13.掃除屋


 掃除屋ベルセルク? ベルセルクとは、鬼神の如く戦う異能の戦士のことで、狂戦士という意味もあるが、それと掃除屋という言葉が合わさると、どこか物騒な響きにしか聞こえない。

 このまま事を進めても、私の疑問符もイルミの興奮も収まらなそうなので、とりあえずそのトルムの呼び名について訊いておくか。


「あー...イルミ。 その掃除屋ってのは何だ?」

「えっ、ジンク知らないの!? トルムさんその呼び名で結構有名だよ!」


その呼び名で有名だと危険な人としか受け取れないんだが...。


「いろんな街に現れては、その街の賞金首や悪党を一掃して去ってく姿から、ついた名は掃除屋。 でも、報酬は殆ど貰ってない。 そうだよね!」

「...必要以上は貰わないだけ」


それだけ聞くと普通に、というか相当な善人だな。 まるで絵に描いたようなさすらいのヒーローだ。

 ...だが、問題はその後のベルセルクとかいう物騒なワードだ。


「じゃあ、その後についてるベルセルクはどういう意味だ?」

「あぁ、そっちね。 何でも、賞金首を一掃しちゃうもんだから、他の賞金稼ぎたちは稼ぎの元が無くなって、トルムさんのことあんまりよく思ってくれなかったんだって」

「まあ、そうなるだろうな」


急に街に現れたよそ者に、自分達の稼ぎの元を根こそぎ掻っ攫っていかれたら、本人等にとってはいい迷惑だ。 それどころか、街を移動でもしない限り、その仕事で食っていけなくなる可能性だって出てくる。


「それで、そういう人たちが結託して何回か決闘を挑んだらしいんだけど...」

「勝てないだろうなー...」

「何で分かったの!?」

「そりゃあ勝てないだろ...。 無傷で全試合圧勝ってところか?」

「な、何で分かったの...」


何故かトルムまで同じ反応をする。 お前が聞くなと言いたいところだが、続けよう。


「微少すぎる可能性にかけて挑んだ奴らも相当な度胸だが、賞金がかかる程の悪党を一掃できる時点で、トルムの強さが異常なのは誰でも分かる。 その強さは、森での件で俺自身も確認済みだ。 何より、歴戦の戦士の割には、服が綺麗すぎる。 基本的な手入れ以外に、修繕したような後が一切見当たらない」

「...凄すぎて引くレベルの観察力ですね...。 まあ...私もだいたいは気づいてましたけど」


本当良い性格してんなこの女...。 あからさまな見栄を張りつつさらっとこちらを貶してくる。 思わず脳内の言葉まで乱れてくる。


「そこからは俺が話すよ...。 勇者さんの言う通り、決闘は全勝だったんだけど...どの対戦相手も酷く怯えちゃってさ...。 俺は純粋に戦いを楽しんでただけなのに、なんでも戦い方が人間離れしてるとかで。 観衆か対戦相手の誰かが考えたんだろうけど、いつの間にか掃除屋の後にベルセルクが追加されてたんだよねー」


トルムの戦い方が人間離れしているというのは、魔族である私から見ても納得がいく。 正直、今の私なら挑んでも負ける気しかしない。 

 戦いを楽しんでいただけというが、そういえば森の件の時も戦闘中時折笑みを浮かべていた。 あれは戦いを楽しんでいたとか可愛い物ではなく、戦闘狂と言ったほうが近い。 魔族は、人を前にすると自身に満ち溢れた姿勢になる奴が多いので、トルムみたいな者も珍しくはない。 彼の場合、人間というより、魔族側にいても自然な気がする。 

 生半可な旅人が魔王の圧倒的な未知の力を前に恐れをなすように、彼を目の前にした相手は相当な恐怖を感じたのだろう。 そのうえ、どれだけ戦っても傷一つつけられず、笑みを浮かべながら襲われた日には、生きるトラウマ作成機と言わざるを得ない。


「...いや、お前の戦い方、相手からしたら相当怖いと思うぞ」

「...まじで?」

「トルムさんの戦い方は確かに少し癖がありますが、対人戦如きで怖がってたら、どのみち賞金稼ぎなんて向いてませんよ。 その人たち」


相変わらずの毒舌だが、珍しく正論を言ってくれた。 相手も相手だったのだろうが、確かにその通りだ。


「随分話がそれちゃったね...。 まあ俺はそういうやつだけど、それでもいいかな?」


戦闘狂に毒舌女、普通の人間ならだいたいの者がここで手を引いているだろう。 

 ...だが、魔王ヴェルカード・サタンは、一度欲しいと思ったものは可能な限り手に入れ、問題を考慮したうえでそれを受け入れる。 元は全魔族を束ねていた者、この二人以上に可笑しい奴の扱いにも慣れている。


 「問題ない。 それじゃ、改めてよろしく....」

「見つけたぞベルセルク!」


突然割り込んできた見知らぬ青年に、またも友好の握手を遮られた。 

 これで邪魔が入ったのは2回目だ。 さすがに運の悪さに腹が立ってくる。


「あー...また賞金稼ぎの方ですか?」


クレーマーに対応するかのように、トルムが慣れた口調で訊いた。


「何を言う! 僕はこの街一の剣士、ルター・レグナードだ! あんな低俗な奴らと一緒にしないでくれ」

「うわー...自分でそういうこと言っちゃうんだ...」

「こいつ...嫌い...」


青年の登場後、黄色い声や好奇の目を向け盛り上がる他の客とは反対に、うちの女性陣はゴミを見るような目を青年に向けている。 何となく、この二人が見た目と力だけで判断する単純な女じゃなくて良かった。

 そういう私も、この男は少し気に入らない。 初対面なのに会って数秒で分かるこの面倒くささ、もし森

で会ったのが二人じゃなくてこの男だったとしても、絶対に仲間候補にあがることはないだろう。 


「君、剣の腕前では中々有名だそうじゃないか。 街一の剣士として君のような奴を見過ごしてはおけない。 食事が済んでからで構わない、是非、手合わせ願いたい」


今は夕食時、なのにこれから手合わせを願いたいだと? 面倒くさいだけでなく自分勝手な要素まで持っているとは...稀に見る自信家の利己主義タイプだ。 こういうのは自分を過信しすぎているだけでなく、自分を中心に世界が回っていると思っていて最高に面倒くさい。 

 さすがにこんな堂々と私の交渉を邪魔されるのは黙っておけない。 一つ制裁を加えておこう。


「おいお前、街一の剣士だか知らないが、俺たちは今大事な話し合いの途中で、食事後にも予定がある。 自身のプライドのためにやっているのなら引き取ってくれないか。 くだらない」

「誰だ貴様は」

「勇者ジンク・ブレイバだ」

「お前など知らん」


...冗談だろ。 相手は自称剣豪、勇者の名を出せば少しは引き下がるかと思ったが、最強の切り札『勇者~だ』が効かないだと...。 勇者め...一体どれだけ勇者業をサボっていたんだ...。 宝の持ち腐れにも程がある。 まだ低レベルとはいえ、未だかつて名声が利用できない勇者などいただろうか。


「大丈夫だよ勇者さん。 パーティー加入の件はもう話がついたようなもんだし、食事ももうすぐ終わる。 それに、勝負だって...すぐ終わらせる」

「ふっ、随分余裕だなベルセルク。 噂によると君、各地の悪党を一掃して回ってるそうじゃないか。 その行いには感心だが...悪を切り捨てるだけでヒーローになれると思うな。 ...外で待ってる、準備ができたら来い」


軽い煽り合いが終わると、険悪のムードの中、ルターと名乗る青年は店の外へ出ていった。 

 何だかレベルの高い会話のようで、微妙に話が噛み合ってなかった気もするが...決闘の誘いに乗ったのはトルムの意志だ。 ここは、彼に任せるとしよう。 

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