押入れが異世界に繋がってしまった話
@morithika
第1話
【一日目】
日記なんて書いたのは小学校の夏休みの宿題以来の事なので、日記らしい日記らしく書けるかどうか分からないが、とにかく書いてみる。
押入れが異世界に繋がった。
今こうして書いている字も、コトの異常さのあまり興奮して字が崩れている。
どうしてこんな事になってしまったのか、記憶を振り返る意味もこめて初めから書いていく事にする。
かなり長くなるかもしれないな。
まず始めに、俺は夜逃げの準備の真っ最中だった。
理由は簡単。雪だるま式に膨れ上がった借金が返せなくなったから、今ある持ち金で逃げられる所まで逃げようと思ったからだ。
連日連夜取立てに来る怖いスジの人達。
あいつらが来るたびにどうして借金の保証人になんてなってしまったんだと後悔し、いつか殺されるのではと恐怖に震えていた。
弁護士に相談すればなんとかなる、とかいう次元の話ではない。
ああいうヤの字のつく人達は、やるといったらやる。
明日になれば、もう俺がどれだけ泣き叫んだとしても拉致されて、タコ部屋か遠洋漁業の船に無理やり乗せられて死ぬまで働かされるだろう。
だから逃げよう。逃げるしかない。地の果てまで。
そう思ったんだ。
小さなリュックに入っているのは、なけなしの財産三千とんで五十六円と、母さんの写真に着替え一式と母さんの遺品であるお守り。
俺が持ち出せる財産は、それっぽっちだった。
絶望的すぎて笑いすらこみ上げてくる。
母さん、俺を助けてくれ。
そう思いながらお守りを握り締めつつ、部屋を出ようとする。
その時、俺は唐突に、押入れの中に何か忘れ物をしたような気がしたんだ。
だから、何故か惹かれるようにして押入れの戸を開けた時、俺は信じられない物を見た。
押入れの中に、階段があった。
しばらく頭が真っ白になった。
この部屋に引っ越した時にも押入れの中は見たが、こんな階段は無かった筈だった。
しかし、自分の目には間違いなくその階段が映っている。
一瞬、絶望のあまり自分の脳が幻覚でも見せているのではと思い頬をつねってみたけれど、どれだけ痛くしても目の前の階段は消えなかった。
部屋の中には誰もいないのに、俺は思わず周囲を見回した。
やっぱり俺以外には誰もいない。たちの悪いドッキリでもない。
こんなわけの分からない階段なんか放っておいて、さっさと夜逃げするべきだ。
けれど、俺の頭の中はその階段のことで一杯になっていた。
こんな絶体絶命の夜に突如現れた不思議な階段なんて。
いかにも、なフラグがビンビンに立っているように、思えたんだ。
結局、俺は恐る恐る押入れの中に身を入れて、階段の下を覗き込んだ。
奥は暗がりで良く分からなかった。
スマホの明かりでなんとかならないかと思い電源をつけようとして、そもそもスマホも借金のカタに取り押さえられていた事を思い出す。
仕方がないから、俺はおっかなびっくり階段を一段ずつ下りていく事にした。
その階段は俺の予想に反して木造ではなく、硬質で冷たい感触がする事から石か鉄かアスファルトか、それらのどれかかと思われた。
暗闇に目が慣れていっても、階段の終わりは中々見えてこない。
たびたび、後ろを振り返った。
どんどん小さくなる部屋の明かりだけが、俺が唯一安心できる材料だった。
一体どれだけ地下に降りていったのだろうか。
息の詰まるような不安感に襲われていた俺の目の前に、扉のような物体が現れた。
いや、まさしくそれは扉だったんだ。
複雑怪奇な魔法陣が描かれた、いかにも、といった扉だった。
俺はその扉にゆっくりと手をかけた。
ノブは止まる事無く回り、このまま押せば扉が開くだろう感触が伝わった。
この先はどんな場所に繋がっているのだろう。
このボロ長屋に伝わる隠し部屋か何かだろうか。
もしそうなら、明日にでも俺を拉致しにくるヤーさん達から身を隠せるいい隠れ家になるかもしれない。
俺はそんな淡い期待を抱きながら、扉を開けた。
そうして開いた扉の先には、俺が抱いていた思いよりも想像以上の物があった。
部屋があった。そしてまず、感じたのは埃臭さ。
暗く沈んだ部屋は何十年も掃除していなかったのか、埃が雪のように多いかぶさった家具が並ぶ。
むせそうになり、俺は服の袖で口元を覆ってなるべく静かに足を踏み入れた。
じっくりと観察すると、どれもこれも価値のありそうな、格調高い雰囲気を漂わせている。
俺はそれらを見つけたとき、とても喜んだ。
売ればいくらかの金になるかもしれないからだ。
けれど、今背負っている借金を全額返済できる程度の金額になるかといえばそれは微妙な所だった。
俺にはこの家具たちの正確な価値は分からないし、それを逆手にとられ借金の取立てとして安く買い叩かれるかもしれない。
そもそも、これらは俺の持ち物というわけでもないし。
よって、この家具たちの事は後回しにして、この謎の部屋について良く調べる事にした。
調べてみると、この部屋は地下室というよりも、洋館の一室らしいつくりである事が分かった。
別の部屋に続くと思われるドアも見つかる。
誰か他の人が居るとは思わなかったが、俺は慎重にそのドアを開けて顔を出した。
その先もやはり暗かったが、長い廊下が一直線に続いている。
盗人のように抜き足差し足で先に進むと、廊下の途中でエントランスホールらしき広場にぶち当たった。
どうやら俺が居た場所は、二階……と言っていいのかわからないが、とにかく二階だったらしい。
弧を描く階段を下りて一階に下りると、玄関らしき大きな扉があった。
まるでホラーゲームにありがちな洋館そのままだ。
これがもし定番どおりなら玄関の扉は開かないのだが、そんな事はなく扉は軽く押しただけで開く。
僅かに軋みながら開いた扉から、光が射す。
暗闇に慣れた目にまぶしくて、目を細める。
歩みだした先にあった光景を見て、言葉を失う。
空からさんさんと照りつける太陽光線。
ちちちちち、と鳴く小鳥のさえずり。
風にそよぎゆれる木々。
どう考えても、地下ではありえないその光景を見て。
俺は今度こそ自らの正気を疑った。
半ば呆然としながらも、俺はひとまず館に戻り気を落ち着かせる。
これはあの異世界という奴なのだろうか。
それとも日本の別の場所にワープしてしまったのだろうか。
あるいはもっと違う何かなのだろうか。
疑問は幾つか浮かんだけれど、それよりも気にする所は、俺が元の場所に戻れるかどうかだった。
異世界に転移してしまったり、神隠しに遭ったら大抵は戻れないのが世の常だ。
俺はその事に思い至り青ざめながら、急ぎもとの場所へと走り戻った。
だが結局、俺の心配はただの杞憂で、降りてきた階段は消えることなくそこにあった。
それで安堵したのもつかの間、どうして心配する必要があったのだろう、と自嘲する。
だって、俺は夜逃げの算段をしていたんだぜ?
そんな俺が今更、元の場所に帰らないと、だなんてちゃんちゃらおかしい。
逃げられるなら例え国外だろうが異世界だろうが、何処でもいいだろうに。
それに気がついてひとしきり笑った後。
……その手があったじゃないか。
と、俺は気がついたんだ。
・
二ページ目か、そろそろ手が痛くなってきた……。
ともあれ、そこからの行動はなるべく迅速に行う必要があった。
日付が変わるまで時間はそうない。
奴らは朝のカラスが鳴くよりも早く、取立てに来るに違いなかったのだから。
階段を駆け足で駆け上り元の世界に戻ってきた俺は、置きっぱなしにしていた夜逃げ一式の詰まったリュックを階段の下に転がす。
そして、部屋に出しっぱなしにしていた布団を押入れに持って来て、ぎゅうぎゅうに敷き詰めた。
他に出来るようなこともないが、しないよりはマシだと思ったからだ。
布団の下をもぞもぞと潜り、なんとか階段の中に身を滑り込ませる。
下から布団を引っ張って形を整えた後、俺はリュックを持って階段を急いで下りる。
降りた後は、埃を被った家具たちを扉の前に置きバリケードにした。
つまり二重の対策というわけだ。
姿を消した俺に怒り狂ったヤクザたちが、家捜しの果てに階段を見つけたとしても、最後の扉のバリケードによってふさがれる。
こんなもので大した時間が稼げるとは思わなかったけれど、今出来る最大の対策はそれしかなかった。
やるべき事が済んだ後、俺は館の中に何か武器になるものがないかと探し回った。
暗い館の中はどこもかしこも埃だらけ。
似たような景観の部屋をいくつか通り過ぎた頃、一階に武器庫らしき一室を見つける。
剣、槍、斧といった物騒な物らが並んでいて、長らく放置されたのかその殆どは錆が浮いていた。
現代日本でこんな銃刀法違反に引っかかりそうな物が、そんじょそこらにあるはずもない。
やっぱりここは異世界なのだろうか、と思いつつも俺は剣を一本取った。
やはりというかなんというか、鉄で出来ているだけあって剣はかなりの重量だった。
錆びにまみれているものの、思い切り斬り付ければ人の頭くらいならカチ割れそうだ。
二度ほど振ってみて手ごたえを確かめる。
借金返済のため重労働を続けていたかいがあった。
剣に振り回される事もないだろう。
そうして準備を整えた俺は、突貫作業で組み立てたバリケードの影で息を潜め、ヤクザたちの突撃を待った。
奴らがこのバリケードを破って出てきた時は、その機に乗じて剣で斬りかかるつもりだったからだ。
どうせ金も殆ど無い、ロクに逃げられるとは思えない。
だったらもう、とことんやることやってやる。
……なんてその時は考えてたけど、今思えば何も殺人までやらなくても、さっさと何処へなりとも逃げればいいだけなのに。
どうしてこんな事をしようと思ったのか、今でもわからない。
多分、混乱して頭が一杯一杯だったんだろうなあ。
……結局、何時間待ってもヤクザたちは来なかった。
バリケードを崩して、剣を抱えて恐る恐る階段を登ってみると、押入れに詰めていた布団は引きずり出されていたのか、階段の先は明るかった。
ゆっくりと階段から頭を出してみると、部屋の中は散々に荒れていた。
押入れのふすまにはスプレーで「金返せコラ!」と書きなぐられ、中身の綿が飛び出たずたずたの布団や、ベキベキにへし折られたちゃぶ台が転がっていた。
押入れの布団が捲られていた以上、階段の事に気がついているはずなのだが、どうしてかヤクザたちは気がつかなかったようだ。
色々と謎が残るものの、はっきりと分かっている事は一つだけある。
俺はどうやら、ヤクザたちから逃げ切れたらしい。
これが、一日目に起きた出来事だ。
押入れが異世界に繋がってしまった話 @morithika
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