8.しつけの効果


「由梨香。すぐに手を上げたらダメなんだぞ?」

「だって、誠が悪いんじゃん!離してよ!!」


空いている左手で俺の胸を押して離そうとする由梨香。

俺はそちらの手もつかんで壁に拘束する。


「だってじゃない。それがわかるまでこのままだからな」

「ち、ちょっと、何で顔近づけて……ッ」


未だに抵抗してくる由梨香に、そのまま顔を近づけてみる。

さっきから顔を近づけられるのが苦手そうなのでやってみたが、予想通り大人しくなった。


あと一押しか。



「もうしないか?」

「し、しない、から。離してよ……」


思ったとおりの言葉が聞けたので、ぱっと手を離す。

由梨香はそのまま俯くようにしゃがみこみ、右手首をさする。


ちょっと強く握りすぎたか。

これはしつけの域を超えてしまうな。



これから壁ドンをするときは気をつけよう。


「悪い、由梨香。ちょとやりすぎた」

「っ……み、見ないでよバカ」


しゃがみこむ由梨香の顔を、同じようにしゃがんで覗き込む。

一瞬目が合ったところで、彼女は俺の顔を手で押さえて目が合わないようにしてきた。

心配してるんだから、それくらい良いだろ。



「泣いてないか?そんなに痛かったか?」

「見ないで。……見るなってば!もうっ……!」


その手をどけて無理やり顔を見ようとするが、由梨香は必死に抵抗して今度は自分の顔を隠す。


何度やっても顔を見せてくれない。

諦めて立ち上がり、確認の意味を込めて友人の方へ向き直る。


「俺、やりすぎだよな」

「度を越えてるという意味ではあってる」

「腕より心の方が痛いと思う」


お前達は何を言ってるんだ?

今痛いのは腕だろ。


ん……もしかしてさっき背中を打ったときの事を言ってるのか?

確かに、背中を強く打つと心臓が痛く感じる事があるからな。



「由梨香、心臓大丈夫か?」


「……あんた達、わざとややこしく言ってるよね?」

「そんなわけないだろ」

「俺達だって予想外なんだ」


俺が由梨香を心配すると、赤い顔の由梨香は俺を無視して後ろにいる鈴木と田中を睨んだ。

2人はすぐに否定する。


何の話だ。



「とりあえず、立てるか?ほら」

「え、ぁ、ありがと」


顔が見えて大丈夫だと判断し、まだ座ったままだった由梨香の手をグッとひっぱって立ち上がらせる。


大丈夫そうではあるのだが……彼女はまだ、腕をさすっている。

やはり腕が痛いようだ。


「保健室行くか?」

「い、行かないよ。行ってもなんて説明すればいいの?」



それは……正直に壁ドンされたときに腕を痛めましたって言うしかないだろ。

保険の先生と言えど、壁ドンくらいは知ってるだろうからな。



「そうか。大丈夫ならいいんだが……熱は?」

「無いってば。もう良いから帰ろうよ」


しつこくしすぎた為か、プイッと顔を反らしてしまう由梨香。


機嫌を損ねてしまった。

まぁ、しつけってこんなもんかもしれないが。



「さて、面白いものも見れたし、俺達は先に帰るか」

「そうだな。じゃあお二人さん、また」

「あ、おい。一緒に帰らないか?」


俺がまだ由梨香の様子を確認している間に、いつの間にかかばんを担いで先に帰ろうとする2人。

そんな彼等に声をかけると、怪訝そうにこちらを見てきた。


「誠。さっきのもう一回言ってやれよ?」

「そうだぞ。今痛くしたお詫びもかねてだ」


彼らは一方的に俺に言うと、逃げるように走って教室を後にした。


もう一回言ったら、今度こそビンタだろう。

何故それを言えと。



痛くしたお詫びに、仕返しされろってことか。

それならまぁ……。



普通に嫌だ。


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