フライ・ミー・トゥ・ザ・ペーパームーン

風に吹かれて

きっといつの時代でも変わらないんだろう。チャイムの音が間延びしていて今の状況にそぐわないような気になってしまうのは。


「あー……く、ふぁ」伸びをしながら廊下で1限の予鈴を聞く。ばたばたと同級生たちが慌ただしく駆けていく中をのんびりと玄関へ。

あたし、どうしてこんな子になってしまったんだろう。中学までは勉強も楽しかったのに。

体の調子はいいよ、走ったり跳んだりは男子よりもよく出来て、最初の体力テストの頃なんか何キロだかは忘れたけどバーベルを片手で挙げて生徒も先生も驚いてたっけ。

だけどそれも最近になってから度が過ぎてきた。机に座ってるとうずくような感じで集中できなくて当てられても答えられないことが増えてきてね。

クラスからもなんだか浮いてきちゃって……だから朝のHRだけは出て、授業は受けずにぶらぶらと街に出る。そんな生活のリズムもすっかり慣れてきた。


靴を履き替えようとしたところ先客がいた。「駒代鈴奈こましろすずな」という名前だけが浮かぶが直接は会ったことがない、だけど早退が多いから共通点はあるかもねっていつか話題にしていたのを思い出す。

こんな早よから早退かあ。親近感が湧いちゃうね。よおし。


「すーずなちゃーん、かーえりーましょっ」と後ろから飛び込むように抱きついてみると小っちゃくて細い、大柄なあたしからすると人形みたいなサイズだった。

抱きつかれた方はよほど意表を突かれたのか「ひァァ!」という声をあげながらじたばたと暴れる。はっはっは、よーしよし。

にしても、間近で見るとこれまた人形みたいなきれいな黒髪。あたしの髪なんか赤茶けた色でブラシで梳いてもなかなかまとまらないから、ちょっと羨ましいな。


そんな髪をさらっと回して心を見透かす様なまんまるの瞳を見開いて睨む。顔のパーツも整っていて少し日に焼けているのを除けば撫子タイプの美人と言ってよかった。

「な、流田さん? 何?」

「あ、そう流田明乃ながるたあけの」自分を指さしながら言う。「クラス違うのに名前知っててくれてたんだ」

「有名だし…… サボリ魔、って」たははは…。

「否定しないよ、事実これからさぼるし。で、そっちは?」

「いや、その… 用事で」

「ふーんー… あのさ、ついてっちゃダメ?」

食い気味にダメとか言われたからついアームロックをかけてしまったけど冷静になってみると無理も言えないよなと思ってすぐに外した。


「ああうん、わかる、わかるから聞かない」その手に持ったでかい包みを見れば。

ホントにでかい。小さい鈴奈ちゃんが持っているから錯覚でより大きく見えているのだろうか、その手には2メートル超くらいの棒状のものが入った布製の包みが握られていた。

釣り竿かな?この辺に釣り堀なんてあったっけ…

それに近い大きさでパッと思い付くのは釣り竿くらいしかないのだが、それが釣り竿でないことはしならず真っ直ぐに立ち、やや膨らんだ先端部が伝えていた。

「えっと、それじゃ急ぐから…」

大きな包みに目を奪われているうちに鈴奈ちゃんはそれを肩に担いで帰ろうとする。

「…あ、うん」特に引き留める理由もないし、あたしとしては小さく手を振って見送るだけだ。


校庭に出て振り返りながら壁に据え付けられた時計を見るともう1限目も半ばを過ぎたところ。だらだらしすぎたかな… ま、時間はたっぷりあるけど。

「さて、今日はどこへ行こう?」やや大きめに口に出すと、学び舎に背を向けて歩幅を広くとるように歩いていく。


さわら理髪店の扉を開くと括り付けてあるベルがガランと音を響かせ来客を伝える。

「おう……って、まーた明乃ちゃんか」と呆れ顔で出迎えてくれる床屋のおじぃに手を振り振り、まるでそこが定位置ででもあるかのように吸い込まれていく。

横になりながらマガジンラックに手を突っ込んで「おじぃ、今月号の『男の台所』まだ?もう出てるはずなんだけど」

「ジェーケーの癖にそんなもん読んでんじゃねえよ、ちった女らしくしたらどうだ」

「えー今時そんなの流行んないよ、さべつださべつだー」

「お前な、そんなん言ってるから売れ残っちまうんだぞ?辛いぞ世間様から後ろ指さされて生きんのは」

言葉とは裏腹にそんな心配とか期待をあたしにかけていないことがわかるからだろうか、おじぃとこうやって軽口を叩きあうのは心底楽しい。


そしてこの理髪店には客がたまにしか来ない。

生活できてるのか不安になるレベルで。

だからいつも「暇だからな」とかなんとか言って嫌な顔せず迎えてくれ、あたしの為に趣味で取り寄せてる珈琲豆を挽いてくれるんだ。

これがまた「いつもながらメチャウマです、ご馳走様です」

「そう思ってるなら金払ってくれりゃいいよ」おじぃ、本当に長生きしてほしい。


その後しばらくゴロゴロしながらとっくに全巻読んだ漫画を読み直したりしてると「もうお昼か…」ということに気付く。

居心地はいいけどちょっとお腹も減ったし、そろそろ動きますか。

ソファから身を起こして立ち上がると体が名残惜しむようにちょっとふらついた。

「それじゃおじぃ、珈琲ご馳走様でした。また来るねー」

「おう。別に来なくていいぞ、つうか学校行け」

ガラン、ガラン。


目眩がするのはただの貧血だから大丈夫だけど、最近はちょっと食べないとすぐエネルギーが切れてしまって。

高校に入ってから筋肉がつき出したのと関係あるのかな?


そんなわけでお昼はサブローラーメンにする。

食べごたえバッチリの太角麺にパンチのある濃厚なスープが絡めばそれだけで昇天は確実だけど、なんと言っても目玉は目を疑うようなデカ盛りトッピングだろう。

食材の冒涜めいた美しさ度外視の野蛮な盛り付けは見ただけでお腹いっぱいになるインパクトを秘め、悪魔的な高カロリー故に依存性があり食べ続ければ廃人必至と言われるほどだという。

まあ実際、そんなヤバい味だとは思えないけど。


美味いけど昼だし冷房きいてるとはいえ中から暑くなってくるなあ、と店内を見回すと知った顔というか今朝会ったばかりの顔があった。

「鈴奈ちゃんじゃん」

うわ、なんで?でかい包みも一緒だけどあれ持って屋内に入るのちょっと難しくないか。

あとあの身体にラーメンとかちょっと入りそうにないし、こんなところで会うとは思わなかった。

しかも鈴奈ちゃん、一人じゃない。タンクトップ着た細マッチョな黒人の彼氏と一緒で「あ、用事ってそういう…やるねぇ」と下世話な想像を口元に表してしまった。

違う違うそうじゃない。彼氏だなんて決まったわけじゃないし、見てもないのに外野があれこれ言うのは無粋なだけだろ。

とにかく自分のラーメンに集中しよう…

とするとその男が「さて、仕事だ。行くぞ」なんて言い出して壁に掛けてあったジャケットを羽織って店を出るもんだからあたしもつい本気になって完食してしまった。

なんだろう、あいつなんかおかしい感じがする。どことははっきりわからないし、急いで食べ過ぎただけかも。

よくわからないけど鈴奈ちゃんのことも気になるし、追っていこう。暇だし。

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