第10話 本番戦は延長戦
遂にこの日がやってきた。
今日は泰士さんは憲伸党の支部で結果を待っている。
俺はというと、自宅近くの事務所に行くことになっている。しかし、最初から事務所で待機している訳ではない。結果が出てから、ご本人様登場!というシナリオらしい。
まあ、これも全部向こうの人が考えてくれたんだけどね。俺は従うだけ。
今はゆるゆると自宅に待機中。
既に時刻は19時50分を過ぎている。
思えば昨日のギリギリまで、演説に次ぐ演説。
しかし、彩ちゃんが
「あんたは演説で何言うかわからないから危険!」
と言って、すぐに握手作戦へと変更していた。
それにしたってよく回りましたよ。もう、これであの辛かった日々が終わるかと思うと……
寂しいというよりは安心していた。
結局は落選したところでも、あれだけの人と話して顔を覚えてもらえたんだから。きっと働き口だって見つかるはずだ!
見ておけ!俺の輝かしいエリートサラリーマンへの道!
次回からのタイトルは『所詮、企業の再建には高坂が必要!』みたいなそんなんでいこう。
そして20時を迎える……
その少し前に党員らしき服装の人がこちらにやってきた。
「本来であれば、20時になってから開票があります」
「知ってますよ?」
「はい。そして、大差をつけてどちらかが勝っていれば、すぐに結果が出ます。しかし、出口調査や我々のリサーチではきっと深夜までずれ込むかと」
「え!そんなに接戦だったの?!」
「私たちの力及ばず……」
「逆なんだよ、ぎゃく!」
「はい?」
「いや、よくそんだけ松永候補に追い付けたなって」
「それは、高坂さんのお人柄です。あとはやはり松永候補のお父様でしょうかね。相当、ここでの評判は良くありませんから」
そんな話は聞いていたけど、この人が言うからには本当にすごい嫌われ方なのだろう。彩ちゃんは事務所に言っていて、数人の党員の人と涼子ちゃんでのんきにバラエティ番組を見ている。
慌ただしくしているのは党員の方々。常に電話をしたりしている。
「俺、一人だけ楽してるけどいいのかな?」
縦長の大きな机が広間の真ん中にあり、椅子の数はざっと8つある。上面にはシャンデリアがあり、壁一面にはどこか分らないが湖の絵が掲げられている。
下は真っ赤な絨毯で埃すらない綺麗な状態だった。フランスの貴族の家みたいだった。
「お茶、入りましたよ」
「ありがとう、涼子ちゃん」
やはりなぜか、メイド服姿の涼子ちゃんだっだけど、もう気にならなかった。
刻一刻と時間は過ぎていく。
涼子ちゃんも緊張しているせいなのか、言葉が続かない。
そして、扉が大きく開かれた。
「高坂さん!やりましたよ!」
「はい!え?」
「当選ですよ!いやあ、まさか10時過ぎで決まるとは!やりましたね!」
「お、俺が……?」
「おめでとうございます!わたし、信じていました!」
すると、どかどかと他の党員の人たちがやってきた。事務所ではもう万歳をしようとしているらしい。自分も行かなくてはならない。
涼子ちゃんに留守を任せて、俺は車に乗り込んだ。
テレビでは既に速報も出ているらしい。
補欠選挙とはいえ、速報が出るのだという。
既に事務所は大騒ぎになっていた。
この世界にやってきて僅かの人間が国政選挙に当選したのである。
史上初の快挙!と事務所に集まった人たちが拍手で迎えてくれた。
何かを話さなければならない。
司会は彩ちゃんがやってくれ、話すタイミングも作って貰った。
あまり下手な事は話すな、と釘を刺されている手前、簡単な挨拶しかできなかったが中には涙を流している人もいた。
後から聞いた話では、その人も別の世界から来た人だとのこと。
そういった人たちの期待を受けている事に、身が引き締まった。
取材もそこそこに彩ちゃんと帰宅した。
党の支部には顔を少し出した。さすがに疲れている事を察したのか、すぐに解放してくれたが、中はもう歓喜に包まれていた。
帰宅してからは、泰士さんから電話があった。とにかく喜んでいた。こちらに向かっているが、到着は朝になるとの事だった。
なんにしても泰士さんの力があったからである。
きっと、そこをみんなは突いてくるに違いない。自分でもよく分かっていた。
でも、これだけの人に支持されたことが嬉しかった。
地位や名誉を手にしたのかもしれない。
ベッドに入りながら考えた。
彩ちゃんは俺より疲れて、風呂もそこそこに寝てしまっている。涼子ちゃんは健気に泰士さんを待っている様だった。
国会議員になる。
実感は湧かない。
よく高校生の頃とかに、政治家になりたい!総理大臣になりたい!
とか言ってるやつがいたし、自分も言っていた気がする。今、その政治家になれるのだ。しかし嬉しくはない。
きっと、良い世界とは言えないだろう。現に、俺は多くの人に支えられてここまで来ている。それに、この世界は俺が住んでいた世界ではない。もっと学ぶべき事は多いはずだ。
だけど今、自分にやれることは……
ただ眠ること。
起きたら泰士さんと話をして、近く議員としての仕事が始まるはずだ。
地元と国会を行き来する日々が始まる……
俺に本当に務まるのか……
がらにもなく不安になった。
こんな日は眠れないだろう、きっと……
朝、俺は7時間睡眠の末に目覚めた。
「寝すぎたか……?」
「馬鹿みたいに寝過ぎよ!」
あまりに起きてこない俺を心配して、泰士さんに頼まれて様子を見に来てくれたらしい彩ちゃんは、とてもイライラしていた。
「お、俺は国会議員であるぞ!ひ、ひかえい!」
「やかましいわああ!」
俺は急いで下に駆け下りていった。
これから、新しい生活が始まる。そこに俺は、新たな期待を膨らませるのだった。
世界を変えるには所詮俺が必要! 夜川 太郎 @oguricap7
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