探偵の誤算

赤星士輔

探偵の誤算


「真犯人がどうして俺だと?」


「ぼくの推理はこうだ。A子が屋根裏部屋で倒れているのを全員が目撃したあの時点で、A子はまだ死んでいなかったのさ。それに倒れたA子の脈を診たのはあなた一人だけだった。あなたはA子が気絶しているだけだというのを知りながら、事件現場を荒らさないようにといって部屋に鍵をかけた。A子は目を覚ますと鍵のかかった真っ暗な場所に置き去りにされていて、助けを呼んでも本館から遠く離れていたから誰にも気づかれない。A子は仕方なく部屋の窓から渡り廊下の屋根をつたい、本館へと戻った。外は雨が降っていたから、部屋に置いてあった黄色いレインコートを着たんだろう。それがB子の見た館に現れるという『死体を弄ぶ亡霊』の正体だったという訳さ。だから屋根裏部屋の死体をぼくが確認しに行っても、当然そこに彼女の姿はない」


「それじゃ、C子の殺人はどう説明するんだ? 殺人があった時、俺は屋敷に居なかったんだぞ」


「C子を殺したのはあなたじゃない。あなたは本館の窓からA子を迎え入れるとナイフを渡し、屋敷を出ている間にC子を殺すよう唆したんだ」


「証拠は有るのかい?」


「証拠はない。だけど、ロビーでA子の旦那さんと親密にしていたC子を撮影してただろ? 『A子から旦那の浮気調査を頼まれていた』って。最初は死んでしまった人間の為に律儀な人だと思ったけど、そうじゃなかった。浮気の決定的な場面を見せることで、嫉妬深いA子に確固たる殺意を持たせたかったんだ」


「愛した男ではなく、男の浮気相手の女を殺す。女性ならではの行動心理かもしれないな」


「あとは計画通りに犯行が及ぶのを外で待てばいい」


「なるほど、非常に興味深い。面白い推理だ」


「A子がC子を殺すと、それを知った旦那さんがA子を登山で使うザイルで絞め殺した。そして、あの巧妙な『屋根裏部屋の密室トリック』が行われたという訳さ」


「それじゃ、最後に。俺の動機はなんだ?」


「動機?」


「そうだ」


「あなたに動機なんてない」


「それなら」


「でも、あなたはこの旅行を少しでも印象に残させたかった。普通の人だったら、あの数々の事件を芸術的に解決してきた日本一の名探偵が殺人に関与していたとは考えにくい。僕ですらまだ信じられないでいる。そして証拠も、それを証言する人間も死んでしまっているから誰もあなたを裁けない」


「そういう事だ。唯一の誤算は、君が勘付いてしまった事だな。名探偵ファンクラブ湯煙り温泉ツアーは楽しんで貰えたかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探偵の誤算 赤星士輔 @shisuke_akaboshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ