14.本当の気持ち



「ッ……」

「あ、ごめん。びっくりした?熱無いのかなと思って」


長い思考から、急に現実に引き戻される。

近くにある由梨香の心配する顔と、熱を確かめた彼女の手の感触で。



あぁ、思い出した。

何を言いたかったのか。

何を言わなきゃいけないか。




「由梨香」

「ん?何?」


俺を心配して、さっきまでの不安を忘れているらしい彼女。

手を離して一歩離れた場所で、小さく首を傾げる。



好き。



その言葉をこれから言おうと考えただけで、心臓が早鐘を打ち始めた。


熱を計られた後でよかった。

今は触らないでも分かるくらい熱があるのが分かるから。


「由梨香。俺……」

「?」


もはや、何の為に言うのかすら自分で忘れていた。


そんなのを思い出そうとする余裕は無い。

気持ちだけに後押しされ、口から言葉が漏れた。






「お前の事、好きだ」





やっと言えた。

言葉の意味が分かったうえで、本当の気持ちで。


由梨香には聞こえただろうか。

そのキョトンとした表情が何を意味するんだろうか。



お互い固まったまま数秒。

止まって感じたその時間は、由梨香の言葉で再び動き出した。




「あはは、ありがと。なんか、まだ慣れないね」



……え……?


予想していたリアクショは、帰り道に好きだと伝えた時の様な、動揺する由梨香の姿。

しかし、現実は……僅かに頬を染めただけで、とても軽く受け止めた由梨香がいた。


「え、いや、何だそのリアクション。意味が分からないぞ」

「誠こそ意味分からないよ。それ昨日も聞いたのに、なんて溜めたの?」



そこで俺はハッとした。

そういえば、彼女に好きと言うのは今日に始まった事では無い。

つい昨日も、別れ際に言ったはずだ。


その間に意識の変化があったのは俺だけ。

由梨香からすれば、俺の言葉は昨日まで言い続けていた好きと変わらないんだ。



でも、違うんだ。

俺が言ったのは、今までのとは違うんだ。


本当に由梨香を異性として好きで、もっと近い関係になりたいと思って。

彼女の胸の痛みを知って、それを開放したいと思って。


だから、本当の意味をちゃんと……。



「そうだったな。一晩寝たら忘れてしまった」

「何その鳥頭。あ、もしかして今日の英語のテストも忘れてるでしょ」


しかし、頭とは裏腹に言葉は嘘を吐いた。


意識したわけではなかったが、恐らく自分の好意が伝わらなかった悲しみと恥ずかしさに対する防衛本能だろう。


由梨香が笑っているので、俺も一緒に笑って見せる。

とりあえず、今はこのままでいい。



「あ、そうだ。私も、誠の事好きだからね」

「……ありがとう」


何気無く言われた言葉に、再び心が締め付けられる。

なんとか返事だけは出来たが。


ただの苦しみじゃなく、幸せと切なさともどかしさと。

とにかく複雑な感情が入り混じって、説明がし辛い。


きっと由梨香も感じてた気持ちなんだろう。

俺は、恋心を持ってくれている由梨香に対してこれだけの苦しい思いをさせ続けてたのか?


これは……早く何とかしないと。

病にかかっているのは、俺だけじゃないんだから。


「さて、そろそろ行くぞ」

「うん。あ、体調大丈夫なの?」


散々傷つけてきた俺をまだ心配してくれる由梨香に感謝しながら、新しい決意を胸に歩く。




鈍感な由梨香には、ちゃんと口で伝えよう。


俺が気付いた感情を。

俺の本当の気持ちを。

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