12.恋の病


「おい、助けてくれよ。呪いかけられるなら解呪法くらい知ってるだろ?」

「あ?まだ呪いとか言ってるのかよ」

「そもそもそれは呪いじゃねーよ」



そんなはずは無い。

でなければ、今お前達が言った強硬手段とかの説明がつかないだろ。


「仮に呪いじゃないとして、じゃあこの胸の痛みは何なんだ」


自信のあった俺は強気に言ってみる。

しかし、帰ってきたのは俺よりもさらに自信に満ちた笑顔だった。



「「病だ」」



「は?」


打ち合わせでもしたように同時に単語を発する二人。


病?病気?

え、なんのだ?いつのまに?



「俺、死ぬのか?」

「死なねーよ」

「安直過ぎるだろ」


そうだよな。

少し動揺しただけだ。


しかし、病か。

呪いよりは現実的だ。


でも、そんな病気聞いたことないぞ。

好きって言われると胸が痛む病気。



言葉だけで体が反応するなんて……アレルギーの一種だろうか。


「それで、何の病なんだ?」

「所謂、恋の病ってやつだ」

「ついにお前にもそれがわかるようになったって事か」



鯉の病?

狂犬病の類か?


いや、今回は予想で動くのは危険だ。

ここは慎重に。


「悪い、詳細が知りたい」

「この病はな。特定の人の事を好きになると発症するんだ」


説明を始めてくれた鈴木。

しかし早々に疑問が生まれてしまった。


「俺、前から由梨香の事は好きだったぞ?」

「意味が違うんだよ。お前が今まで言っていた好きと、今お前が知ったばかりの好きって感情は」


意味?

同音異義的な物か?

広辞苑に乗ってるだろうか。



「ちょっと待ってろ、辞書持ってくる」

「この……ええい、ここまで来たら分からせてやる」

「こいつ、分かるのかな」


辞書を取りに行こうとした俺の腕をつかんで引き止める鈴木。

彼の目は、何かを決心したように燃え上がっていた。




それから、「好きとは何か」と言う話を俺が理解するまで頑張って説明してくれた。


40分もかけさせて申し訳なかったな。

漫画も気になってるだろうに。

田中は読んでたが。




それにしても……。


「恋心って、魚に例えたわけじゃなかったのか」

「今までよく話が噛み合ってたな」


話始めの、

「いいか?お前には恋心が生まれたわけだ」

からすでに躓いていた。


俺に女性の心が生まれたわけじゃないと気づいたのは、話が半分終った後だった。


「なんにせよ、俺は由梨香の事を異性として好きになったって事だな?」

「それ、さっき俺が言った台詞と同じだけど意味分かってるか?」


俺はしっかり頷く。

理解力は乏しいが、知ったかぶりをしたりはしない。


今まで由梨香やこいつらに感じていた「好き」とは違う感情。


この胸の痛みを引き起こしているのは、由梨香に対する強い好きと言う感情。

それが、意味を知らなかった俺の心に生まれたという事らしい。



意識したら、また胸が痛くなってきた。

これは難儀な病だ。


「ん、もうこんな時間か。おい、何寝てんだ」

「ぐふっ……あぁ、悪い。終ったか?」


いつの間にか寝ていた田中の腹の上に、鈴木が漫画を一冊落とす。

結構痛かったようで、腹を押さえながら田中が起きる。


気づけばもう夕方。

話し込んでしまったからな。


「じゃあ、俺らは帰るわ。大澤さんの事、ちゃんと考えとけよ?」

「わかった。ありがとう」

「結局漫画読めてねぇ」


相談に乗ってくれた鈴木と、今日は役に立たなかった田中送り出す。



その後部屋まで戻って話した事を思い出す。


さっきは理解するのに精一杯で、驚きの方が大きかったが。

今は……なんというか、恥ずかしい。



俺、何も知らなかったんだな。


鈴木の予想では、この胸の痛みは由梨香はずっと感じていたと思うとの事。

あえて明言しなかったのだとは思うが、それは由梨香が俺の事を、異性として好きだったという意味になる。



「ッ……」



それを考えただけで胸が痛くなると同時に鼓動が早くなる。


なんだか体も熱くなっている気がするが、これは体調不良……では無いんだろうな。



これが、恋というものなのか?



新しい感情に気づきながら、最近の由梨香とのやりとりを思い出してたまらず布団にうつ伏せに倒れる。


――

―――



『好きだぞ』

『ぁ…私も…誠の事好き……!』


―――


『俺は先に行った方が落ち着くか?』

『い、いいよそこで』


―――


『俺が好きって言うと……由梨香は困るか?』

『そ、それは……困るよ。ある意味』


―――


「ばかじゃねーか」



思わず独り言がこぼれてしまう程、後悔と恥ずかしさで気持ちが埋め尽くされる。


意味も分からないままに、俺の事を好きな人に好きと伝えて苦しめてきたんだ。

意味を知った俺が、今後も同じ事を言えるかと聞かれれば、間違いなく無理だろう。


言ったら由梨香も苦しいだろうし、俺だって苦しいから。

でも…それでも言いたいのは、本当に彼女の事を好きになってしまったからなんだろう。




「顔、合せられねーな」



もう一つつぶやき、あれこれ考え事をしているうちに眠りについてしまった。


新しく学んだ感情は、眠る直前まで胸と頭を一杯にしていた。

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