3-2



『諸君、いい知らせだ。クリーガー大尉が我々のために倍の撃墜スコアを用意して下さった』

『そいつぁ嬉しすぎて漏らしそうですよ、中尉』

『何あんた、またブルってるの?』

『寒いっつってんだろこのアマ、何機か素通りさせるぞ!』

 湿気た冷風が吹きすさぶ平原を、三機のハフフィックが駆ける。微速で進みながら後方につけたカーゴと一機は既に狙撃態勢を取り、基地施設に次々と展開される画術兵器を撃ち抜いていた。偽装してきた運搬用コンテナに積載されたICプールから供給される武装群を駆使し、的確に目標を仕留めていく。

そこへ4人のウィスパーに同じ声が届いた。

『フロント、お楽しみのところ悪いが、あくまで作戦通りだ。アルファ1、2はジェイスンが初撃で空けた穴から突入、そのまま最深部へ。アルファ3はアルファ4と共に基地戦力の減衰に注力』

『ようお前ら、すまんな。オジサンの尻拭いをよろしく頼むぜ』

平静と陽気な声が続いたのち、再び音源が切り替わる。

『……とのことです。改めてオペレーティングを開始します。皆様、ご武運を』

各機のコクピットでは、戦況共有システムによる情報解析スクリーンが現れ、各々の作戦プランに応じたサポートを始めていた。

『いい上官を持ったぜ、まったく』

『同感だな。先行する、両機とも続け』

了解ヤー

速度を上げた三機が、基地から広がる砲火を掻い潜りながら接近していく。レーダーに捉えられているだけでも敵勢力のハフフィックの数は20を下らない。そのどれもが見慣れた濃緑のカラーリングに汎用武装を装着した、Fタイプのものだ。

『辺境の施設を守る警備兵にしては少々大世帯が過ぎるな』

『暇潰しに模擬戦でもやってたんじゃないですかね! 妙に実戦慣れしてやがりますよ!』

ポジションを切り替えながら牽制射撃を行う無精ひげの男――アルファ2は、敵兵の異様なまとまり方に関心を覚えていた。軍用機に乗っているということは軍事教練を受けた経験があるのだろうが、突然基地が爆撃を受けてなお整然と反撃体勢を整えるのは、それなりに戦場に身を晒していないと出来ないものだ。

『アルファ3、ずいぶん静かだがまさか居眠り運転などしていないだろうな』

『問題ありません、アルファ1。眠ったらハフフィックの維持が出来ません』

『……君の国はジョークに疎かったか? まあいい、そろそろ頃合いだろう。派手にかき回せ』

『了解。アルファ3、攪乱行動に入ります。アルファ4、援護を』

一機がフォーメーションを外れ、右方向へ回り込みながら草地を蹴り、カーゴの備蓄ICから転送したフライトオプションを装備しながら吶喊した。

『相変わらず無茶するね……。弾道予測は届いてる? 当たるんじゃないわよ』

カーゴ上に陣取るアルファ4は対物砲撃を展開した固定砲台に任せると、並列読み込みで描き出した準突撃狙撃銃、ラピッドライフルを構えた。システム補正込みで約3キロの有効射程とバトルライフルに卑近する連射速度を備える、化け物じみた画術兵装だ。ただこのスペックはあっても実際には反動制御のためそこそこの連射に抑える必要があった。それでもセミオート並みの速度で安定狙撃が出来るのは十分な脅威足り得た。

 他方、対空火器を巧みに回避しつつ頭上からAPS弾頭のランチャーをばらまくアルファ3のメインスクリーン上には、敵性の赤と友軍の緑、双方からの照準線が蜘蛛の巣のように飛び交っていた。緑の方はこちらの動きを後追いするので変に軌道を変えなければひとまず無視してよい。赤線は回避の対象でありながら、その先に攻撃目標がいることを考えると目印でもあった。あちらから狙えるということはこちらからも射線が開けている。後は最も狙いやすい、回避されにくいターゲットを瞬時に絞り込むだけだ。逃げ場を読まれた二機がまとめて防壁の裏で爆散した。

『ヒュー、やるねぇお嬢ちゃん』

『晩飯を奢るのは我々のどちらかになりそうだな?』

『アルファ1、後で吠え面をかかれても自分は存じませんよ』

『抜かせ』

軽口を叩き合いながらも着実に敵機を捌いていたアルファ1と2は一時的に追撃を振り切り、クラウドベルトの発生塔があったクレーターの底部に空いた大穴に身を投じた。元々塔の内部から地下へ向かって建造されていた地下施設が、地上部を丸ごと削られて顔を出したのだ。

 円形に掘られた内部はすぐに底面に行き着いた。とは言ってもそれは本当の底ではなく、閉じられた巨大なバルブのようだった。ようだった、というのは、着地の前にグレネードランチャーで破壊してしまったからである。通常弾頭が自動装填されたということは物理防御が疎かになっていたことを意味し、またそのバルブで封じていたものが画術由来のものである可能性を示唆していた。同様のバルブが4個、一定間隔で続く間二機はひたすら自由落下を続け、5枚目が行く手を阻んだ時点で今度はそのまま着地した。縦穴にして400メートル近く落ちてきている。

『前情報によればこの下あたりか』

『ええ。機体が捉えている画力反応と固有アサイン、双方がクリーガー大尉が提供してくださったものと一致します。間違いないでしょう』

『どうします? ぶち破りますか』

火器を肩に担いだアルファ2が片足を踏みつけると、ゴォンと遠く低い金属音が木霊した。

『いや……念のため順当に開閉させる。基地管理システムへはアクセスできるのだろう? クラックを頼む』

『少々お待ちを。……5分ほど時間を稼いでください。当該ブロックはレッドゾーン扱いなのでご了承を』

『3分で済ませてくれ。我々だけ先に穴から天まで昇る羽目になる』

『善処しましょう』

オペレーター側との通信が切れ、上方からのアラートが視界を埋める。数はそう多くない。恐らくアルファ3が穴に向かおうとした敵機を上手く足止めしているのだろう。

『開けた突破口の位置をズラさない方が簡単に狙撃できたんじゃないですかね』

『向こうがシステムを押さえているならバルブ自体を開けてくるから関係無い。こちらがシステムを押さえている間は直下降されないことを考えろ。弾が切れたら最短距離で敵が降ってくる』

『ごもっともで……。ま、一層分でもやることは同じですし、せいぜい籠城としけ込みますか』

一つの上の天井――バルブに開いた傷口から、更に上の天井がのぞく。スコープ越しに敵機の来訪を待つ二機の足元で、システム権限の熾烈な奪い合いが始まっていた。





 ハフフィック戦闘が繰り広げられている草原地帯から数キロ離れると、そこは針葉樹の森林が広がっている。付近の街から伸びている林道から少し外れた作業道は、掘削途中で中止になっただろう、トンネルの名残に続いていた。そこに車体を潜めるようにして、エーリナ・ブランクライト率いる反乱軍一味が移動拠点とする大型トレーラーが居座っていた。

『ブラボー1からブラボー3、配置に着いた。予想される増援ルートは全て異常無し、だ』

『了解、バック各員は現状待機を』

少々手狭な車内の指令室には、女性オペレーター一人とエーリナが一帯のマップを前に戦況把握に努めていた。なお別室ではサポート数名が必死の形相で各所にクラッキングを試みている最中である。

「地上のフロント組が予想以上に善戦しているな。これなら外郭からの増援前に駐屯部隊は殲滅できそうか」

「どうでしょう……。随行しているICプールの残量も相当な勢いで消費されていますし、帰りを考えると飛ばし過ぎているかもしれません」

「フィグネリアか……。あいつの突撃癖にも困ったものだ。腕が立つ分文句を言いにくい」

「その上無欲です。この間過剰なIC使用はそのデータ分給料から差し引きますよとやんわりお伝えしたら即答で、構わない、と」

「我々軍人の感覚がおかしいのか、それは」

さあとオペレーターが首を振る横で、彼女の脳裏には三日前のミーティングの時の光景が回帰していた。






「別の機体の奪取、ですか」

「そうだ。次が当面の予定としては最後の作戦行動になる」

移動輸送車両の一室、ブリーフィングルームには、十数名の男女が壁面に収納されていたイスを広げて各々座っていた。上座に一人立つエーリナは、背にしたスクリーン上に映るとある機体の情報一覧を裏手で叩く。

「[シトメギ]は追わなくていいのですか、ブランクライト大尉」

「我々が追っているのはあくまでDISの実態だ。シトメギは確かに有力なヒント足り得た。しかし、先日奇跡的に拾い上げた[サハルスカ]のデータ解析から、最終的にはコイツを捕まえねばならんことがよく分かった。そうだな、ドクター、ジェイスン」

最前列でどっかりと腰を下ろしてくつろぐ中年の男――ジェイスン・クリーガーと、その横で缶コーヒーを傾ける、ドクターと呼ばれた白衣の女性――リシルネはそれぞれの反応で答えた。

「元より分かっていたことではあったがね。ただ機体の所在……というか存在自体があやふやだったから、今までターゲットの候補にならなかったというわけさ。ただ、エーリナの言った通り、サハルスカに実装されていたDISは明らかにシトメギのそれとは違う。あれはあれで異質なものだが、DISとは本来シトメギが持っているような性質のものだ。『F.D.』最後のナンバリング機がこれまで得てきたデータ上のどれとも合致しないシステムを持っている。これはもう消去法的に残る一機を当たるしかない」

システムが湧いて出てくるわけはないからね、とコーヒー缶を膝の上に置きながら、彼女は喋り疲れたように小さく息をついた。

「ま、そうは言うものの確証がある訳じゃねェ。なんせ開発チームの初期メンバーだった俺らが、実物すら見たことが無いと来てる。正直に言やぁ、アレはデータ上の存在でペーパープランに過ぎねェと思っていたもんだ」

「じゃあ逆にどうやってソイツの実在を確証する」

ジェイスンの語り口に一人の隊員が声を上げた。

「これまた裏方の話になってしまって恐縮だけれどね? この機体から採取された実験データがかなり信憑性のあるものだったんだよ。到底シミュレーションじゃ得られないものばかりだった。だから当時の私達を含む開発チームはその存在には半信半疑だったものの、データ自体は信用せざるを得なかった。なにせハフフィック開発はノーヒントの中での手探りだ、使えそうなものは何でも使いたかったのさ」

「我々に与えられた手掛かりは二つ。目標はDISの原型となるものを搭載していること。そして機体の固有アサイン及びその特性画力パターンだ。しかし、前者はシステムが起きていなければ特定できず、後者は目標にある程度近づかないと探知できない」

エーリナが淡々と与えられた状況を述べると、

「つまり、手詰まりだ」

リシルネはそう言って両手を広げて見せた。部屋のあちらこちらから苦笑が漏れる。結論を遠回しにする口調はいつもの彼女の癖だった。

「そこで私は考えた。そもそもDISとは何だ? 主観を分断し、異なる系統の画術の並列使用を実現する装置――。それは確かにDISで、サハルスカに実装されていたものは正にそれだ。だがそれは我々の試行錯誤の結果生み出された欠陥品であり、だからこそ今こうして戦う理由となっている。決して取り返しのつかない失敗としてね」

「……要はな、この機体に載っているのは俺達が開発の時に参照したDISのプロトタイプだ。そいつは現行のシステムとは若干仕様が違げェのさ。いや、そもそも用途すら違っていた。当時の俺達は勝手にそれをDISの文脈で利用していただけの話だ」

こいつの親父から調査報告を受け取るまではな、とジェイスンはエーリナに片目をよこした。

「UCICの母体となった7大企業群が合同で推し進めた次世代戦闘用画術開発プロジェクト。そしてそこから生まれた6機の先行試作機。父ヘルリムの遺した内部調査書の裏付けはほど取れた。このプロジェクトには黒幕がいる。企業群を上手く誘導し、ハフフィック開発にかこつけて別の実験を行っていた、黒幕が。そしてその連中こそが、プロジェクトの端緒になったF.D.の一号機――ナイテの建造を行っていた」

平静に、しかし決定的な重みを持って告げられた言葉に、室内にどよめきが走った。

「じゃ、じゃあ、そもそもハフフィック開発自体が隠れ蓑だったってのか!?」

「そうではないだろう。ハフフィックを創り上げるということは確かに自覚的な目標だった。ただその計画にこっそり相乗りしていた別の計画があったということだ」

「端的に言って、そいつらの目的は何なんだ。ハフフィック開発でないとしたら、別の兵器でも作ろうとしていたのか」

「目的は分からない。ただ、何を作ろうとしていたのかについては大よそ検討が付いている」

エーリナの指がスクリーンをなぞる動作をすると、追従するように画面が切り替わった。そこには幾つかの図と、概説がついた研究紹介のようなものが映っていた。

「FPプロジェクト……、『フラクタル・ポートレート』?」

「初耳だな。これは国際画術協会のドメインだろう、連中こんな訳の分からんものに予算をつぎ込んでいたのか」

口々に上がる感想を余所に、彼女は説明を続けた。

「これは今からおよそ7年前にIPRIが立ち上げた研究プロジェクトの内部資料だ。有能なサポート諸君が入手してくれた。簡潔に言えば、これは世間で“AI”と蔑称されているものを創り出す計画だ」

<Artificial Imagination>。その略称がエーリナの口から発された途端、部屋の後方から男声が上がった。

「有り得ないな、人工創造力は画術的に否定されたはずだろ。7年前ってことは2047年ですよ。その時点で既に反証はついていた」

「だが実際にこのプロジェクトは始動した。結果がどうなったのかまでは調べがついていないが、それでも国連本部から予算のGOサインが出るだけの可能性を事前に示したはず」

「おい、まさか」

割り込むようにして地声のわりに低い笑い声を漏らしながら、リシルネが立ち上がって仮想ディスプレイを一つ、空中に呼び出した。

「ではここで一つ、おさらいといこう。皆の耳が腐るほど繰り返してきたDISの仕組みだ。まずここに一つの水が入った水槽がある。これは人間の脳だ」

ディスプレイには彼女の言葉が次々と図示されていく。

「ここに一滴の赤いインクをたらす。これは画術だ」

平面に描かれた水槽の水が徐々に染まり、やがて全体が赤い色水となった。

「今のが仮に写実法式画術だとして、もう二つほど並行描出を行ったとしよう」

赤いインクが二滴加えられ、水槽は少し色味を強めた。

「例えばハフフィックは数万の並行描出からなるが、ここにあといくらインクを加えたところで『赤』であることに変わりはない。いいかな? ではここで青のインクを加えてみよう。これは抽象法式画術だ」

落とされた一滴はじわじわと周囲の色合いを淀ませ、紫に近い色の水域を広げていく。

「ご覧の通り色が混ざってしまった。これでは術は干渉しあって成立しない。そこでDISの登場だ」

ぱちんと指を鳴らすと水槽が元の状態に戻り、変わりに中央に黒い板が置かれた。

「この仕切り板こそがDISの役割だ。先ほど同様、左側に赤のインクを、右側に青のインクを落とす」

水槽の中では仕切り板の左と右で赤と青の色水が広がった。

「当然、二つの色は混ざることはなく、独立して存在できる。これが異種画術の並列使用のロジックだ。ではここで初めての質問をしてみよう。……このキャンディは何色に見える?」

赤だろ、と数人が即答した。事実、彼女が白衣のポケットから取り出したそれは寸分の疑いも無く真っ赤な包み紙に覆われていた。

「いいや。これは青いキャンディだ。しかし私はこれが赤いキャンディであることを知っている」

ふふふ、と彼女は楽しそうな笑みを浮かべて二の句を継いだ。

「DISは主観を分断する。これは多重人格とは違って、一つの認識が同時に二つ以上の意味を持つ。元の認知をAと置くなら、DISを使って脳を二分割した瞬間にA’とA’2という二つの認識が生じ、意識主体はその二つを眺めるメタ階層に配置される。私が今DISを使っているなら、このキャンディを赤と判断する主観と青と判断する主観が並列している。そして『私』自身はその二つの事実を受け取っている」

もう一度指を弾く快音が鳴ってディスプレイが消えると、室内の光度が下がって薄暗さが戻った。

「ここからは私の推測だと思って聞いてほしい。プロトタイプDISには、恐らくAすなわち真の主観をメタ層に配置する技術が無かった。すると使用者は表面上画術を使ったり色々なタスクをこなしているように見えるが、意識は途切れていることになる。観測主体がいないから、分断された主観があたかも真の主観のように機能する。イメージしにくいとは思うが、これは当人の意識ではなく、あくまで創られた仮の意識だ。当人のように受け答えをし、当人のように振る舞うが、当人ではない誰かが、二つ」

「ハフフィックの初期コンセプトの一つは術者を戦場から遠ざけることだった。描き出した構築体を遠隔地から安定して操縦できるようにな」

ジェイスンが忌々しげに言葉を絞り出した。まるで過去の記憶に足を引きずられるように。

「機体を描出・維持する写実法。機体に自由な挙動を与える抽象法。A’をこちらに、A’2をあちらに。二つは一つの存在でありながら独立した思考を持って画術を扱う。

――ではもし一方の行先がハフフィックではなく、クローン人間の脳に埋め込まれたインプラントISDだったら?」


 部屋に沈黙が幕を下ろした。その誰もが、言葉を逸していた。告げられた予想の意味に、あってはならない事実が含まれていることを知ってしまったからだ。

「おい、ドクター……確かにそれはAIを創り出せるかもしれないが……、使用者はどうなる」

仕切り板ごと水槽を割って二つにしたら、果たして元の人格はどこへ行ってしまうのだろうか?

「死ぬ」

それはあまりに端的な解答だったが、最も的確な真実だった。

「システムを切っても意識主体は帰ってこない。実質的な死だ」

思い出したように画面が切り替わり、無機質なフレームを晒す一機のシルエットが亡霊の如く浮かび上がった。

「こいつは――、ナイテはハフフィックなんかじゃない。魂をすり潰して二つの模造品に変える、ただのコンバーターだ。そしてIPRIはこの技術を使って何かをやっていた。到底許容できるものではない何かをね」

「俺達は別に正義のスーパーマンを気取っちゃいねェ。IPRIが裏でコソコソ悪事を働いていようがいまいが。でもな、DISを作った技術屋としちゃあ指をくわえて見てるだけ、って訳にもいかねェのさ。例えこれがヘルリムの弔い合戦じゃなかったとしてもな」

「そりゃよく分かってるぜ、ジェイスンの親父。大体ここにいるのは末端でもプロジェクトに関わってたか、北米協商に一泡吹かせたい連中ばっかりだ。戦う理由なんて各自で持ってりゃ十分、後は旗を持ってくれる大尉殿に付いていくだけだ」

ジェイスンの愚痴に鷹揚と答えた男の言葉に、幾つもの賛同の声が上がる。離反した際に同行したメンバーは勿論、PMCから合流した知己も含め、彼らは各々に目的を持っていた。その道が重なった道中を共にしているだけの関係ではあったが、共闘する根拠としては十分だったのだ。

「……とりあえず、話を戻そう。ナイテの積むDISが今話した通りの仕様だった場合、一つヒントが増える。つまり、一度起動したらそのまま維持し続けなければならないということ」

「術を終了したらまた新しい被験者がいるってことか。とことん胸糞悪い話だ」

「そして維持のためには常にどこかから画力を供給してやらないといけない。いくらAIとは言え、生体エネルギーである画力までは自己生成できないからね。そこで画力が安定供給できる場所といったらどこだい? 最近クレイジーなおぼっちゃんが捕まっていたけれど」

「――クラウドベルトの構築タワーか!」

「そう、あれなら周囲数キロに渡ってごく自然に画力をかき集められる。となるとベルト維持施設が怪しいが、それだけじゃ世界に何十万本とあるタワーを総当たりすることになる。ただそこでサポート陣が面白い情報を掴んだ。北米協商系の画性通話回線のうち、かなり秘匿性の高いものの中から『タワーへの定期補給』というワードを拾い上げたんだ」

スクリーンの画面がスライドし、世界地図と覆い尽くすように打たれた無数の光点が示される。

「維持施設には確かに常駐員がいるが、政府が直接補給物資を届けるほどじゃない。近隣の街に買い出しにいけばいいだけのことだ。そこで定期的に物資の搬入が行われている施設を絞り込んだ」

エーリナのノックで光点の数が一気に減り、僅か十数を数えるだけになる。が、それもぽつぽつと順を追って消えていく。

「大都市圏の中枢地域にある大規模なものはもちろん例外だ。これらも消えるとなると、残るのは見事に一つだけ」

「……アイスランド北部か。また妙なところにあるな」

「このタワーから発信されるベルトの画力反応を洗ったら、ごく僅かだがハフフィック特有のものが常時混じっていた。にもかかわらず、遡れるだけ漁った施設周辺の衛星画像には機影が一切見当たらない」

「限りなく黒に近い灰色ってとこ? お邪魔する理由としては十分ね」

「とは言え、間違いましたでは済まされないぞ。確たる証拠を掴むべきだろう」

「その通りだな。そこで、だ。この中に運送業の経験者はいるか?」

数人の手が上がると、スクリーンの前で彼女はにやりと笑みを浮かべた。

「では、その杵柄を振るってもらおうか」



―――――・―――――



「フィグネリアはよほど宅配のバイトが好きだったと」

「本人に聞きましたが、した経験は無いそうですよ」

 冗談を素で返され、そうかと適当に流しながらエーリナはミーティング後に自身の元を訪れた時の彼女の台詞を、口の中で繰り返した。

(『会ってみたい』、か)

言葉の裏というものを感じさせないその言は、むしろ理解を困難にした。一体何が彼女の好奇心を動かしたのか、まるで想像がつかなかったからだ。その不可解な動機でフロントに加わりたいとする主張を受け入れる羽目になったのは、偶然別件で自室を訪れたジェイスンが原因だった。事情を聞いた彼は、開口一番に「行かせてやれ」と言ったのだ。根拠も無く何をと思ったが、時折彼の見せる苦渋に満ちた横顔が己の判断をぐらつかせた。あの顔をするのは、大抵過去に彼が犯した過ちがよぎっている時だ。そうなってしまうと、最早自分は口出しを出来る立場になかった。数分後には結局フロント組にフィグネリアを加える決定を下していた。ただ彼女の実力は部隊内でも折り紙付きだったし、実戦経験は乏しいものの即応力は十分にあると分かった上での話だ。

「気になりますか」

「……何事も無いことを祈るよ。非難するつもりは無いが、先行試作機が絡むと大抵ロクなことにならない」

「毎回絡みに行っている人が言う台詞では――。大尉、アルファ1とアルファ2が機密ブロックへの侵入へ成功したようです。……ノイズが酷いですね」

「回線をこちらに」

オペレーターがウィスパーのチャンネルを移譲すると、トンネルの中で遠くからスピーカーを流しているような雑音交じりの声が耳元で響いた。

『こちらアルファ1、目標を発見した』

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