第4話  Somewhere Over The Rainbow





普通のどこにでもいるごくごく一般的な高校生の俺が何度も時間遡航などというアッカンベーオヤジが記した一般相対性理論なんていうみるからに難解な物理学の法則(机上の理論)では可能らしき体験を何度もするなんて確率は小数点十ケタ以下、限りなくゼロに近いと思うんだが、どうだ?


 しかしだ、ハルヒの周りではそれは当たり前のように俺を過去へ運んだりする。

もちろんこうやってちゃんと元の時間に戻ってるわけだが、宇宙人や未来人や超能力者と、そして大元締めの神のごとき異能をつかさどる涼宮ハルヒという超変人と日々おんなじ空気を吸ってるような仲だと当たり前のことが、当たり前でなくなってくるのだ。

そう、当たり前でないことが当たり前になる世界!? なんだそりゃ、あはは。


 体長十メートルほどもあるカマドウマに襲われたり、学級委員で見るからにお嬢様然とした同級生に命を狙われたり、同じ夏休みを15,000回以上、日数にして638年と110日エンドレスなループに嵌ってみたり、挙句の果てにハルヒが消えてしまうという難事に遭遇しては、直接、間接原因は涼宮ハルヒその人であるというまごうかたなき現実と対峙するのである。



 この究極の中二病にどっぷり浸かったような、見た目はかわいい風の女子が同級生それも俺の席の後ろってのがこれまた不幸の始まり?

 始まりなのか? 実は俺自身もこの非日常の嵐を楽しんでるんじゃないのか?

と、思ってしまってるという疑問符に時々苛まれたりするから事がややっこしいのである。


 物心ついた頃、赤服爺さんはいないと知ってしまった時の大いなる落胆や、戦隊ヒーローも、ヒロインの窮地を必ず救ってくれる正義の味方も、世界制服を企む悪の組織もTVやマンガや小説の中だけの絵空事で現実なんてものはちっとも面白いもんじゃないと知ってしまった時の味気なさったらもうもう夕暮れの渚みたいな絶望感がひしひしと押し寄せ、これが大人になってゆく階段の一歩なのだと認識せざる終えない状況に陥る自分がことの他、嫌いだった。


 そして、そんな時涼宮ハルヒと出会っちまったんだよなぁ。


「なによ、なにさっきからわたしの顔見てるのよ?」

国木田と谷口が向かい合わせで弁当をつつきながらこちらを伺う。

「別に……見てない。気のせいだ……自意識過剰……」

弁当を忘れると言う一世一代の不覚に打ちひしがれながら購買で買ってきた味気のないコッペパンと牛乳パックをハルヒとパクついていた。

 虫の居所が悪かったのかもな俺も、なんとなくな。

「なんか文句でもあるのわたしに!」

開け放たれた窓から蜩の鳴き声があたりを席巻する。真夏の入道雲がジリジリした日差しをいっそう助長させるように天高くそびえる。

 夏休みも終わったばかりのそんな日だった。


 「元気だよな、いつもお前は……その元気、少し俺にも分けてくれよ」

ハルヒは一瞬俺と目を合わせ、すっくと立ち上がり「ふんっ!」と一言言い残すと小走りに教室を出ていった。

ハルヒが消えるのを確認して谷口がやってくる。

「なんでいつものように俺たちと食わねえんだよ? 涼宮を怒らせちまって」

「そうだよ、そうだよキョン。涼宮さん相当怒ってたみたい」

国木田も参加する。

「うるさい! 俺は一世一代の不覚、弁当を忘れると言う不覚に打ちひしがれてるんだ。俺だってお前たちと一緒に弁当をつつきたかったさ、しかし、ハルヒが忘れたと言ったら俺の分までコッペパン買ってきてくれたんだ。一緒に食べましょってことだろ? 違うか? しかしだ、家に置き去りにされた弁当が不憫でならない。そのうちハルヒがモグモグ食べてるの見てるとなんだか腹が立ってきて、まぁ結果はこうなった」

 「お前さ、それは理不尽だ。どう考えても理不尽以外に言葉が思いつかないくらいの理不尽さだぞ。せっかくお前の分まで買ってきてくれたってのに涼宮がかわいそうだ」

 谷口はいつになくハルヒの肩をもつ発言。

「そうだね、キョン酷いよ」国木田も同調。

「なんだ、なんだ? 随分ハルヒの肩もつじゃねえか。ははん、さては谷口お前まだハルヒに未練が……」

 谷口は入学当時一目ぼれしたハルヒにコクって付き合ったという過去がある。もちろん三日でふられた。ハルヒが捜し求める宇宙人でも、未来人でも、超能力者でも、なんでもないただの普通人だったからだろう。


 谷口の顔がまるで茹蛸みたいにみるみる真っ赤になんてゆく。

「んなことあねえ! いいから涼宮に謝ってこいって、どうせ部室棟か屋上しか行くとこねえんだから」

俺の胸倉を掴まんばかりの勢いで谷口がまくしたてる。

国木田はニヤニヤしながらそんな俺たちを傍観。


「分かった、分かった。そんなムキになるなって」

谷口の痛いところを突きすぎたようだ。しゃれにならないので俺も教室を退散。

振り向くと谷口は弁当をかっ食らい、国木田は俺に目配せしなら、よしよしなんて風情で谷口をなだめていた。


 案の定、ハルヒは校舎の屋上にいた。日陰を選んで物憂げにたたずむ姿は中々絵になる。まぁ、俺が言うのもなんだが黙ってりゃ十人中九人は認めざる終えない美形女子高生といったところか。





 「さっきは済まなかったな。教室が暑くてムンムンしてるもんだからついな、お前にあたっちまって」

「あんたの戯言なんて気にしちゃいないわよ」振り返りもせずハルヒが言った。

「そうか、そう言ってくれると俺もわざわざここに来た甲斐があったってもんだ。とりあえず良かった」

ハルヒの顔色が変わる。どうやらまた怒らせてしまったらしい。

「とりあえず良かった? なにが良かったの? よかぁないわよ。キョンあんたってほんとデリカシーの欠片もない。わたしだって色々あんたには我慢してるんだから、ほっといてよ!」


 遠くで遠雷。そういえば午後から雨の予報だったっけな。


煩かった蜩も沈黙。入道雲はその前触れだったんだな、まさかハルヒのご機嫌に合わせたわけでもあるまい。

 プイとソッポを向いたハルヒも沈黙。俺の言動に相当気分を害したらしい。


 ううむ、ここまで来るとなにを言っても無駄らしい。長い付き合いだ、そのくらいなら俺でも分かる。

 どうせ放課後にはSOS団の部室に集まるんだからそれまでにハルヒの機嫌が治ることを祈るしかあるまい。





放課後すでにルーティーンと化したSOS団の部室へ向かう。

脚が勝手に向かっちまうんだから習慣とはことの他恐ろしい。

渡り廊下で朝比奈さんと鶴屋さんとすれ違う。

「ああ、キョンくん。茶道部にちょっと顔出してから行きますね」

隣で鶴屋さんが例のごとく俺にウインクをくれる。

「めがっさ悪巧み部さん、さてはまたなんか悪巧みの相談かな、アハハハ」

鶴屋さん、そんな犯罪者集団みたいな言い方止めてください。そういう奴はたった一人ですから、率先して問題を起こすのは我が団長様だけなんですから。


 渡り廊下の窓に雨が一粒、二粒。いつの間にか空は灰色の雨雲で覆われていた。


 「ちぃーす」

部室のドアを開ける。

 なんだこの澱んだ重苦しい空気は……まぁ、原因は分かっている。

雨粒が流れる窓を見ている団長様のご機嫌斜めの産物である。

古泉がなんだかほっとしたような顔を俺にくれる。

長門は相変わらず読書に余念がない。


「雨ってなによ、ったく。有希あんたちょっとこの雨なんとかしなさい!」

長門がおもむろに顔を上げ俺の瞳を覗きこむ。

 長門、なんて瞳をしてやがるんだ。雨を止める気まんまんである。

この万能ヘルプマシンはいったいどんな突拍子もない潜在能力を隠し持っているんだか?

俺もハルヒの言葉に一瞬はっとしたがいつもの勝手な冗談だよなと思い返し、軽く両手を挙げ、あきれた風を装う。

「ま、夏の通り雨さ。直に止む。」

「ちょっと、キョン。あんた天気予報確認した上での発言それ!」

スマホで予報を確認。 午後から終日雨であった。

ハルヒが俺を睨みつける。

「適当なこと言わないでよね、ったく」

「虫の居所がよくありません。あまり涼宮さんを刺激するのはまたぞろ閉鎖空間が拡大……」

古泉が例によって近すぎるくらいの距離で囁く。

「まぁ、真夏の雨はいいぞ。生温くってシャワー浴びてるようなもんだ、どうだハルヒ外いって天然のシャワーで頭でも冷やしてきたら」

「キョン! あんたね……」

俺に向けた罵詈雑言は聞こえなかった。


ドアを激しくノックする音。「はい、どなた?」古泉がドアを開ける。

どどどどっと、なだれ込んできたのは隣室のコンピ研(コンピュータ研究部)の面々。

「なによ? しつこいわね。PCは永久サポート付きで譲渡されたんだから、こっちのもんよ!返す気なんてこれっぽっちもないわ」

 ハルヒが仁王立ちでコンピ研の部長以下を威圧する。


「ち、ち、ち、違うんだ! その、あの、その、長門さんをちょっと貸して欲しい!」


 聞くとコンピ研のPCの画面全部が一斉に雨が降ったような無数の縦線で埋まってしまったのだと言う。あらゆる手を打ったが全く回復しないのだそうだ。

「ふーむ、それで有希の頭脳を借りたいってわけ?」

腕組みしながら我が団長様が一言。早くもマウントを取りにいく、さすがだ。

俺はSOS団のPCを立ち上げ、ディスプレィを覗きこむ。

「そちらもですか、こちらも同じですね」

古泉がもう一台のPCの画面を俺に向ける。

二台とも全く同じだった。もちろん二台ともコンピ研からハルヒが略奪した最新スペックのPCである。

 まるでデスプレイの中で雨が降っているかのように無数の縦線が上部から降り注いでいた。

「マウスもキーボードも全く反応しませんね。そちらもですか?」と、古泉。

「全く反応しない。雨が降ってるような画面が続いてるだけだな」

「パワーもオフできない状態ですね。まるでなにかに遠隔操作されてるみたいです」

古泉が覗きこんだ画面は全く変化なく雨が降り続いている。

コンピ研の連中がお手上げなのだ。俺たちの手に負えるわけがないのだが、いや、まてよ、そうだな長門って奥の手があったな。


「有希行くわよ! 全員コンピ研に移動!」


分厚いカーテンで閉じられた薄暗いコンピ研の部室がデスプレィの異様な蒼い光で満たされていた。

 長門がゆっくりと近づく。PCのリアパネルからAC電源を引っこ抜く。

「あああ、データが、データが、無茶です」部員が全員大声を上げた。


 「バックアップがある」言いながら長門は次々に六台のPCの電源コードを引っこ抜く。

 ここにいる全員が沈黙の中でデスプレィを見詰めていた。

「なにこれ? どういうこと?」

最初に言葉を発したのはハルヒだった。


 辺りに聞こえるのは微かなハードディスクの起動音だけ。

 相変わらずデスプレィは雨を映し、PCは稼動を止めない。

六台のPCは自らの意志で起動してるかのように俺たち全員を見詰める。

 古泉がデスプレイに電源を供給しているタップのスイッチを切る。


 なにも変わらなかった。デスプレィの雨は更に激しさを増したようにさえ見える。

いや、確かに光度が増したようだ。部室は真っ暗な深海のような深い深い蒼で満たされていた。


「有希!これってなによ。なぜ消えないのこいつら、なぜ終了しないのPCってか動いてんのよ!」


 全員が事の異常さを理解したようだ。

俺だってこんな状況理解不能なんだが、事実は事実だ。

電源が供給されていないのに動き続けるPC。電源が供給されていないのに映像を流し続けるデスプレィ。

 デスプレィの縦線が一層速度を増して落下する。PCがうねりを発する。

「うわああああぁああああぁぁぁぁ」

コンピ研の部長の悲鳴に部員全員が部室から飛び出した。

 残されたのは俺たち。ハルヒ、古泉、長門そして俺……。

本音を言うと俺もすぐさまここから立ち去りたかったのだが、腰が抜けたかもしれない。結果、一歩も動けない。

「ふーん、面白いじゃない。我がSOS団への挑戦ってわけね」

どういう状況でも、特にこういった奇怪な状況を待ちに待ってるヤツ、楽しくてしょうがないと思うヤツがいるんだな、こいつが。こういう状況で張り切っちゃう、こいつがいたっけ。その名は涼宮ハルヒ! 我が団長様である。


「電源が供給されていないのにPCもデスプレィも稼動する。いや、している。ありえない状況ですよね」

 古泉も興味津々、落ち着き払った態度で状況分析。

結果的にこの状況から逃げなかったってことで俺の面目も保たれたってことか? 相手はPCだ、そんな大それた危害は加えてはこないだろう。

そうだよな?


「ちょっと気味が悪いわね。キョンあんた一歩前に出てわたしと有希を守りなさい!」


「な、な、な、なんで俺なんだよ?」

「女性を守るのが男子たるもの当然でしょ! 違うの?」

長門がデスプレィに近づく。

「いい、あなたはわたしの後ろにいて」

長門よ、お前ってほんと頼りになるよな。それに引きかえハルヒ! こんな時だけ女を全面に出しやがって、俺だって怖いんだよ。基本属性はヘタレなんだからな!



 こいつら意志があるみたいじゃないか、さきほどから俺は背筋に悪寒を禁じえない。発光し激しさを増すデスプレィを通じて無数のなにかに見られてる、そんな感じがした。


 「PCもデスプレィも自立して動き続けてるということは、どこからか、何らかの電磁波的エネルギーを供給されてるわけですよね。簡単に言うとワイヤレスで充電されてるようなもの、そして外部から遠隔操作されてるわけですからその供給源なり発信源なりをを特定してそこを封じればいいわけです」

「古泉! 四の五の言ってないで、それを特定してだな!壊すなり、封じるなりしろよ!」

「それがですね。それが今回の肝ですね」

なぜか落ち着き払った古泉がしたり顔で言う。


「あんたたち! 早くなんとかしなさい!有希なんとかしてってば!」

絶叫に反応して、発光する光の渦が一つに収束し、一斉にハルヒを標的に終結する。

「うっ! キ、キョン!」

ハルヒが一瞬眩しいほどの光に包まれた。

 俺は咄嗟にハルヒを庇おうとしたが一瞬遅れた。

 長門が俺たちと光の間に割って入り、腕を光に向かって突き出す。口元が何かを呟く。

光の束が一瞬怯むように拡散し天井一杯に纏わりつく。

こいつらは、この光どもは明らかに意志を持っている。天井いっぱいに広がった眩い光と俺たちは睨み合いを続ける。






 突然ハルヒが俺の腕の中に崩れ落ちた。

「ハルヒ!ハルヒ!」

 「大丈夫、気絶しただけ。致命的な損傷はわたしが防いだ」

長門の抑揚のない声が俺の耳元で響いた。

「そうか! ありがとな。しかし、次はもうちょっと早く防いでくれ!」

長門がそう言うのならハルヒは大丈夫なのだろう。しかし、俺の腕に縋ったままピクリとも動かない。

「理解した。次からはそれを踏まえたうえで早めの回避措置を講ずることにする」


「長門さん!この雨のような画面は、彼らの言語のようなもので我々になんらかのメッセージを伝えてる?」

 「そう」

「そして彼ら自身の会話でもある?」

「そう」

「彼らってなんだよ? お前たち俺にも分かるようにだな」

古泉の問いに長門が即座に答える。どうやら最初から長門はこの画面とコンタクトを試みていたようだ。

画面は前よりも落ち着いたように見える。

天井一杯にへばり付いた光もまるで落ち着こうと深呼吸をしているように留まっている。


「ある意味涼宮さんがあなたの腕の中で気絶してるのは好都合ですね。長門さんはその能力を隠さず使えるわけですし、わたしも微力ながら心おきなくお手伝いができますから、この間に解決しましょう」

俺はすでに蚊帳の外か? いやいや俺にはハルヒを守るという大事な役目があるではないか、後は長門、古泉お前たちに任す。



 長門はあいかわらず口元でなにかを囁き続けている。

この水棲生物となんとかコンタクトを取ろうとしているのかもしれない。


「彼らはこの辺境銀河で起きた強烈な情報フレアに導かれて銀河の辺境にある太陽系第三惑星にたどり着いた。彼らの故郷の惑星は陸を持たない。惑星を覆う海そのものが彼らとも言える。いわゆる意志をもつ水棲生物。彼らも自立進化の可能性を探っていた。

四年前ここで起きた銀河系すべてに及ぶ情報フレアで彼ら水棲生物は実体を持つ有機生命体の存在を知る。それが涼宮ハルヒ。

 彼らのほとんどはこの実体を持つ情報フレアの発信源にすべてを賭けた。

 地球周辺を回遊する幾つもの流星を乗り継いでここ地球に辿り着いた」



 彼らにとっては夢のような新世界。

 蒼く、どこまでも蒼く輝く地球の姿は彼らにどう見えただろう。

液体から個に進化できる時を待ち続ける。なんと魅力的な誘惑、仲間の死を乗り越えてやっとこの楽園に辿り着いたのだ。



 

 この星間飛行の間に数億いた個体数もすでに数千を切るほどに減少。

やっとたどり着いたこの惑星の大海にその住処を得たが、陸地に染み込んだ仲間を探すため、フレアの要因を探すために雨に紛れてこうして陸に舞い降り、情報フレアの中心である涼宮ハルヒをとうとう見つける。


 「先ほど涼宮ハルヒとのコンタクトを試みるが拒絶された。我々もまた彼らとの接触を阻止した。

 余りにも違いすぎる生命体同士は理解しあえない。

 人間にとって意志を持つ液体などと、それも人より優れた知能を持つ水棲生命体とどうやって理解しあえるのだ?」


 無口な長門の長台詞を久々に聞いた気がした。


 長い間俺たちはこの天井にへばり付いた水棲野郎の分身とにらみ合っていた。



重いカーテンの隙間から淡い光が差し込む。

 雨が止んだ。

天井を覆っていた光が徐々に弱まってゆく。

 どううやら彼らの実体は窓に無数に張り付いた水滴のようだ。


「窓を伝う彼らはどうやら生命の灯火の最後の残り香」

長門がポツンと言った。


窓に張り付いた水滴が徐々にその数を減らす。そして消えてゆく。

PCも動きを止め、デスプレィが一瞬眩い光を放ち暗闇に沈んだ。

ガラス窓に残った水滴たちが引力に逆らうように上昇し、最後の数滴がまるで涙みたいに力なく窓を伝った。


「長門……終わったのか?」

「終わった」

「古泉本当に終わったのか?」

「どうやらそうらしですね」


 静寂のコンピ研の部室に部長以下部員たちが恐るおそる覗き込む。

古泉がカーテンを開ける。


 虹が出ていた。



長門は彼らがすべて死滅したわけではないと言う。幾つかはこの大海に、陸地に残り、生きながらえているのだと言う。


 彼らはこの虹の彼方から地球に飛来し、この地球の大海に、大地に染み込み復活の時を待っているのか?

 

「部長、PC復活しました。さすが長門さんですね。データも問題なしです」部員の一人がうれしそうに言った。


 部長がビクビクしながら部室を眺め長門と古泉の交互にペコペコ頭を垂れる。

俺は無視かよ! 



 

 ハルヒもまた復活。

「どう? 終わった? 解決したの?」

「ああ、多分な……」

 復活したとたん俺の腕を振りほどき俺を睨みつける。

 「キョン!あんたドサクサに紛れてわたしの胸触ったでしょ!どういうつもりなのよ!」

 確かにハルヒが気絶してる時、俺の二の腕あたりに柔らかくてふくよかなものが当たっていたような気がするのだが、

「濡れ衣だ! 俺が、俺がそんなことするもんか!」」

「ふん、まぁいいわ。減るもんでもないんだし。でもいい? 次回からは断ってから触りなさい!」

 ぷいっと背中を向けてスタスタ歩き去るハルヒの後姿に俺は一瞥をくれて思う。


虹の彼方に案山子もブリキの木こりも臆病なライオンもいなかった。

けれど、どうやらオズの大魔女だけは確かにいる。

今日もそいつは俺の席の後ろでふんぞり返っている。

 それがいい魔女なのか、悪い魔女なのか……俺にも分からない。




涼宮ハルヒの衝動 第四話 Somewhere Over The Rainbow <完>


新シリーズ 「涼宮ハルヒの深淵」でまたねw







 


 

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