10.彼女の本心


「嫌いかどうかじゃない。困るか困らないかだ」

「こ、困るのは確かにそうだけど、でも、大丈夫だから!言われないのは、その……」


必死に訴える由梨香。

しかし、先ほどの空気はもうこりごりだ。


彼女とはいつまでも良い関係でいたい。

その為には、この申し出だけは断ってやらないといけない気がする。



一晩寝て、しっかりと考えてもらう方がいいかもしれないな。


「引き止めて置いて悪いが、今日は先に帰る。また明日話そう」

「あ……」


立ち止まっていた由梨香を抜き去り、自宅へ向けて歩く。

置いていくのはかわいそうだが、俺が隣に居ないほうがちゃんと考えられるだろう。




……熱でもあるんだろうか。




ただ「好き」と言わないだけだろ。

今までだって言っていなかったはずだ。


それなのに。「もう言わない」と言った後からだと思うが。


体の調子が変だ。

特に胸のあたりが痛いというか……違和感がある。


早く帰ろう。





「私も……好きだからだよ!」





少し歩いた所で、由梨香の声が聞こえて我に返る。


1度通り過ぎた後ろを振り返る。

そこには、離れていても分かるくらい顔を真っ赤にした由梨香が立っていた。



「悪い、今何て言ったんだ?」

「す、好きだからって言ったの!」



どうしてだ?

俺が言わないと決めた今、何故由梨香が言う?


まだ頭が混乱しているのかと思い、由梨香の元へ戻る。

その間、彼女は真っ赤な顔で俺を見つめ続けていた。


「由梨香、どうしてそんな事を言う」

「だって……好きだから!好きになっちゃったから、言いたくなっちゃうんじゃん!!」


その目には涙が浮かんでいた。

俺でもわかるのは、彼女が何かしらの感情を抑えられなくなったということ。


「それなのに……誠からは言ってくれないなんて……ヤダよ……」



また鯉心か?

困るのに言って欲しいというのは、流石に勝手すぎるのでは無いだろうか。


だが……こんな泣きそうな顔で言われては……。



「俺は言うか言わないかしか出来ない。言ったらまた由梨香を困らせると思うが、いいのか?」


先ほどと同じように、少し顔を近づけて脅かすように言う。

これで引いてくれれば、由梨香を困らせることもなくなると思ってたんだが。



「い、いいよ。だから……もっと言ってよ」



一瞬だけ動揺した由梨香は、先程であれば離れるタイミングで逆に顔を近づけてきた。


それに動揺して距離をとったのは俺。

……いや、動揺したんじゃない。


胸がまた、一瞬痛んで驚いただけだ。



「わかった。言っていいんだな?」

「うん。……あ、が、学校では止めてね。恥ずかしいから……」


よく分からないな。ここでは言ってよくて、学校ではダメなのか。

とりあえず、彼女がそれを求めるなら言うとおりにするか。


「じゃあ買い物に行った時とかはいいんだな?」

「ほ、他に人がいるときはダメなの!わかってよそれくらい!」


何故怒られなきゃならない。

2人の時だけは言っていいということか?


そういえば、前も皆の前で言ったときには怒られたんだったな。

良く考えれば規則性はあるか。


「好きだぞ」

「っ……急すぎるよバカ!」


胸を叩かれた。

規則性はどこへ行った。



結局由梨香の家の前に着くまで、何度か叩かれながら言っていい条件について話し合った。


痛いのは叩かれた場所だけだったらよかったんだが。

たった今、由梨香との別れ際に互いに「好き」と言いあったところから。


家についてもまだ心臓が痛む。

痛いというよりは……苦しいか?



熱もあるようだし。

……まさかとは思うが、これは……。



あの好きって言葉は……。

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