14.既決試合
食事を済ませた我々は、準備を整え、店の外へ出る。 すると、例の自己中男が外壁によりかかって待っていた。
「やっと来たか、こっちだ」
ルターに案内されるままついていくと、決闘に最適であろう広場についた。 周囲には、既に100人近くの見物人が集まっていて、二人の登場と同時にざわつき始めた。 もう夜だというのに、これだけの見物人が集まるということは、街一の剣士というのもどうやら虚言ではなさそうだ。
交渉中に邪魔をされたことには少いささか気がたったが、正直、今回の勝負は私も少し興味がある。 森での一件では、魔獣の群れを相手に十分すぎる程の実力を見せてくれた。 だが、聞くところによると本業は凄腕の賞金稼ぎ。 挑まれた勝負にも全勝し、ベルセルクの名をつけられた彼が、対人戦ではどんな戦い方をするのか、中々の
二人は広場の中央へ出ていくと、一定の距離をとって向き合うと、ルターから威勢よく声をあげた。
「さあ、始めようか、ベルセルク」
「その呼び方、できれば止めてくれないかな...。 俺の本当の名はトルム・グラキエスだ」
「そうか、すまない。 次からはそう呼ぼう。 ...次が、あればな」
あの男、一体どこまで自分を過信しているんだ...。 いつか自滅するぞ...。
「ねぇジンク...本当に止めなくて良かったの?」
「ああ、この勝負を見ることで、俺たちも何か得られるものがあるかもしれない。 それに、あいつならきっと大丈夫だ」
そういえばトルムの奴、魔獣戦で盛大に振るっていた背中の大剣を、剣が抜けないようロックをかけたままだ。 あれではすぐに剣を取り出すことができない。 大剣で勝負に挑むつもりなら、準備をしろと言われた時にロックをはずしているはずだ。 ルターの装備は見るからに純粋な片手剣、もしやトルムは、あえて相手に合わせているのか? それとも、他に何か策があるのだろうか...。
「あー...そうだ。 勝負の前に3つだけルールを確認させてくれないかな?」
ルターと向かい合っていたトルムは、相変わらず一切表情を変えずに提案をした。
「いいだろう、何だ」
「魔法、または、魔剣はあり?」
「なしだ。 俺は純粋な剣の勝負をするつもりでいる」
「観客への被害は敗北同然と見なす。 いいかな?」
「当然だ。 己の剣で無関係な人々を傷つけるなど、あってはならない」
...トルム、一体何のつもりだ...? 今までの質問からすると、観客の前でルールを確認させることで、相手の動きを制限しているようだが...。 表情に変化がないので、考えが全く読めない。
「それじゃあ、最後の質問。 敗北の判定基準は?」
「そ、それは...どちらかが状況的に戦闘不能になるか、降参するかだろう」
「へぇ...君、つまんないね。 まあ、街中だし仕方ないか」
ここにきて何となく質問の意図が読めた。 トルムは彼がどれだけ勝負に本気なのかを量っていたのか。
ルターの言う状況的戦闘不能というのは、恐らく武器が弾かれるか、損傷するか程度のこと。 トルムは、自分から勝負を挑んできた癖に、その程度の心持ちでしかないということに飽きれているのだろう。
「じゃあ、ルール確認は終わり。 そっちからどうぞ」
トルムは背中の大剣ではなく腰に下げていた片手剣を取り出し、相手を煽った。 その蒼い片手剣は、月光を受けてさらに不気味に、美しく輝いている。
「...準備万態で何よりだ...。 さあ...! いくぞ!」
ルターが剣を抜き、街一の剣士の称号に相応しい、風のようなスピードで飛び出した。 それに比べ、トルムは剣を下に向けたまま、しっかりと相手を目で捕らえて立ち尽くしている。
「はああぁぁぁぁぁっ!」
ルターが気合いの入った声をあげて斬りかかったその時、タイミングを見切ったかのようにトルムが剣を上げ、一振りでその剣を弾き返した。 ...いや、ただ弾いたのではない。 トルムの剣に弾かれたその剣は、綺麗に刀身が折れていた。
その衝撃に彼も一瞬戸惑ったのか、斬りかかった勢いのまま地面に倒れこんだ。 それさえも華麗に避けたトルムは、すかさず彼に剣を向ける。 ルターが振り返った時には既に、彼の首元にはトルムの剣が付きつけられていた。
一瞬でついたその勝負に、見物人たちも驚きの表情を隠せない。 自分たちの街の剣士が、圧倒的な力の前になすすべもなく敗北した。 その事実に言葉も出ないようだった。
「...お、お前...。 まさかその剣は...!」
「何だ、知ってるんだ。 ディアタイト製の片手剣だよ。 俺が2番目に愛用している剣だ。 ディアタイト製品の特徴と言えば、最も重く、最も硬い」
ディアタイト、人間界の希少鉱石の一つで、今の所人間界の鉱物の中では最も硬い。 しかし、それと同じように最も重い。 そのため、武器として使うには、強靭な肉体と、それを使い続ける体力が必要となり、ディアタイトが武器の素材として用いられることは滅多にない。
どんなトリックがあるのかはわからないが、トルムが一振りでルターの剣を折ることができたのは、そういうことか。
「ば、馬鹿な...。 そんなもの、屈強な大男でもなければ使い続けるのも困難なはずだ! さっきのような動きができるはずがない!」
「そう? 俺は普段から大剣を使ってるし、重い物にも慣れてるんだけどな...。 俺の言うことが信じられないなら、このまま手を放してみようか? 重みだけで君を貫くと思うけど」
「くっ...卑怯な...」
「卑怯? 俺は大分前からこの剣を使っているし、知っていれば対策もできたはず。 現に対策をしてくるやつだっていた。 君の情報不足、準備段階で、君の敗北は既に決まっていたんだよ」
見事にプライドを折られ、絶望の表情を浮かべるルターに向かって、トルムは未だ首に狙いを定めたまま、容赦なく現実を突きつけていく。
「そんな...戦える時に戦うべき時だってある!」
「その結果がこれだろ? 今回は情報収集が先だった」
確実に相手の精神にダメージを負わせると、トルムは剣をしまい、去り際に言い放った。
「本気で俺を倒す気がないなら、もう二度と顔を見せないでくれないか。 安いプライドしかかけられない君は、つまらないうえに迷惑なだけだ」
さすが戦闘狂の説教は説得力が違う。 完全に図星を突かれたルターは、彼の正論に何も言い返せず、その場でしばらく座り込んだままだった。
街一の剣士、ルター・レグナードに一度も触れさせず、たった一撃で勝負をつけた少年、トルム・グラキエス。 またの名を掃除屋ベルセルク。
月光に照らされても輝くことのない、夜に溶け込むような彼の姿は、寒気すら感じた。 戦いに対する彼の思いは、並みならぬものではない。 彼の背に、どれだけ重い過去がのしかかっていようとも、いつかはそれを受け入れるのが、リーダーである私の役目だ。
我、勇者の魔王城へ 夢乃藤花 @Asuka_s99
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