2:remEmber

『実際、私に何の値打ちがあって、他の人、私と同じように神の像と肖である人が、私に仕えたのだろう』

-フョードル・ドストエフスキー

『カラマーゾフの兄弟』より






無料動画サイトにアップロードされた最新映画を眺めていると、度々宣伝広告がサブリミナルに挿入される。そのほとんどが小遣い稼ぎに丁度いい学生向けのPMC徴兵キャンペーンか、実際の葬儀をプロモーションとして使用した気前のいい葬儀屋の宣伝ストリーム。

違法動画を見るほとんどの人間が不死身である以上、学生は遠足がてらに戦地に赴いて平然と家路につくだろうし、死にたい奴はその後、平然と死ぬだろう。

おそらく手ぬかりのないスケジュールと棺の中で、荼毘にふされるのだろう。

「死に様をビデオクリップで見せつける輩も少なからずいる。人気者は特に」

いい宣伝になるからな、とフィンはぼくに既知の情報まで付け加えてくる。

こだわり抜かれたKFCの油っこいチキンを手に。

歯車の紋様がぐるぐると回転しながら、すぐさま元のコメディ映画にストリーミングされる。

「羞恥極まりない公開処刑でさえも、今や表現の自由で匿われている。いわゆる死の美学だな」

みんな声をそろえて言う。

今日は死ぬのにもってこいの日だって。全人類の価値観がアメリカのインディアンと変わらない。誰も彼もがハイデッガーだ。

「美学ってったって、面白いに越したことはない」

「君は喜劇好きか」

「笑い転げるくらいどうしようもない悲劇なら、大歓迎だ」

ぼくはそう言って、チキンを骨にするとフライドポテトを摘む。

チキンは、鶏が鶏になるための手段にすぎない。カーネル・サンダースはこの鶏を死体チキンにするまで、どんな気持ちで揚げ時間を計っていたのかな。


新生児はじめての機密シークエンス

まず、ナノマシン溶液に浸かり身体から危険物を洗い落とそう。

それから、生体膏粱クリームを塗ろう。

それをきれいに拭い取ったら、髪の毛から採取したバイオメトリクスに従ってつくられた基血と基肉を一飲み。

あとは適任アクシオスされるまで待つだけ。

この洗礼を受けた成長期を過ぎた大人の肉体でさえも、皮膚が剥がれ爪は伸び血液は交換され-絶えず変わり続ける。

MinuteMenは、そんな老いへと行進していく肉体を保ってはくれるが、パフォーマンスは徐々に低下する。

生ミイラ化された人のほとんどは凡ゆる環境下でも健康体だが、MinuteMENの不具合でちょっとした風邪をひくこともある。多くの場合、基血や基肉などの体内構造物のパフォーマンス低下や、クリーム磨耗によるナノマシンの不活性が原因であることが多い。メンテナンスなしには不具合を起こしっぱなしの人間は、どこまでも物質なのだと思い知らされる。

リビングに備え付けられたEPItrollerをかぶり、クリームを塗りたくった後のフィンは、何かに気づく。

本日のエウレカは何だ。

「人類は油が大好きだ」

ぼくは揚げたてのホットスナックが並んでいる陳列棚を思い浮かべる。

高温の油が小気味良い音を立てながらグルーブになる。

ぼくはジャンクフードが大好きなのだ。

「ケンタッキーはすぐそこだ」

「俺たちはフライドチキンを食って、クリームを塗って、それを石鹸液で洗い落としながら、こうして生きている。俺たちは油なしじゃ錆びちまうのかもしれんな。だから、司祭様は信徒に油を注ぐんだよな」

命を炎に見たてた。そして、神に選ばれし者の頭に油を注いだ。

ああ、知ってる。人の油はニトログリセリンの代わりになるんだっけ。

ぼくは生きている。死んじゃいない。

ぼくの心理状態を予測して、MinuteMenが視拡中に葬儀屋の宣伝広告を添付する。

「サラは報われたのかな」

フィンは、ぼくの頸にある鍵穴アンクを指しながら言う。

「もし魂なんて不躾なものがあるとしたらな。今しがた、走る血液の円環に乗った小さな機械の群れたちが、正真正銘の魂魄スペクターだ」

サラを満たしていたそれのことで、少しずつ抜き取られたそれのことだ。

理想の人間性のプロトタイプが魂云々ならば、姿形が異形であっても別段気にすることはないのかもしれない。

ぼくは、ある男の臓腑が一人称で自己紹介をし始める一冊の本を思い出してしまう。

わたしはサラの乳房です。わたしはサラの子宮です。わたしはサラの魂です。

「下手すりゃ、ぼくも名乗れるな。ぼくは中指と人差し指のイーサンですって」

「シュールだな」

彼女は伽藍とした洞だったと仮定するなら。

もしそうとするなら、ぼくとフィンを含めた、頸の鍵穴を埋め込めこまれた皆は同様にして空虚だということになる。

人間のつくったナノマシンクリーム

死を死滅させるためには欠かせないアイテム。

わたしをわたしたらしめるミクロなファクター

「間違いなく、俺ら生きた肉城の主は奴らだ」

俺たちは砂と油のサブシステムに過ぎないのさ。遺伝子が自らの意志でたんぱく質をカスタマイズしていないように、その箱舟である人間もまた遺伝子という言葉に規定されている。遺伝子はぼくたちの脳に語りかけてはくれない。彼らの話し相手になってくれるのは、きっと細胞たちだけみたい。

ぼくのKFCのお試しコンボセットを選択した意志は、ほんとうにぼく自身のものなのだろうか。

選択し、選択し、選択せよ。

世の中はこんなにもオーダーメイドを要求しているというのに、ぼくの自由意志の在り処は未だに見つからない。


サラは自分の意志で死へと向かっていった。

ぼくは葬儀省の監査官として、サラの父母の元を訪れた。

家族3人が暮らすには最適過ぎるほどの間取りには、彼女の剥製が大きな古時計のように佇んでいた。

「まるで生きているみたい」

「時間が止まっているんだよ、きっと」

ぼくは夫婦の会話を他所に、サラの綺麗なままの顔を見つめる。

彼女が微笑みかけているようにも見えるし、眉をひそめているようにも見えた。

ぼくは、父と一緒に見に行った博物館に眠っていたミイラの少女を思い出す。

彼女はマチュ・ピチュで神に生贄として捧げられ、500年の時を超えてゴミ清掃員に発見されたと説明書きにあった。

その後の解剖で分かったことは、ミイラ少女には内臓や血液が完璧な状態で保持されいた他、口内からコカの葉が確認されたという。

つまるところ、この巫女の役割を果たしていたと思しき少女は、幻覚催す葉っぱを噛み噛みしていたことで儀式の恐怖から逃れていたのだ。

それが死を強要された彼女が縋った、しあわせの理由だったのかもしれない。

サラはその少女のように、死を押し付けられてもいないし、誰からも最期を邪魔されたりはしなかったはずだ。人は遺伝子やミームによって規定されたりはしない。

「実は、数日前サラはカウンセラーの方とお会いしていたようなんです」

母親が口から出た前日譚が、ぼくには訝しげな言葉に聞こえた。

「お母様、それはサラさんがお心を病んでいたと」

「そうだったのかもしれません。私たちはサラを産む前に、彼女の事を思って遺伝子コーディネートを行いました。ええ、彼女の可能性を摘み取らない限りにおいてです」

親が予め与えた名前を任意に変更できる権利が与えられていても、彼女はそれさえ変えなかった。自分が望まれて産まれてきたのだと、彼女のために最大限の世代間倫理の下で命を生んでくれた、両親と祖父母と叔父母に感謝していたのだろう。何よりも、神よりも、切実に。

それでも、彼女自身についてのすべてのディテールを両親が熟知しているわけではないこともまた事実だ。

「その方は、お名前をベンジャミンと仰っていました」

先ほどまで木偶のように静かだったサラの父親が、ぼくに名刺を渡してくれた。

名前と連絡先と一行の言葉が印刷してある、既に死んだしまった文化の生き残り。

ぼくはこれから、この紙切れに『これからの最期をご一緒に』と書いた男に邂逅する。

彼女の残り香emberをたどっていく。






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