5.恋の心


それからさらに3日後、偶然帰り道で会った由梨香に必死に謝った。


「もう言わない」と言ったときに「それは……」と躊躇されたが、もうその手には乗らない。

何度も罠にかかってたまるか。



ちなみに、由梨香が口を利いてくれなくなった理由を友人達に尋ねてみたところ、『こいごころ』を弄んでるからとの事だった。


『こいごころ』とは言われても、最初は何の事だか分からなかった。

しかし、言葉の意味を考えてみると、確かに俺は勝手なことを言っていたかもしれない。





鯉とは優雅で自由な生き物だ。

和の象徴でもある。

日本人女性の比喩として用いる事もあるのだろう。


その自由な心を、「好き」という一方的な感情で縛り付けている事に気づいた。


なるほど。だから簡単に口に出しては行けない言葉だったのか。

色々と納得ができた。




「誠、何か変な事考えてる」

「ん、変な事では無い」


そんな由梨香にはとりあえず許してもらい、今日も隣を歩いて登校している。

しかし……俺と並ぶ距離がいつもより遠い。


どうやら俺は警戒されているみたいだ。

俺は今歩道の一番内側を歩いているが、由梨香は殆ど車道を歩いている。



これだけ距離があるのは少し寂しいものがあるな。

一緒に歩いていると言っていいのかすら分からない。

まぁ、それは我慢すればいいんだが……。




「おい、由梨香」

「っ……な、何?」


ふいに由梨香に一歩近づいてみる。

すると彼女は俺から一歩離れようとする。

俺はその手を急いで掴む。



「や、離して!」

「良いからこっちに来い」


余程俺と近づくのが怖いのか、手をブンブン振って抵抗する由梨香。


俺はそれを力で自分の方へ引っ張り、そのまま壁側に彼女を追いやる。




「な、何して……え……?」

「歩くならこっちを歩け。俺が離れれば問題無いだろ」


そこでパッと手を離し、俺は直ぐに車道側へ離れる。


由梨香はさっきから、俺を警戒しすぎて車道側の注意が甘い。

ガードレールが無いこの歩道でそんな事をすれば、いつ車と接触してもおかしくない。

だから俺との立ち位置を変えてみたんだ。



「ぁ……ありがと」

「別にいいが……俺は先に行った方が落ち着くか?」

「い、いいよそこで」




鯉心。

また難しい言葉と出会ってしまった。

今これだけ距離を離しているのに、今日由梨香が家の前で待っていてくれた意味が未だに分からない。


たまには自分で解決するか。最近友人達や由梨香に相談してばかりだからな。



そこからは一定距離を保ったまま、学校に着き俺の教室の前へ。

あれから彼女は一言も喋っていない。




「あの、帰りも一緒に……帰らない?」

「ん?俺はかまわないが、いいのか?」


自分のクラスへ入る前に、由梨香はやっと口を開いた。

俺の確認に彼女はコクンと頷く。


昨日までは逃げるように先に帰り、メールすら返信してこなかったのに。

鯉心、自由すぎる。謎過ぎる。



「なら、授業が終わったら迎えに行く。気が変わったら先に帰ってもいいぞ」

「か、帰らないよ!じゃあね!」


一応気を使ってみたら、彼女は頬を膨らませてプイッと顔を反らし、そのまま自分の教室へ入って行ってしまった。


何だか珍しい表情だ。

鯉心に気づいてからは彼女のしぐさが新鮮に見える。



「おはよう」

「あーリア充爆発しねーかな」

「朝から堂々と……嫌がらせかっての」


挨拶をしたら、どこか機嫌の悪そうな二人が窓の外を向いたままつぶやいていた。

そしてまた新しく聞く単語が。



リアジュウ……獣?

嫌がらせって……カラスみたいなものか?

無意識に何かを貪ったんだろう。



「そんなやつどこにいるんだ?」

「「お前だよ!」」



どうやら獣じゃないらしい。


説明を求めたら、女と男が並んで登校してくることを言うらしい。

ただ、これは複数あるリア充行為の1例に過ぎないとか。




「それなら、俺は幼稚園からリア充ということになるな」

「もういいよお前」

「妬んだ俺たちがバカだった」


意味を正しく理解した所で結論を出す。

すると2人は何故かさらに元気を失くしてしまった。



お前達、わけ分からないな。

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