、仕方なく1階におりることに…。

「お前達は、ルファーガから来たのだな?」

「そうだが。何かあったのか?」

「騎士団詰め所に、密告があった。お前達がルファーガの送った密偵であるとな」

「馬鹿な!」

 僕達が密偵!?そんな話あるか!

「冗談ではない。我々は…」

「話は詰め所で聞く。おとなしく従わないのならば、この場で斬る」

 またこのパターンか…。ルファーガで連行されたあの時と一緒だな。

「従った方が身のためだと思うが?」

「仕方あるまい」

 そういう事で、僕らはおとなしく騎士に連行される事になりました。やっぱり、のんびりした旅とは縁がないんだなぁ…。


 ところが、詰め所に連れて行かれた僕達は、武器を奪われた挙げ句いきなり牢屋に放り込まれたのでありました。ちょっと待ってくれよぉ~。(泣)

「これはどういうことですか!」

 さすがにこういう不当な扱いを受けたら、ウチで一番温厚なルモンドも頭にきたらしい。しかし、鉄格子の向こうの騎士は、

「お前達には裁きを受ける資格もない。そのまま処刑の日を待つがいい」

 と、冷酷に言い放ったのでありました。

「どうなってるんだ?」

 何がなにやらまったく訳がわからぬまま、僕らは投獄されたのでありました。どういうことなんだ?

 多少の抵抗はしたものの、まったく取り合ってもらえない。何か様子がおかしいと、みんなが怪しみ始めたその時だった。見回りの兵士の気配が消え、変な雰囲気が漂い始めた。

「何だ…?」

「これは…」

 ルモンドが何かを言おうとした刹那、

「…いいざまだな」

 と、低く不気味な声が聞こえた。見れば、鉄格子の向こうに黒いローブを羽織った男が、怪しげな雰囲気を漂わせて立っていた。

「これまで我等が仕掛けてきた罠をことごとくくぐりぬけ、よくぞここまできたものだ。だが、その悪運もこれまでだ。我等はお前達から『心の鏡』を奪い、ベルダイン王国の愚かな王子共に内乱を起こさせ、アルラッド大陸を混乱に叩き落すのだ。こうして奪われた多くの命は、破壊神レクダを復活させるための捧げ物となり、この世を闇の世界へと変える力となる」

 な、なんだって!?

「では、これまで私達の前に現れた闇司祭は…」

「そうとも。我々の同志だ。世界を全くの闇の世界に変えるという崇高な使命を帯び、彼らはその命を落としたのだ」

 男はそう言って天を仰ぎ見るような仕草をし、しばらく沈黙した。そして、

「アルラッド大陸最大のベルダイン王国を崩壊させれば、周辺諸国はたちまち戦乱状態に陥る。さすれば、我等の望みも叶うというもの」

「貴様…!」

「そのような事、許すわけにはいきません!」

 レオンやルモンドが反論するが、男は冷酷にこう言い放った。

「武器もなく、牢に入れられたお前達に何ができる?そこで、おとなしく処刑の日を待つがいい」

「そうはさせないわ!」

 エレナがそう言うと、光の精霊を呼び出して男にぶつけた。

「うおっ!?」

 突然の攻撃にあい、闇司祭はたじろぐ。

「シーラっ!」

『ユウ!』

 僕の声が届いたのか、奪われていた弓からシーラがとんできた。

「シーラ、そこの壁にかかっている鍵を!」

『うん』

 実体を現したシーラは、壁のフックにかけられていた鍵を取ると、急いで僕達のところに駆け寄ってきた。そして牢屋の鍵を開けようとする。

「させるか!」

 まとわりついた光の精霊を振りほどいた闇司祭が、シーラに向けて凶刃を振りかざす!

「シーラ!後ろ!」

『はっ!』

 一瞬でシーラは精霊の姿に戻り、闇司祭の刃を回避する。そして反撃とばかりに、闇司祭の体に体当たりして彼を壁まで弾き飛ばす。

「ぐおっ!」

 男がのびている間に、シーラが鍵穴に差し込んだ鍵を回して鉄格子を開ける。そして飛び出すなり、レオンが闇司祭につかみかかってぶん殴る。そして闇司祭を気絶させると、僕らは奪われた武器を探した。

「シーラ、武器は?」

『こっちよ』

 そして武器と背負い袋を取り戻した僕達は、兵士の追撃を振り切って詰め所から逃げ出した。

「まだ来るのか?」

「うん。追ってきてるよ」

 深夜のカフカの町に飛び出した僕達は、必死に兵士の追撃を振り切ろうとした。しかし、

「逃がしはせん!『心の鏡』もこちらに渡してもらうぞ!」

 と、黒いローブを着た男が立ちふさがった。その左右にいる騎士は、どうやらこの闇司祭に心を操られているらしい。

「強行突破だ!」

「行くわよ!」

 全員が正面に攻撃を集中させる。まずは僕とエレナの弓矢が飛び、騎士をひるませる。そしてルモンドが防御魔法でレオンとファルマを援護し、2人の戦士が騎士達と剣戟を交わす。その間、僕とエレナが剣を抜いて闇司祭に飛び掛かる。後ろからも兵士が追ってきているので、今相手にしている連中をさっさと片付けなきゃ、相手戦力が増えて厄介になる。

 僕達も多少の傷を受けつつ、なんとか闇司祭と騎士3人のグループを撃退した。しかし、後ろからも兵士達は迫ってきている。休む暇もないんだな。(泣)

「町を出れば、連中も追っては来るまい」

「ええ。急ぎましょう」

 そして町のはずれまで来たとき、振り返ると詰め所から追ってきていた兵士達もいなくなっていた。やれやれ。ようやく一息つけるな。(安堵)

「まったく、どうなるかと思ったわ」

 ファルマが肩で息をしながらそうもらした。

「このまま町を出てしまいましょう。適当なところで休憩を取って、そこで傷を癒しますから」

「ああ、そうしてくれ」

 そしてカフカの町を出た僕達は、見晴らしのいい場所で野宿をする事にした。あ~あ、宿賃も払ってたのに、結局野宿か…。(凹)

「では、傷を癒しましょうか」

 ルモンドの呼吸が落ち着いたので、1人ずつ癒しの奇跡をかけてもらった。そして、全員の傷が癒されたその時、

「ユウ?」

「ん?」

 僕の体がぼんやりと光り始めたのだ。

「これは…?」

 みんなが不思議そうに僕を見つめる。やがて僕の周りが真っ白になっていき、体が宙に浮くような感覚を覚えた。そして…


「ん…?ここは……」

 気がつくと、僕はベッドに寝ていた。見回すと、数ヶ月前の記憶と繋がった。間違いない。ここは日本の僕の部屋だ。そしてその隣には…

「うわあっ!?」

 なんと、エレナが寝ていたのだ。でも、耳は長くない。どうやら人間のようだ。じゃあ、別人?随分と似ているけど…。

「う…うん……」

 あ、目を覚ましたみたいだぞ。

「ゆ、ユウ…?ユウーー!」

 エレナらしき女性は、僕の名前を叫ぶなりぎゅっと抱きついてきた。そしていきなりキスを…!(驚)

 少しして一時的な興奮状態から冷めた彼女は、僕を解放してからこう話し始めた。

「あなたが…いなくなってから、本当に、大変だったんだから…」

 僕が光に包まれて消えた後、彼女達は幾度となく襲い掛かってくる追手を退けてベルダインまで帰り、そして戦闘状態に突入するすんでのところで、国王に『心の鏡』を使うことで王子達の目を覚まさせることに成功したのだという。

 こうして戦乱はかろうじて回避され、ベルダインを混乱に陥らせようとした闇司祭も無事に捕縛された。そして仲間は再び、自分達の生活に戻ったのだという。

 レオンは任務を成功させた功績で国王から近衛騎士隊副隊長の座を用意されたのだが、それを辞退した。理由は、忙しくなるとフローラさんにかまってあげられなくなるからだそうな。そういえば、レオンが以前旅の途中で購入したアクセサリーは、やっぱりフローラさんへの贈り物だったんだって。2人とも仲が良くて、これからも幸せに暮らしていくだろうとの事だった。あのときフローラさんの妹さんに誓った言葉は、心配せずとも守られることだろう。

 ルモンドは、俗世間に関わる行動ではあったにせよ、正義を貫くために戦ったとして、正司祭に昇格した。しかし、神殿で侍祭の位を与えるというのを断り、彼は再び旅に出たという。

 ファルマは冒険が終わってエルナードに帰り、再び気ままな王女として国内を旅して歩いている。その隣には、いつもメルファの司祭が付き添っているらしい。

 そして、エレナは……

「あの冒険が終わって、私は一度森に帰ったの。でも、あなたの事が忘れられなくて…」

 何をするにしても気持ちが乗らない彼女は、その事で長老に相談したらしい。そして、月光樹に相談すれば何とかなるかもしれないと言われたんだそうな。

「それで、私は月光樹の下に行き、この気持ちをどうすればいいのか相談したわ。そうしたら…」

 月光樹はすべてを任せなさいと言って、自分に光の腕を伸ばしてきたのだという。そして気がつくと、ここで寝ていたというわけだ。

「私はエルフのはずなのに、不思議と人間だったような気もするの…」

 なんと、彼女は人間としての記憶も持ち合わせているらしい。その記憶によると、彼女の人間での名前は神崎エレナといい、両親はアメリカ人なんだけど、父方の祖母が日本人なので、彼女自身はクォーターなのだそうな。父親が日本語ペラペラだったことから、彼女も英語と日本語の両方が不自由なく話せるらしい。で、この日本人のおばあさんというのが、僕のおじいさんの従姉妹にあたるらしく、僕とエレナは遠い親戚になるという。

「でも、私とあなたは随分血のつながりが薄いわけだし、民法上も問題ないってことで…」

 お互いの両親が許婚にしてしまったんだそうな。確かに、僕は一人っ子だし、身分のはっきりしてる人が奥さんの方が、何かと安心だよね。でも、互いに出会ったのはこれが初めてらしく、結婚する前に良好な関係が築けるようにと、お互いの両親が配慮してエレナを日本によこしたんだそうな。

「これから私はあなたと暮らす事になるの」

「はぁ…」

 僕の知らないところで、いつの間には話が進んでいたんだなぁ。エレナと結婚するって話はいいんだけど、それを僕が知らないってのが良くない。こっちにも選ぶ権利を与えて欲しいよ。(怒)

「エレナは…それでいいと思ってるの?」

 思わず、僕はこんな質問をしてしまった。するとエレナは、

「もちろんよ」

 と、即答してくれた。あ~、良かった。嫌だって言われたら、どうしようかと思ったよ。(安堵)

「これからは、ずっと一緒にいられるの。学校に行くのも一緒よ」

「え?そうなの?」

 考えてみれば、エレナの外見から判断すると、僕と同い年ぐらいだよなぁ。彼女がエルフの時は歳なんて考えた事もなかったけど、同じ人間になったと思うと気になるな。彼女、いくつなんだろう?

「エレナは、歳いくつなの?」

「17よ」

 げげっ!僕よりひとつ年上じゃん!って、ことは、彼女は高校2年生か…。これで結婚すると、ほとんど歳は変わらないけど、姉さん女房だなぁ…。

「とにかく、これからもずっと一緒だからね。ユウ」

 と、エレナは僕の隣に来て、そっと頬にキスをした。あぁ、これからもこういう生活が続くのか…。ちょっと困る部分もあるけど、基本的には幸せだからいいか。(爆)


 ところで、僕が読みながら寝てしまった小説は、目を覚ましたときにはどこにもなかった。元々、古本屋で見つけた怪しげな本だったし、あの本が僕の身の回りの世界を変えてしまったんじゃないかと思い始めた。もしかしたら、別の場所で新たな冒険者を探しているのかもしれない。夢の中の冒険者となるべき、冒険心旺盛で純粋な心を持つ人を。この文章を読んでいる君も、近所を探してみてはどうだろうか。その小説の題名は、『幻想紀行』という。


FIN

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幻想紀行 ~夢の中の冒険者~ @CervoCN22S

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