17.手紙の宛名


屋上には田中が。

その正面には、緊張した面持ちの佐藤さんが。


佐藤さんのラブレターには、宛名、自分の名前、それと「今日の放課後、話があるので屋上に来てください」とだけ書いてあった。


田中は佐藤さんをタイプだと言っていた。

だから、この告白も必ず上手く行くだろうし、恋が実るという記念すべき瞬間を見届けることができる。


なんてすばらしい事だ。




と、思っていたのは俺だけだったらしい。



「き、来てくれてありがとうね、花田君」

「あぁ……まぁ、暇だったからな」


実際に屋上で佐藤さんの正面にいるのは、俺だ。


ラブレターにもしっかり俺の名前が書いてあった。

何が予習だ。

微塵も分かって無いじゃないか。



「そ、そっか。それでね?あの……も、もしかしたら分かってるかもしれないんだけど……」



……分かる。

分かってしまうんだ。

予習なんてしてしまったから。


場所、時間、表情、展開。

どれも王道パターンにあったそれと一致しているから。



「す、好きなの。ゆりちゃんが面白い人だって言ってたから、実は前から気になってたんだけど……」


やはりその予想も当たってしまう。

これでもう疎いなんて言わせない。



なんて事を悠長に考えている余裕は無い。

頭はパニックだ。


ゆりちゃんというのは、由梨香のことだろう。

佐藤さんと仲がいいのは何となく分かってた。



「よ、よかったら、付き合ってくれない……かな……」


2歩程離れたところから、怯えるように言う佐藤さん。

これは緊張か。


話は終ったのか、気まずい沈黙の時間が訪れた。

彼女は返事を待っている。



その空気が、俺の頭をさらに真っ白にさせる。



でも、答えなければ。

言う内容も決まっている。



「俺は……」



いくら思考は止まっていても、適当な気持ちで頷いたりはしない。


だって、俺は、由梨香のことが好きで。

佐藤さんのことは。





「……好きじゃない……から……」




しまったと思った時には、もう遅かった。


いくら意識半分で答えたとはいえ、好意を伝えた相手への返事としては、あまりにも冷たすぎた。


「ッ!」

「あ……」


泣かれる。


そう思った時には既に、佐藤さんは俺に背を向けてまま屋上から去ってしまった後だった。


訂正しようと前に出していた手は何もつかめず、結局そのまま下ろした。



佐藤さんを傷つけておいて、何で俺も傷ついたみたいになってるんだ。

やっぱりバカだろ俺。



少しして、佐藤さんが去った屋上の扉が開き、代わりに1人出てきた。


どうしてこうなった。

何でこんな胸が痛い想いをしなければいけなかったんだっけ。


あぁ、確か彼女を嫉妬させようとしたんだったな。


その彼女……由梨香は、こちらへ歩み寄ってくる。

しかし、その瞳は髪に隠れて見えない。



……で、その嫉妬って上手く行ったのか?

今由梨香が来たのは、嫉妬してくれたからか?


だとしたら、俺は何て声をかけるんだったか。

えっと……。



それを思い出したところで、丁度由梨香が目の前で立ち止まった。




「由梨香、どうし」


パシッ



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