11.
伝えるというのは難しいことだ。人類はその進化の過程で意思伝達の手段を様々に発展させ、多様化させてきた。言語を操り、文字を生み出し、人は他人とコミュニケーションを図る。意志を、思考の様相を、可能な限り自分の望む形に近づけるべく、努力を重ねてきた。画術というのも実はその一貫なのかもしれない。イメージしたものを描き出すという作業は、己の頭の中にあるおもちゃ箱をひっくり返すようなものだ。閉じた箱の中にあるものを口で説明するより、直接見せた方が早い。
より直接的な自己表現は、何をもたらしただろう。齟齬の無い意思疎通が可能になれば、いさかいの種も減っただろうか。画術の無い世界があったとしたら、そこに比べれば人々は幸福なのかもしれない。言い換えれば、画術で人は幸せになれない。想像の世界に対して、現実はあまりに狭かった。
人々は手にバケツ一杯のペンキを持ち、広いキャンバスの上で好きに空想を現実にする。では、その空白が全て塗り潰されてしまったら? 他人が描いたものを塗り潰すしかない。
(救えないよなぁ、本当に)
一騎打ちという名の同士討ちが幕を開けてから数分が経った。そのたった数分の時間をこれほど長く感じられたことは無いと、真秋は手にした大剣にいつも以上の重みを感じた。無感情に真秋と戦闘を続けるオラージュ・ダスィールは、経験上一番良い動きをしていた。だからこそ予想外に手間取っていて、それがまた彼をいらつかせた。
(完璧だよ、今のお前は。どうしていつもそうできない)
その感情が自分の能力不足への裏返しであることを、認めたくは無かった。それを認めてしまったら、自分の中の芯柱が揺らいでしまう気がした。
大剣を盾に銃弾を防ぎながら、付かず離れずの距離を保つ。リロードを行う最後のサブアーム目がけて砲撃形態のケルベルスが吠え、食い千切った。
誰の所為かも分からない、何のためかも分からない戦いに巻き込まれ、ここでこうして後輩と切り結ぶ。しかたないじゃないか。自分は一介の学生なのだ。ほんの少しだけハフフィックに触れた経験が長いというだけの。ここで後輩を止めること以外に、果たして何がしてやれるというのか。そう思うことで平常心を保つ心が果たして正しいのかどうか、彼は思考を止めていた。
(そうだ、シンプルでいい。俺は、あいつを倒すことだけを考えればいい)
『ケルベルス、第弐機構へ移行』
APSで延長された刀身を振りかざし、アエス・フォレスの黒が彗星の尾となる。弾薬の枯渇が始まり、薄くなった弾幕を剣で逸らしながら、それでもなお戦闘の意志を止めない来夏を補足する。一気に加速し、すれ違いざまに大剣を薙ぐ。左脚が捕まり、根本から切断されて誘爆する。バランスを崩した機体は、驚異的な執念で射撃を続けながらも墜落し、枯れた土の地面を抉りながらスリップして止まる。仰向けになった状態で左腕を突き上げ、上空から急降下した真秋に向けてアサルトライフルの狙いを定める。そのトリガーが引かれる前に、大剣の一撃が着地と同時に腕を斬り飛ばした。
『終わりだ。あとで存分に説教垂れてやるから覚悟しろ』
両手で構え、突き立てられた剣が心臓部を貫通して地面に到達した。金属を餌食にした割にはその手応えは軽かった。右腕がわななきながら持ち上がったが、すぐに力尽きて完全に動きが止まる。このまま固定しておけばひとまずのところは大丈夫だろう。再び動き出す気配も無い。
そう判断した真秋は広場に隣接するマンションの屋上に跳躍して、画力の流れを気持ちばかり確保する。そして別れた部員の動向を確かめるべく、部の共有回線を開いた。
『九石、此田、聞こえたら応答しろ。こっちは一応何とかなったぞ』
相変わらず雑音が酷い。これだけの通信状況で返答など端から期待しておらず、半分は自分への報告のようなものだ。すぐにでも除装し、大の字になって眠りにつきたい気分だった。
だからだろうか、その激痛は限界を超えて疲労した精神の錯覚のように感じられた。コクピットシートから巨大な鉄の塊がせり出し、自分の肩から下を押し潰している。肉塊と化した身体でも、それが今までアエス・フォレスが握っていた大剣だと識別するのに大した時間はかからなかった。
(違う)
藤樹は無意識に後ずさった。
推力の限りを尽くして帰還した自然公園は、乱雑な暴力によってもはや原型をとどめないほどに破壊されていた。二機の反応がある広場に到着する時まで、枯れ始めた声でひたすら真秋にコンタクトを求め続けた。しかし回線は繋がらず、結局藤樹がその場に居合わせるまで何も伝えられなかった。だから、戦闘が奏でる耳慣れた轟音が聞こえたときは場違いな快哉を叫びたくなった。間に合ったのだ。あとは真秋に得た事実を知らせ、戦闘を中断してもらうだけだった。
開けた視界に飛び込んできたのは、まさしく絵画の一場面だった。生贄となるべく地に伏した一体の鉄の身体を、もう一体が捧げ持った巨大な剣が貫いた。
それは一瞬であり、永遠の出来事だった。道中も苦しみに耐えるように悶絶し目を見開いていた来夏が、不意に静かになった。合間に聞こえた吐息すら消え、シートに座る自分の膝の上に倒れ込んだ。
機械仕掛けの身体が、無様によろよろと物言わぬ鉄塊に歩み寄る。剣はその身体を罰するが如くそびえ立っていた。
こんなのはおかしい。
どこかで声がした。
なぜこうなる? 僕が悪かったのか? それとも――。
あやふやな時間が過ぎて気がつくと建物の屋上に立っていた。霧がかかった記憶がそこに至った過程を隠し、直前の行動が思い出せない。
ただ、大剣を引き抜き、背を向けていた真秋の背後に忍び寄ってソレを突き刺したのは、どうやらこの、此田藤樹であるようだった。
「あ、ああ」
(違う。僕は、そんなつもりじゃ、)
「ぁあああああああ」
――僕は、何をしている?
「あああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
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