〈神話〉エルレイ地方の民話

 あるところにとても働きものの夫婦がおりました。

 旦那さんは歌も上手で、畑を耕しながらうたっていると、いろんな生き物が足を止めるほどでした。

 ですが、奥さんのほうは病弱で、赤ん坊を産むとすぐにしんでしまいました。

 旦那さんの魂は、悲しみのあまり、妻の魂と一緒に天にのぼってしまいました。

 残された赤ん坊は、一人の男に拾われました。

 男は、かわいそうな赤ん坊の両親の体を、森で一番光のあたる場所に埋めてやりました。

 この夫婦はそういうあたたかな人格を持っていたから、そこが一番だろうとおもったのです。

 男は、顔を真っ赤にして泣いている赤ん坊の手前、泣くまいとこらえておりましたが、眠るときになって、枕がわりのマントを涙で濡らしました。

 次の朝、男が目覚めてみると、彼は大きな樹の根本にねっころがっているのに気付きました。

 男が見ると、大樹はなんと、夫婦を埋めた場所から生えているのです。

 驚いているうちに、赤ん坊がぐずりだしました。手元にはもう、水の一滴もありません。

 すると困っている男の耳に、川の流れる音が聞こえてきました。

 それは本当の川で、いつの間にか大樹のそばを流れていたのです。

 男がそれをおっかなびっくりすくって飲んでみると、とても美味しい水だったので、急いで赤ん坊に飲ませてやりました。

 それでも赤ん坊は泣きやみません。

 男ははらぺこだったので、自分も泣きたい気分でいっぱいでした。

 すると、大樹の周りにぽこぽことたくさんの芽が芽吹きはじめてきました。

 土を耕してもいないのにです。

 双葉がすくすくと成長して背を伸ばし、色とりどりの実をつけました。

 イチゴ、うり、なす、オレンジにオリーブ、など、たくさんの植物が、大樹をぐるりと囲むようにいっぱいになりました。

 男がその木の実や野菜で腹を満たすと、体中に元気がわき起こってきました。

 そしてその足で、赤ん坊のミルクをもらいにいけるまでになったのです。


 その後、男が何度大樹のところへ戻ろうとしても、その大樹のところには行けませんでした。

 ですが、いろんな人が、大樹のことを知るようになりました。

 ある人は迷った果てに、ある人は目覚めたら、またある人は呼び寄せられるように、大樹の畑を見たことがあるというのです。

 その人たちが口をそろえていうには、緑豊かな畑は、大樹に見守られるようにいつも青々としていて、真冬の日にあっても、真夏の日にあっても、そこだけは春の陽気で満ち満ちて、風や鳥、小川が歌って、うさぎが昼寝をするような、明るくあたたかい場所だということです。

 ひとびとは次第に、この不思議で素敵な場所を〈神さまの庭〉と呼ぶようになりました。

 もし〈神さまの庭〉に住むことができたら、とっても楽しいでしょうね。


〈了〉

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【完結】純白の抒情詩《リューリカ》 黒井ここあ @961_Cocoanna

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