怪力、乱神を征す
鈴奈ちゃんと黒人の男が気になってつい後をつけてみたが、角を曲がって信号待ちのあたりで違和感の正体に気付いた。
二人とも臭いが全くしないんだ。ラーメン屋から出てきたらどんなに気を付けても多少はあるはずなのに。
しかも黒人の方はラーメンに加えて餃子まで頼んでるの見たし、近寄れないぐらいの臭いはしてもいいと思うのだが……
二人の目的地は意外と近かった。地下道に入り、潰れたテナントが並ぶ電気の消えた一区画を立入禁止のテープを越え、男の方のポケットから出した細身のライトで照らしながら奥へ入っていく。
こんな暗がりで何をしようっていうんだ?マジで怪しくなっていく。
「この辺でいいだろう」と足を止めた行き止まり、高い所に窓がありそこからさす陽で一応の明るさはあるが薄暗いことには変わりがない。
男が空の方の手でポケットを探って出したのは、遠くてわからないけどなにか液体の入ったガラス瓶のような。「始めるぞ」
パシャン。
ガラス瓶が床に叩き付けられると中の液体が飛び散り、かすかにここまで臭いが届いた。鉄臭い……血?誰かの血液だったんだろうか。
その液体が呼び水になったのかは分からないが、やはり奴らは音もなくどこからか来る。
奴ら。人を襲うレギオンとかいう怪異の者。20年前の最初の事件では四脚という特異な形態をしていたがどうやら姿形は不規則的に変化をしているそうだ。
現時点で判明している共通点は
・血の臭いと音に反応するらしい
・生物の血がエネルギー源
・生命活動が止まると気化する と少ない。
そして今現れたレギオンは緑色の肌をしてはいるが人型で、体が少し大きい分動きが鈍そうだった。
「わかってるな。これは試験だ……俺は手を出さん、お前だけでやれ」男は柱に背を預けて腕組みをし、顔も動かさずに言う。
「はい!」と、対する鈴奈ちゃん。そして持っていたでかい包みのジッパーを一気に引き下ろすと、中に入っていた馬上槍が満を持してその姿を現す。
相対して構える。持ち手付近のカップ状の鍔に顔を隠して一撃の機会をうかがっているように見えた。
そんな気迫を向こうは意に介さず雄叫びを上げながら体ごと突進してくる。まるで突けと言わんばかりじゃないか?
迎え討つ鈴奈ちゃんはここから見ても気合が入りすぎという感じだ。その表情を受け男がため息をつくのも目の隅でとらえた。よくない予感がする。
「やあっ!!」車が壁に衝突したような音を聞いた。槍はレギオンの腹から深々と刺さり背中にまで突き抜けていた。
鈴奈ちゃんが安堵しながら己の成果を見て槍を引き抜きにかかるのと男が「油断するな!」と声をかけるのとはほぼ同時。
異形の身体が爆裂し、中からやや小さなサイズのレギオンが3体飛び出してくるのを見た。
そして厄介なことに、1体こっちに向かってくる……!
どろどろに溶けた小型犬。そういう感じの奴だった。これが入ってた人型のとろそうな外見からすると想像できないような速度で距離を詰めてくる。
これは逃げられなそうだ。幸い小さいから冷静に立ち向かっていけば、なんとか……
あたしは物陰から体を離して3,4歩踏み込む。至近距離に肉迫し、ローファーをその体の下に差し込み噛まれないように祈りながら蹴り上げる。
ぼおん。意外と重みと体の粘り気があり楽にはいかなかったが何とか体を浮かせられたのですかさず前脚をキャッチ。ちょっとぬるっとしてる……
吠えながら首を動かし噛もうとしてくるがこの態勢であればこちらには届かない。
あとは力を入れて左右に引っ張るだけ。
「すぅーッ……ほあッッ!!!」呼気とともに何も考えずに怪物を上回る怪力で獲物を引き裂きにかかる。
腕の筋肉がミチミチと唸り、丸太の様に膨らんでいく。奥歯が割れそうなほどの気力でもって、ゴリラじみた筋力を一気に目覚めさせ怪異を捻じ伏せようとしている。
あたしの知ってる犬よりは堅いけど存在しているのは確かなんだ、存在しているなら破壊してやる。
やがてレギオンの体に亀裂が入り「だあっっ!!」とどめとばかり気合を込めて引っ張ると、一際高い断末魔とともにはじけて裂けた。
スプラッタになってしまうかと思ったがあいつら臓物も血も詰まっていないらしい、綿のようなキラキラしたものしか出てこなくて、まあよく考えたら制服だったんだしその点は助かったかな。
「……流田、さん?」まあそりゃ気付くよね。
ぜえはあと息を整えるあたしに駆け寄るという事は鈴奈ちゃんもあれを倒したのだろうか。それはちょっと見たかった。
「うん、わかる?朝会ったよね、玄関で立ち話した」
「その……髪の色、目立つんで」
「あー」赤茶色した髪の毛を指でくるくる巻き付けながら納得してみせた。
ちなみに地毛で、手入れの方法がわからなくてそのまま伸ばしてる。理髪店のおじぃに頼んでもいいけど、ちょっと勿体なくない?
「それで、どうしてここに?」
いや男の人といるの見かけたから気になって、と伝えると「ああ……うーん」と複雑な顔で黙ってしまった。やっぱ難しい関係なのかな。
「それは、俺達が『怪物狩り』だからだ」と、男。
あれ、柱のそばから動いてない?という事はそれぞれ1匹ずつでなくて鈴奈ちゃんが2匹、か。
「まあ秘密の活動ではないし、君は充分な強さを持ってるな?……客人として俺達のアジトに招こう、ついて来てくれ」
言うが早いかすたすたと背を向けて歩き始める。その速度に遠慮はない。
それにしてもやっぱ疲れた。ラーメン食ったエネルギーもここで全部使ったみたいで、さっきから呼吸に集中してはいるんだけど全然整わない。
「大丈夫、流田さん……?」上目遣いで心配そうに声をかけてくれる鈴奈ちゃん。黒い大きな瞳が近づいてきて、収まらない胸の鼓動と相まって……いかんいかん。
「まーね……大丈夫」背筋を伸ばして天井を睨みながら親指を立てて見せる。「あとさ、やっぱり明乃でいいよ。同級生……だよね?なんだしさ」
フライ・ミー・トゥ・ザ・ペーパームーン @lintooooon
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