3.
「はー。疲れた」
「お疲れ様。はい」
手渡されたカップ麺を藤樹から受け取りながら、来夏はベンチに座り込んで脱力する。
「珍しく熱が入ってたじゃないか」
「団体戦だとなぜかそうなっちゃうのよね。個人だと割と冷静でいられるんだけど」
「わりと昔からそんなんだよ、来夏は」
「そう?」
「そうそう。一人でいる時は澄ましてるのに、燿と三人で集まるとやたら積極的になる」
「……言われてみればそんな気もするわね。ま、今回は櫻が面白いもの持ち込んだせいもあるから、ちょっとテンション高かったかもね」
「あれ、ほんと規格外だよなぁ。シリコンバレーの変態企業が考えることは常人には理解できそうにない」
「IC兵器を製造するICとか、何それって感じよね。橋頭保構築のための後方支援機って触れ込みらしいけど、あんなのがゴロゴロ量産されるようになったら競技自体が様変わりしそう」
「それはそうと、部長も考えたね。二重登録って」
「ブラフにしては苦肉の策過ぎるわよ……。ぶっちゃけ三人で前線支えるのは無理があるから。次は止めて欲しいものね」
藤樹を初め、登録の内容は部員にも知らされていなかった。真秋が即興で思いついたのだろう。あれではあたかもムリアスとコールドロンは二機分の容量を持っており、二人分の枠を使わないと出撃出来ないと言うかのようだ。もちろん、実際にはそんなことはない。ムリアス自体がコールドロンという外装以外にほぼICを積んでいないため、容量的には問題はないのだ。この虚構の制限を次の準決勝戦の相手が加味して対策を立ててくれれば成功だ。5人で出撃して裏をかけばいい。それが真秋の作戦だった。
「来夏って部長に手厳しいよね」
「そんなことないんじゃない。普通でしょ」
「逆に言うとあんまり褒めないよね」
「……何が言いたいのよ?」
「いや、別に。小学校ぐらいから変わらないなと」
「?」
面と向かって二人きりで話すのは久しぶりだった。中学校以来のような気もする。その少ない回数の度にお互い変わらないなと確認し合っている。それが歯がゆく感じられるようになったのはいつ頃からだろうか。
「……藤樹。あんたさ、才能ってその人の価値をどれぐらい決めると思う?」
「なんだよ、いきなり」
湯気の立ち上る入れ物を両手で抱え、彼女はぼんやりとどこかを眺めた。
「なんか空回りしてる気がして」
「……、」
下段の方の席では、櫻やいざなが他の部員に囲まれてわいわいと得体の知れないお菓子をつついていた。
「あたしなりに頑張ってるつもりなんだけどな」
「それでいいんじゃないの」
「テキトー……」
「慎重すぎるんだよ。エラーを恐れてトライしないと、いつまでたってもそのまま。今までは来夏の力でこなせる範囲だったけど、今は違うんだからさ。たぶんね」
「いつの間にかあんたとおんなじような考え方してたのね」
「そうじゃなければ、小学校の学習塾で会った程度の知り合いがここまで長続きしない」
「それもそうね。燿は?」
「飲み物買いに行った」
「あー、じゃああたしもちょっと外す。今ヤボ用ができた」
「試合前にミーティングやるだろうから早めに」
「分かってるー」
残されたカップ麺は口を付けられず、ただほのかにジャンキーな香りを振りまいていた。
「……僕も、何やってんだか」
準決勝が始まるころには会場のボルテージも高まりつつあり、大勢の観客が押し寄せていた。先ヶ橋の試合の裏では、シードとして遅れて参戦してきた国立画術高専の試合が行われることもあり、全体の熱気が一層仮想の空間に立ち込めていた。
準決勝。真秋は顔触れの変更を行っていた。準々決勝と同様のメンツで行く予定であったのだが、勝ち上がってきた相手の廻乃高校の戦術に噛み合うコンバットパターンを見い出した。これによって櫻のムリアスを出撃させる必要が無くなった。代わりに出たのはサポートの藤樹が駆るアーベライト、そしてアシストの亜矢だ。フロントのいざなと真秋、バックの来夏と合わせて本来の主力メンバーに近い。
フィールドジェネレーターがICを読み込み、ステージが決定される。真秋は初期配置エリア内で上空へと上がり、周辺の地形を確認する。遮蔽物のほとんどない、なだらかな起伏だけが続く一面の砂砂漠が広がっていた。
『こりゃあ機動戦になるな。此田、敵機の位置情報を密にな。意外と後ろが取られやすいもんだ、各機気を付けろ』
彼の指摘に、はいはいと生返事を送るいざな以外はそれぞれ武装の切り替えを行っていた。
『来夏、混戦になるまで私がアサルトアーツで運ぶ。可能な限り高機動オプションは温存して。後半の決め手になる』
『分かった。タイミングは亜矢に任せる、頼むわよ』
『あ……っとそうだ、ちょっとこれ走らせてもらっていい?』
『ん、自己診断プログラム? これ亜矢のお手製?』
『うん。さっきの試合でちょっと駆動系の反応が遅かったように見えたから。キツめに組んでみたの』
『ありがと……。一応自前のでは特に問題無かったけど』
転送されてきたプログラムをOSに読み込ませ、チェックを開始する。試合開始を告げるブザーまで1分。何もこんな時に渡さなくても、と思ったが、休憩時間ぎりぎりまで席を外していたのは自分だった。イリルからコンプレッサーの調整について話したいと通話があったのだ。もしかしたら渡そうとしていてくれたのかもしれない。悪いことをしたかな、と思うそばで、スキャニングが終了していた。
『あれ、ほんとだ。ICプールに過剰負荷が掛かってる。おかしいわね、こんなの初めて見た』
『ストレージのチェックできる? 新しいものから順に洗い出してみて』
『やってる。……えっと、んん? なにこれ。なんか、ヘンなサポートプログラムみたいなのが入ってる』
『来夏? ごめん、ノイズが混じってて聞こえにくい』
『良く分かんないけど、入れた覚えのないプログラムがあってそれがシステムに負荷を掛けてるみたい。削除しちゃえばいいわよね』
『ちょっ――らいか――? 待っ――――えない、』
『うわ、ほんとノイズひど……。藤樹のヤツ、ジャミング変なところに撒いたんじゃ――』
機体のコンソール画面を唐突にエラーメッセージが埋め尽くす。けたたましい警告音が鳴り響き、情報処理された視界がノイズで精彩さを欠いていく。
(なんで、プログラムが消去されてない!?)
彼女の頭にウィルスという単語がふっと湧き上がる。そんなはずはない、潜伏型であってもフィールドを形成するISDが内部にいるハフフィックのセキュリティ管理は完全に行っている。あれを逃れられるはずがない。
――ISDのセキュリティチェック?
「まさか――」
間に合うか。必死にエラーログを辿り、目的のデータを探し出そうとウィンドウを手繰り寄せる。
その時。コンセントを引き抜くようにぶつりと思考が中断され、ブラックアウトが襲った。
「あ、やば……、さなあき、せんぱ……」
途切れゆく最後の意識で、機体のシステムログを真秋に送信すべく伸ばした指先が、力なく下ろされた。
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