亀梨玄武の怠惰な雑談

澄岡京樹

亀梨玄武の怠惰な雑談


 紫崎ゆかりざき市は日本にある地方都市である。妙に怪奇事件の多いこの町は、主にインターネット上で『怪奇都市』として話題に上がる。

 ……例に漏れず、今回語る話もやはりそういう類のものである。




 紫崎市の繁華街――から少しだけ外れたところに定食屋『しんどう』がある。

 そこには、基本的に常連客ばかりがやって来るのだが、この日も店にやって来たのはほとんどが常連客であった。


 そして午後十時。閉店時刻を迎えた『しんどう』の入口前には、店主である進堂真守マモルとその娘、霧花――――と何故か常連客の亀梨玄武(職業、探偵)がいた。

「そんでよ、キリカちゃん」

 玄武が、軽い口調で話し始める。

「んー、どうしたのー?」

 キリカがそれに答える。これまた軽い口調で。

「デートの誘いか? そういうの俺の前ですんのやめろよな……」

 マモル――通称『おじさん』――は、若干げんなりした様子で口を挟む。

 ここまでは普段通りの光景である。が、しかし。態々そういう書き方をしたということはつまり、そういうことであって。

「マモルさーん、そうじゃないんですよ」

 一呼吸おいて、玄武はこう言った。


「俺とキリカちゃん、この後『指を合計二十三個差し出さないと出られない部屋』に入ってしまうらしいんスよ」


「「えぇ……」」


 有り得ないと言えないのは、二人が玄武の特異性を知っている故。今宵、割とシャレになっていなさげな茶番の幕が上がる。




「というわけで作戦会議を始めたいと思います」

 玄武の切り出しで、非常に深刻っぽい感じの作戦会議が幕を上げた。場所は『しんどう』の店内である。

「いや、あのさゲンちゃん……あり得ないとは言い切れないけどもさ、ゴメン、もっかい言ってもらってもいい?」

「指を合計二十三個差し出さないと出られない部屋」

「いやいやいやいやいや、あり得ないって。何があり得ないってそんな悪趣味なシチュエーションを演出する部屋を作り出せる奴がこの世にいるってことがあり得ない。ウンコかよそいつ」

 キリカは非常にご立腹な様子で、口調がそんじょそこらの武闘派よりも強そうである。

「あのさぁ、キリカ……お父さんの前でそんなしゃべり方しないでくんない? お父さんさぁ、本気でお前のそういうとこ心配してんのよ……結婚できるかどうかってやつな……」

 マモル――おじさんは両手を顔に当てて嘆いている。

「そんなこと言わないでよお父さん。結婚相手なら当てがあるし、別に結婚に口調とか関係ないって」

 などと言いながらキリカは玄武の方を見る。

「あ、俺?」

「えぇ、亀梨なの……?」

 玄武は「俺かよ」と付け足し、おじさんはさらに肩を落とす。

「そー、最終手段。なんかゲンちゃん結婚しなさそうだし」

「しなさそうなのに俺と結婚したいの?」

「うん」

「なんで?」

「なんか押しと既成事実には弱そうだから」

「「…………」」

 黙るしかない男ども。なんというかしたたかである。というかそれ以外の言葉でフォローできないというのが男二人の共通見解である。

「ていうか話ズレちゃったね」

「「ソッスネ」」

 もはや脊髄反射な返答をする男二人。閑話休題、閑話休題ーーーーー! ……などと心のなかで二人が叫んでいたのは別に有名な話ではない。

 

 というわけで閑話休題。悲しみを背負った男二人と、普通に可愛い女一人の正直もっと緊迫して欲しかった作戦会議は仕切り直された。

「それってゲンちゃん、そういうやばげな部屋に入れられるっぽい情報があつまってきたってこと?」

 ようやく本題に入れたことに安堵しつつ玄武は首肯した。

「まあそういうことだな。流れ的に入れられるのは確定と言っていい。だから議題としては、どう『回避』するかではなく、どう『脱出』するか……というのが適切だと俺は考えている」

 読者の中には今の発言を奇妙に思われる方もいると思われる。……玄武は今、流れ的に――と言った。だが今の話題の中にそのような流れはなかった。これはつまりどういうことなのか……。その答えは、亀梨玄武が持つ特殊能力にある。


 亀梨玄武は、特に探偵として真っ当な仕事はしていない。にもかかわらず何故か探偵として活動できている。……それは、彼の特異体質に依るものが大きい。

 例えば、人に好かれやすい人間、犬や猫といった動物に好かれやすい人間――などといった、何かに好かれやすい特有の雰囲気を持った人間がいる。そういった人間は、ある種のカリスマ性を持っているとも考えられるが、玄武の場合、そのカリスマの対象が特殊なのだ。

 玄武は――――『情報』に好かれやすいのだ。

 玄武本人にそのようなつもりがなくとも、情報は、玄武のもとにひとりでに萃ってくるのだ。特に、その時玄武が必要としている情報がやって来る。具体的には、ハンバーガーを食べたいと玄武が思った時、丁度、視界に『ハンバーガー半額キャンペーン』の告知チラシが風にのって飛んで来たり、道行く人々の誰かがそういった話をし始めるのだ。

 そういった出来事は、物心がついた時には既に、玄武は体験していた。そして、そういった経験を重ねていくうちに玄武は、探偵を天職と考えるようになった。

 今回は、そんな玄武のもとに『指を合計(以下略)』な部屋に閉じ込められるから注意といった旨の内容が萃ってきたことが発端となっているのだった。


「……まあ、そのなんだ、亀梨。そう考えるのはいいんだが、もっとこう、なんつーかよ、詳しい情報はないのか?」

 マモルは口調こそ軽いが、真剣そのものな表情で玄武にそう訊いてきた。愛娘の危機なのだから当然の反応である。

「うーん、なんつーかですね、こういう萃り方の時って、回避は出来ないけど解決は可能なんですよ。だから、なにかしらいい感じの解はあるっぽいんです。それをなんとか探し出したいっつー寸法っすね」

「えー、だからって指を差し出すのはいやだなー」

 キリカは大変嫌そうな表情で答える。自分の指の危機なので当然の反応である。

「亀梨! キリカの指がもしそうなったら許さねえからな!」

 今晩一番の迫力でマモルは怒鳴る。娘のことになると父親は強いのだ。

「ヒィ! わかってますよ! ただねおじさん! 指っつっても俺のだけじゃ手と足合わせても全部で二十本しかないんですよ! このままじゃ足んねえんです!」

 当然の答えを玄武は返す。――それを、

「うるせえ生やせ!」

「えーーーーーーーっ?」

 理不尽でしかない返答でおじさんはねじ伏せるのだった。




「でも、さっきの問答で一つだけわかったことがあります」

 五分間のインターバルを挟み、玄武の一声によって会議は再開した。ちなみにクールダウン、あるいは緊急メンテともいう。

「何が分かったの、ゲンちゃん」

 キリカは非常に熱心に玄武に尋ねる。理由は先ほどと同じなので割愛する。

「俺ね、最初は指って手の指だけかと思ったわけよ。でもさ、おじさんがさっき理不尽な要求してきたじゃん」

「理不尽じゃねえ、人類の神秘、その可能性に賭けただけだ」

「お父さんちょっとだまってて」

「…………ッ!」

 一撃でノックアウトされるマモル。父親にとって子どもとは、宝であり同時に弱点でもあるのだ。

 ダウンするマモルを不憫に思いながら、玄武は話を続けた。

「要はよ、発想の問題だったんだ。俺が最初、『足の指』を差し出す二十三本の中に含めていなかったのと同じでさ、これってつまり、

「あ、ホントだね」

「それもそうだな」

 玄武の、この発言に二人は納得する。

「だからさ、あらかじめいい感じの指を二十三本分用意しておくんだよ――例えば、ほら。ここの食材とか使って――――」

 我ながらナイスアイデアだ――そう玄武は思った。ウットリという擬音が浮かび上がっていてもおかしくないぐらいに、この時玄武は自身のことを天才なのではないだろうか……と思った。




 ――――が。


「あー悪い。明日定休日なんだけどよ、食材の仕入れ明日なんだ。わざわざこういう言い回しっつーことはアレだ、今日はもう食材がない」

「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」

 我ながら訳の分からない叫び声を上げたものだ――と、玄武は思った。


 そんな時であった。


「ハーッハッハッハ! 参☆上ッ!」


 高笑いとともに玄関の戸を蹴破り、『指』の文字が大量にプリントされたTシャツを着た男が現われた。

「我が名はフィンガーハンター☆星垣! 貴様ら若者二人の指を頂戴するッ!」

 そう叫びつつ、フィンガーハンター☆星垣は周囲の空間を歪め始めた。これは特殊能力の中でも随一の特異性を持つ、結界生成能力。一時的なものであるが、周囲の環境を自分色にテラフォームする大変恐ろしい能力である。その中でもこの男、星垣(長いので肩書は割愛)の結界は発動の予兆が見えない。それは非常に厄介なことである。なにせ不意打ち気味に幽閉結界を発動できるのだから。彼はこうして、何人もの人々を結界内に閉じ込め、指を奪ってきたのだろう。これほどの発動速度ならば誰にも構えさせることはなかっただろう。

……だが、今回ばかりは勝手が違っていた。

「へぶしっ!」

 名乗りを上げ、結界を展開し始めた時、既に玄武の鉄拳が星垣の顔面に直撃していたのだ。

「な、なぜ、結界を見破れた……?」

 当然の問いを星垣はする。

「閉じ込められることだけはわかってたから、余裕なんだよなぁ」

 玄武はそのまま二撃目を放とうとする――が、既に発動していた結界はその規模を拡大していた。

「フハハハハ! もう遅い! 手遅れだァーーーハッハッハ!」

 再び高笑いをする星垣――が、それを無視して玄武は星垣を捕らえた。

「ハハハーーーえ?」

「お前も一緒に入ろうな」

 この時、星垣(本名、星垣ナイト)は、はじめての体験に頭が真っ白になっていた。結界の発動を読まれていた(実際には結界発動を読んだわけではないが)だけでなく、まさか自分まで結界に放り込まれてしまうなど、星垣からしてみれば予想だにしていない出来事だったのだ。


 ……気がつくと『しんどう』は、真っ白な部屋に変貌していた。これこそが星垣の能力で生み出されし結界であるのだが、今回は外から内部の惨状を愉しむはずの星垣ですら中に放り込まれている。

「やばいやばいおあばばばば」

 微妙にリズミカルな言い回しで狼狽する星垣。だがそんなことはどうでもいいと言わんばかりに玄武、キリカ、そしてマモルは星垣を取り囲む。

「さーて、フィンガーハンターさんだっけか。人類の神秘、その可能性を確かめたいんだが、いいかなぁ?」

 玄武は、それはそれは恐ろしい事を言いながら指をパキポキ鳴らしている。

「へ……? あの、あんまり指パキポキ鳴らさないほうがいいです、よ……?」

「うるせえ生やせ」

「ヒィ!」

 マモルの話の流れすらぶった切る理不尽口撃が炸裂する。だが普段の彼はこうではない。普段は、みんなから『おじさん』と慕われているそれはそれは素敵な中年男性オッサンなのだ。

「ねーゲンちゃん、私達止血手段がないよ。コイツこの後どうすんの?」

「そこはそれ、多分回復とかできる特殊能力者とかいんだろ。こんな指集めとかやってるんだしなぁ。それぐらい考えついてるって」

 誰かを始末するということは、その誰かに逆に始末される覚悟があるということ――そんな感じの言葉を聞いたことがるなぁ……と、玄武は考えながら、星垣をどうするか――その答えを実行した。




 数秒後、四人は無事結界から脱出を果たした。まったく、ひどい目にあったぜ――と言った風な顔つきである。……若干一名、顔面蒼白であるが。

「つーわけで、お前に関する情報は何時でも萃ってくるようにしたからよ、そのグロい趣味はやめとこうな」

「は、はい……すんませんでした」

 あれだけ息巻いていたものの、星垣はなんと今回が初犯だったそうな。そのため、指を切り落とすことだけはごめんしてもらえたのだ。もちろん、ごめんしてもらえたのは星垣が、である。

「にしてもゲンちゃん、土壇場ですごい頭の回転だったねー」

 キリカが玄武を賞賛する。

「え? そう?」

「うん、Tシャツにプリントされてた『指』の字から二十三個差し出して脱出するなんてことを思いつくなんて誰にでもできることじゃないよ」

「おっ、そうかなー? マジかなー?」

 などと言いながらめちゃくちゃデレデレな玄武。マモルは内心複雑であった。

 このままでは親の威厳が保てない……と危機感を覚えたマモルは、いい感じにまとめることにした。

「全く星垣、お前は『参上』っつって現れたはずなのにいつの間にか惨状――」

「だまれ親父」

「…………だまれ…………そして親父って…………ッ!」

 ――筈だったのに再びノックアウトされてしまったのだった。

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