2.
楢林の五機は、ベース機の規格が共通であるため、それぞれの用いるパーツに互換性があった。ポジションはセオリー通り2:1:1:1であるものの、各員が状況に応じて別のポジションを担える有機的な機体構成をしている。それぞれのメンバーがどのコンバットパターンにも一定以上習熟していなければ成立しない、高度な戦闘スタイルだった。
先行するサポートの一機が自立小型偵察機からの索敵情報を受け取りながら、その岩塊の間に機影を捉えていた。得体の知れない新顔の機体が、単騎で中空にとどまっている。
その報せを受けた新間は一時、思考に時間を割いた。
(罠か、それとも……)
『他の3機の反応は見当たりません。「ムリアス」も静止しているのみで、武装ICの反応は検出されません。リーダー、どうしますか』
『周辺の索敵を続けろ。バック、あの的を狙撃だ』
指示は5秒と間をおかず実行された。画性金属装甲を撃ち貫くAPSスナイパーライフルの青い閃光が放たれ、そして着弾間際で反対方向から同じ光を放つ光条に弾かれる。
『距離700、オラージュ・ダスィールを視認! 既に砲撃体勢に入っている模様!』
『無視していい。狙いは分かった。あのムリアスとやらを最優先で潰す。フロント、集中砲撃だ。伏兵が出てくる、気を付けろよ』
果たしてその読みは当たっていた。接近するフロント一機の横合いから、牽制射撃をしながら突撃してくるもう一機。
『さーて、おねーさんが相手ですよー』
オープン回線から聞こえてくるやけに緊張感の無い通信とは裏腹に、素早い切り返しでフロント2機の動きを妨害している。そこへ、新間は的確な追撃を入れる。グレネードランチャーを連続して打ち込み、広がる爆風で距離を開けさせる。その時間で自機が空色の騎士、アルアレスタを足止めにかかった。
『行け!』
突破したフロント二機が距離を詰める。しかし、彼らとムリアスの間には、悠然と立ちふさがる黒い機体があった。ゆらりと構える身の丈ほどの両手剣が、虚構の日差しを浴びてその刀身を煌めかせる。
フロントの二人は真秋の実力を良く知っていた。真正面から切り結ぶのは愚かな選択であると即断し、バックからの砲撃を利用した。ムリアスとの射線上にアエス・フォレスを誘導し、三対一の状況に持ち込む。
その機を見逃さず、潜伏状態を維持したまま接近したサポート機がオラージュ・ダスィールの銃撃を巧みに回避しながらムリアスに迫る。相変わらず浮遊するだけの機体の胸部に、ライフルの徹甲弾数発が突き刺さった。
『櫻ぁ!』
真秋の呼び声にチームの共通回線で答えたのは、無機質な女性のシステムボイスだった。
「移行プロセス完了、機体コントロールを『ムリアス』に移譲。支援用追加外装「コールドロン」展開を開始」
空中で揺れる、というのもおかしな話ではあったが、不意にムリアス周囲の空間が激しく鳴動した。衝撃波や空圧の類ではなく、空間そのものが揺れたのである。止めとなるはずだった銃弾は、そのうねりに飲まれて明後日の方向へとベクトルを曲げる。
いち早くその異常を感知したサポート機が、急静止を掛けてもモニタリングを行う。そしてそこに示された結果に、後退を余儀なくされた。
『ムリアス周辺に高濃度の画力反応!』
『自爆でもするつもりか? 手の空いてる全員で集中砲火、相補色反応を起こして吹き飛ばす!』
バックからはライフルの連射に加えてミサイルが、フロントからは二機が交互にアエス・フォレスの動きを止めつつロケットランチャーを、サポートからは短射程APSライフルが撃ち込まれ、
『終りだ!』
アルアレスタを回し蹴りで突き放した新間が、両肩部の大型APSランチャーで砲撃した。
その動きを察知したオラージュ・ダスィールは、ムリアス後方からの相殺射撃を中断、高度を上げながら庇うように空中に立つ。
『部長、いざなさん、どいて‼』
順次全身のハンガーラッチが開放される。大型の背部アームと碗部・腰部のサブアームが一斉に重火器を構え、装甲が口を開けて脚部や胸部、背部ユニットに仕込まれた大量の内蔵兵器群が顔をのぞかせた。
『舐めんなぁあああああああああああああ‼』
瞬間、無数の火線が鈍色の機体から放出された。APS弾頭弾、画性強化実弾、レーザー。それらが様々な形態の銃砲撃となって堰を切ったようにぶちまけられる。殺到した敵機の砲火を相殺してなおその威力はとどまらず、付近にいた楢林のサポート機がその弾雨に飲まれて爆散する。
その猛烈な火力のぶつかり合いの背後で、再び何かが蠢いた。一つの球体を上下左右に八等分したような銀色のパーツ群が空間を割ってぬるりと現れる。ちょうどムリアスを球の中心とし、取り囲むようにそれらが配置される。内側からアームが伸び、機体をドッキングポートへとエスコートする。両手足、背部から伸びる四本のサブアームがそれぞれパーツに吸い込まれていった。
「『コールドロン』、一番から八番まで接続を確認。アドバンスドジェネレーター、各機ムリアスとの同調開始。オペレーティングサポートのローディングを完了」
最後に本体であるムリアスが繭のような装甲に覆われ、露出した頭部の四点カメラアイに紫紺が灯される。
「自己診断プログラム、ラン――クリア。全システムオールグリーン。コンバットモード、フルアクティブ」
『お待たせしましたぁ! 支援開始しますっ!』
その威容は、戦場に居合わせた楢林のフィクターだけでなく、会場で試合を見守る観客にも衝撃を与えた。
『なんだ、あのサイズは……。追加外装であの大きさだと?』
ハフフィック本体に搭載しきれないICを、オプションパーツとして外装毎脱着するという発想は珍しいものではない。ただ、これはあまりにもサイズが違い過ぎた。分割された球の一つがハフフィック2機分ほどの高さを持ち、完成した全高は優に縦横5機分近い。間違いなくその場に居合わせた誰もが見たことのない巨大さだった。
『オラージュ・ダスィールを一番ハンガーへ誘導。アーセナルミサイル、五番から十番をアエス・フォレスに、十五番から二十番をアルアレスタに追従。同時に“グラトニーフライズ”を全機射出』
左上手前のオプションユニットのハッチが開閉し、疑似的なカタパルトと共に誘導レーンが伸びる。弾薬を撃ち尽くしたオラージュ・ダスィールが格納されると、再びハッチが閉じる。
左奥と右奥のユニットでは、外側の曲面の装甲がスライドし、現れた大量のミサイル射出口から一気に十発が発進する。うち五発が前線を支えるアルアレスタの周囲に向かい、相対速度を合わせるとその弾頭部が蕾状に開く。内部から現れた重火器をサブアームが保持すると、ミサイルが肩部と背部のジョイントに結合され、補助ブースターへと役変わりする。
残りの五発もアエス・フォレスの移動に合わせて接近し、収容していた火器を受け渡す。ハンガーに配置されたそれらを制御しつつ、真秋は最後の一発から譲渡された、二本目の両手剣を構える。
『さて――速攻で決めるぞ。此田たちがインスタントラーメン作って待ってるからな、麺が伸びる前に戻る』
『『『了解‼』』』
防戦一方だった各機は、各々を補足していた敵機へと飛翔する。「補給」された火器を存分に振るいながら、一気呵成に攻め立てた。
『フォーメーションを組み直す、2:2だ。フロントは後退しつつ回避に集中、バックが攻撃体勢を維持できる範囲でサポート!』
新間は突撃してくる二機に向かって背を向けつつ、砲塔を反転させた大型キャノンで背面射撃を行った。その照射エネルギー体がアルアレスタの前面で弾かれた。否、
『無力化されている……!? APSSでもない、何だ!?』
センサーの反応は敵ハフフィックの周囲に三機の小型自立兵器を捉えていた。その三機が一組となり、三角形のバリア状のフィールドを形成して砲撃を吸収しているのだ。
『アエス・フォレス、アルアレスタ付近からムリアスに向かう画力反応! っ、加えてカタパルトからオラージュ・ダスィールの発進を確認……武装が、変わっている』
再度戦場に戻った来夏の機体は、外装を大きく変えていた。背部にブースターユニットを装備し、シールドを構えた近距離銃撃戦仕様へ。更にアーセナルミサイルが6基マウントされている。
『オペレーティングシステム変更、高機動オプションに調整。――一気に叩く!』
「“フライズ”からの画力供給、規定値を満たしました。武装オプションの再生成を開始。アーセナルミサイル、発射準備完了まで6秒」
『いざなさん、追加回します!』
『いざな、背中は任せる。俺は新間を潰しにいく!』
『はいなー、お気をつけてー』
楢林のバックアタッカーは焦っていた。何せ、攻撃が全く通じないのだ。弾種を変えても、火力を増しても、あのバリアが全て吸収してしまう。それは本体たるムリアスにも同様だった。オプションユニット全体を覆うように球状のバリアフィールドが張られており、銃弾はおろか近接兵器すら弾く。
『クソッタレがぁあああああ!』
しびれを切らせて乱射した砲火の合間を縫って、飛来した黒い斬撃が彼の胴部を両断した。
『覚悟はいいか、新間』
『良くないね』
新間の機体の右手から、網状の光線が拡散する。それをアエス・フォレスが右の大剣で薙ぐと、切り取られた残滓が大剣にへばりついた。
『面倒くせぇ……!』
意図に気づいた真秋が大剣を投げ捨てると、落ちていく途中で網が爆発を起こす。残ったもう一本を構え直し、システムへ命じる。
『「ケルベルス」第弐機構開放』
幅広の刀身が左右に割れ、柄の部分に隠されたエネルギー射出口から青い粒子が零れ落ちる。
『小細工でもなんでも使え。まとめてぶった切る』
振りかぶった大剣が、大上段から斬り下ろされる。届かない彼我の距離を、APSによって形成された長大な青の光の束が強引に詰めた。新間はそれを反射的にAPSSとシールドで受け止めるが、徐々に押し込まれていく。
『おいおい、見掛け倒しか? この程度の出力で』
『言ってろ。もう限界だろ』
二人の背後では、楢林のフロントアタッカーが来夏の怒涛の砲撃に飲まれて墜落していくところだった。
『その慢心が命取りだ』
サブアームが大腿部のスリットからショットライフルを取り出し、至近距離からアエス・フォレスに引き金を絞った。
『……?』
必中の一撃は、しかし発射されない。その異常の原因はすぐに分かった。アームが根元から切断されたのだ。そして機体の胸部装甲から、鋼鉄の切っ先がせり出してきていた。
『油断大敵ー』
背後から忍び寄ったアルアレスタが飛びのく。ジェネレーターが停止しAPSSの切れた機体をアエス・フォレスの一閃が切り裂いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます