12.交渉


 新たなる仲間候補を見つけた我々勇者パーティー(仮)は、例の二人を仲間に引き入れようと、酒場で談笑しようとしていた。 元戦士団員というトルム・グラキエスに、恐らく魔導士の神童ルキ・マラキア。 どちらもまだ謎が多いが、二人の戦闘能力の高さはこの目で確認している。 旅のパーティーに引き入れられれば、相当な戦力となってくれるだろう。 


 酒場で4人分夕食を頼む。 勿論勇者兼、パーティの費用だ。 ここで食事を奢っておくことで、さりげなく好感度を稼いでおくだけでなく、この2人は俺たちに借りができる。 外堀から埋めていくのは、交渉術において基本的なすべの一つだ。



 「ところでさ、二人はいつから旅をしてるの?」


注文の品が運ばれ、そろそろ話を始めようかと思った頃に、トルムがそう訊いてきた。 恐らく特に意図もない会話繋ぎのための言葉だろうが、イルミとは再会しただけの私では少し答えにくい。

 隣のイルミにアイコンタクトを送ると、以外にも上手く察してくれたのか、質問の答えを話し始めた。


「私たちは、1年前ぐらいに会って、そこから旅を続けてたんだけど...強敵から逃げた時にお互いはぐれちゃって、半年程会えてなかったの。 でも、この前偶然この街で再会してね! また旅を始めたってわけ。 本当奇跡だよねー」


大雑把ではあるが、解りやすく説明してくれて助かった。 最初は舐めていたが中々気が使える奴のようだ。


「確かにそれは奇跡的なものだね」

「まるで安い演劇みたいな筋書きですね...」

「...だが、俺は旅の途中強敵との戦いで重症を負い、一部記憶が曖昧になっている。 その奇跡的な再会も、俺には初対面のように思えた程にな」


一応保険としてその作り話も伝えておく。


 「そうそう、そのせいで何か人格も変わっちゃったみたいでさー。 前もたまにキモい時あったんだけど、今は別の意味でキモくなったっていうかー」

「どういうことだ」

「前は無駄に格好つけようとして滑ってる感じだったんだけど、今は逆に出来過ぎてて怖いっていうのかな...」


やはり、以前の勇者を知っている者からすれば、この人格の変化はかなり疑問に思うのだろう。


「残念だなぁ...俺も勇者らしく振る舞おうと努力したのに...」

「あっごめんごめん! そんなつもりで言ったんじゃ..」

「仲が良いんだね。 本当...羨ましい...」


トルムのその目は、ただ単に男女関係を羨む嫉妬の目などではなく、何か遠くを見ているような、昔を思い出しているかのような目をしていた。 ルキもその微妙な表情の変化に気づいたのか、トルムの方を見上げた。


「...どうかしました?」

「...ん? いや何でもないよ」


 トルム・グラキエス、この男は何か暗い過去を抱えている。 直感的にそう思った。 だがその程度のこと、見えなくても大抵の者は暗い過去の一つや二つ抱えている。 

 トルムの隣に座るルキの方も先程から観察しているが、見た目の割にかなり知的な少女のようだ。 魔導士なのも頷ける。 たまに言動に棘があるが、それも知能が高いという証拠だろう。

 知能が高かったり、頭の回転が速い者程、皮肉も冗談も面白い。 私の配下にも、そいつ一人で国一つ内側から崩壊させられる程口達者で、まるで詩人のように言葉が多彩な者がいる。 だが、そういうやつに限って、日々をのんびりと過ごしていて、新たなる娯楽や感動を求めていたりする。 ちなみに、例の配下とは呼称死神、リッチのことだ。


「...で、勇者さん。 そろそろ本題に移らない? まさか、何も考え無しで初対面の俺たちに、全額奢ってくれたんじゃないだろう?」


...ほう、こいつも中々察しの良い奴のようだ。 それなら彼の言葉通り、本題に移るとしよう。


「分かってるんなら話は早い。 ...二人には俺たちのパーティーに加わってほしい」

「私たちに...? 何でまた」

「森の件で、二人の戦いぶりに心を打たれた。 こちらとしても、魔王討伐の旅にはできるだけ実力のあるメンバーで行きたい。 ...もしそちらが良ければでいいんだけど、どうかな?」


切実な思いもしっかり表明しつつ、できるだけそちらの意志で決めてもらいたいと、遠慮する様も見せておく。 夕食を奢ったという借りも作ってある、これでどうだろうか?


「私は良いですよ。 パーティーにはいずれ入ろうと思っていましたし...自分で探すより都合がいい」

「俺も大丈夫だよ。 暇だし、面白そう」


暇だし、面白そう!? ルキの方はともかく、未だかつて暇だし面白そうなんて理由で魔王討伐パーティーに加入した奴がいただろうか。 いや、圧倒的な強さのあまり、戦いに楽しさや高揚感を求める半狂人もいるにはいる。 戦いを挑んできた旅人に対し、『どうしたお前の力はそんなものか』などと煽り、本気を出させてしまって魔族側が負けたというのは、よく聞く話だ。

 だが、生半可な気持ちでこの旅にこられるのはさすがに困る。 軽く忠告しておこう。


「分かっているとは思うが、この旅の最終目的は魔王を討伐することだ。 自ら危険な道を歩んでいくことになる。 俺も勇者といえど完璧超人ではない、痛い思いだって、させてしまうかもしれない」

「何言ってんの。 痛みを知らなければ、強くなんてなれないよ」

「旅に危険は付き物です。 危険じゃない魔王討伐への道なんて、とんだ拍子抜けですよ」


度胸試しするための軽い脅しのつもりだったのだが、むしろ失笑されてしまった。 どうやらこの二人はあれだ、ピンチに燃える系のヒーロー気質か。 まあ、魔王討伐パーティーにはうってつけのメンバーに変わりはない。



 「そうか、じゃあ二人とも、これからよろしく...」

「あー! 思い出した!」


私が二人に握手をしようと手を伸ばした時、しばらく黙っていたイルミが突然声をあげた。


「な、何だ急に」


突然のことに、思わず素がでかける。


「どっかで見たことある名前と格好だと思ったら...掃除屋ベルセルクじゃん!」

「...は?」

「それを大声で言うのは...ちょっと止めてほしいかな」

「.....」


 イルミがそう言った瞬間、周りにいた何人かの客が、一斉にこちらを見た。 あまりにも予想外な発言に、私はその場に固まってしまった。 ルキに至っては、頭上に疑問符が具現化しそうな程「何言ってんだこいつ」という顔をしている。

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