「住人」

 すっかり体が冷えたシエルとソレイユは、テールが持参したタオルで体を拭いて着替えを済ませると、食堂へ向かった。朝食の時間……のはずだが、食堂はがらんとしている。二人を出迎えたキュイも、早々に厨房へと戻っていった。食堂には音楽が流れ、そこに小鳥のさえずりが重なる……のどかな食卓。

「……すごい食欲だな」

 シエルは目をぱちくりした。テーブルを挟んで向かい合っているソレイユが、もりもりと料理を頬張っている。「ほぉかな?」と本人は自覚がないようだが、朝からこんなに食べる人間を、シエルは見たことがなかった。大皿一杯に盛られたサラダやパン、スープが、次々と平らげ……シエルはその見事な食べっぷりを見ているだけでお腹が一杯になり、フォークとナイフを皿に並べる。……昨晩も、散々食べたしな。

「もういいの?」

「ああ」

「そんなに大きいのに……お腹、減っちゃわない?」

「ああ」

「ふぅん、そうなんだ」

 ソレイユの視線は、シエルの前に置かれた皿……の上にある肉に注がれている。

「……食うか?」

 シエルがフォークのナイフをどけて、皿を差し出すと、ソレイユは「やった! ありがとう!」と躊躇うことなく肉をフォークで突き刺し、口に運んだ。にこにこと幸せそうな笑顔……そういえば、の肉は久し振りだと、昨晩も言っていたっけ。確かに、料理は野菜や豆、穀物が中心だった。テールなら酵母肉などの人工食材を作り出すこともできるだろうが、食卓に並んだ料理の鮮度と奥深い味わいは、それらが天然の食材であることを感じさせる……要は美味いのである、とっても。

 食事を終えると、ソレイユはすぐに立ち上がり、使用済みの食器類をてきぱきと回収。祖の合間に、食後の紅茶をシエルのカップに注ぐことも忘れない。

 やがて厨房に入ったソレイユは、大きな台車をガラガラと、両手で押しながら現れた。台車にはバスケットがたくさん積まれている。シエルはカップを片手に椅子から立ち上がると、台車を押し続けるソレイユに歩み寄った。

「……おやつか?」

「まさか! これから、配達のお仕事なんだ!」

「配達?」

「うん! みんなの朝ご飯!」


 ソレイユの配達に、シエルも同行することになった。他にすることもない、というのが正直なところで、町を見て回ることもできれば一石二鳥……ぐらいの感覚。

 調理を終えたキュイは、食堂で朝食を摂っていた。ソレイユほどではないが、テーブルには相当な量の料理が……ビブリオでは、これが普通なのだろうか。

「これぐらい食べないと、体がもたないからね。一日中、厨房に立つためにはね」

「キュイさんお一人で、皆さんの食事を作っているんですか?」と、シエル。

「そうだよ。ここの爺さん、婆さん達は料理なんかに興味がなくてね。ソレイユには期待していたんだけど……まぁ、この子は食べる方が性に合ってるみたいだね」

 ソレイユは「えへへ」と照れ笑いを浮かべ、シエルは肩をすくめた。

「それは……大変ですね」

「好きでやってるからね。生き甲斐、といってもいい。不思議なもんでね、みんな好き勝手にやっているんだが、自然と役割分担ができているんだよ。まぁ、中には何の役にも立たない奴もいるけど……私の料理にケチをつけない限り、文句はないさ」

 キュイはそう言って、豪快に笑った。


 食事中のキュイに見送られ、配達が始まった。バスケットが満載された台車は見るからに重そうで、見かねたシエルは手伝いを申し出たが、「これは私の仕事だから!」と、ソレイユは譲らない。「でも、ありがとう!」

 最初の配達先はガラだった。食堂からほど近い広場で、機械をいじっている。

「キュイの奴がさ、掃除機が壊れたとか言うから、ちょいと分解してるんだ」

 ガラが指し示す先には、掃除機から取り外されたパーツが並べられていた。

「使えなくなったなら、テールに言って新しい物を作れば……」と、シエル。

「馬鹿言っちゃいけない。こいつは、使えなくなったわけじゃない。単に壊れているだけだ。ちょいと直してやれば動き出す……かもしれない。また使えるようになる……かもしれない。まぁ、技師にはこんな話、釈迦に説法もいいところだが」

「そんなこと……」

「偉そうなことを言ってみたが、俺がやっていることは単なる道楽だ。それこそ失敗したら、テールに新しい物を作ってもらえばいい。だが、ガルディアンともなればそうはいかない。だからな、シエルよ。俺は技術者として、君を尊敬するよ」

「俺は、そんな――」

「おし、じゃあちょいと飯にするかな。続きは後だ」

 ガラは工具を置いて手袋を脱ぎ、ソレイユからバスケットを受け取った。シエルは傍らに置かれたバイク……昨日と同じ姿……に目を向け、ガラに尋ねる。

「そういえば、オーバーホールは……」

「オーバーホール? ああ、君のバイクはそこまでしなくても――」

 そこまで言って、ガラは「しまった」と口を押さえた。

「……やはり、その必要は無かったんですね」

「あー……いや、老朽化が進んでいたのは本当だぞ? 整備だって――」

「でも、走れないほどではない」

「……悪く思わないでくれ。何せ八年振りの客人だ。それをもてなしもせずに返してしまうのは、余りにも惜しい。もちろん、君の都合があるのも分かる。だが……」

「いいんです。一日、二日じゃ何も変わりませんから」

「そうか、それならよかった。まぁ、俺に任せておけ。出発までにはぴっかぴかの新品同様に整備しておくからさ。もうしばらくいられるんだろう?」

 シエルはガラの問かけに、曖昧に頷くことしかできなかった。


 ガラの次に出会ったのは、プロムという老人。鼠色の帽子がトレードマークだ。

「プロムはいつも散歩しているんだよ!」と、ソレイユ。

「いつも?」と、シエル。

「まぁ、言葉通りですな。私はこのビブリオを、一日中歩き回っております。時間、日、天気……その時々によって同じ道は一つとしてない。まぁ、飽きることはありませんわ。歩きながら、色々と思いを巡らせる……それが、楽しいんですわ」

 そう語るプロムの表情は穏やかだった。シエルは顎先に手をやり、質問する。

「例えば……どんなことを考えているんですか?」

「それはですな……まぁ、恥ずかしくてとても人様に言えないようなことですな」

 シエルが返答に困っているのを見て、プロムはにやりと笑る。ソレイユがバスケットを渡すと、プロムは「ベンチで頂くよ」と、帽子を取って別れを告げた。


 次にシエルとソレイユは、橋へと向かった。橋の上には、シエルが川で見かけたままの姿で、パイクを咥えた老人が釣り糸を垂らしている。ページュという名前。

「儂は釣りが好きでね。この川ではイワナやニジマスが釣れるね。他にも釣り場は色々ある。釣った魚はキュイに料理してもらう。ちゃんと貢献しとるわけだ」

 シエルが「美味しかったです」と言うと、「だろう?」とページュは嬉しそうに頷き、釣果ちょうかを二人に見せた。バケツの中で元気よく泳ぎ回る魚を見て、ソレイユは「美味しそう!」と声を上げる。まだ食べる気か……シエルは呆れて首を振った。


 ページュと別れたシエルとソレイユは、菜園へと向かった。食卓を彩る野菜の数々は、やはり自然のものだったのである。菜園ではオルティという老婆が二人を出迎えた。ここでは野菜だけではなく、果物や観葉植物も育てているのだという。大きなビニールハウスが立ち並ぶ様を見て、シエルは驚いた。

「まさか、ここを一人で管理しているんですか?」

「そうなのよ。テールが手伝ってくれるから、私だけでもやれてるの。ハウスの水撒きとか、温度、湿度の調整も、全部自動なのよ。大昔の農業ってなると、害虫とかも大変だったみたいだけど、ここだとそんな心配もいらないしね。私はただ、成長していく姿を眺めるだけ。もうちょっと手がかかった方がいい……なんて言ったら、贅沢でバチが当たっちゃうわよね」

 そう言って、オルティは笑った。麦わら帽子がよく似合う、恰幅のいい老婆。二人はオルティに採れたてのイチゴ……大きくて、甘い……をご馳走になった。


 菜園を後にしたシエルとソレイユは、ベンチの上で寝ている老人を見つけた。「すぐに見つかってよかった!」と、ソレイユは台車からバスケットを取り上げる。

「ルポはね、ずっと寝てばかりいるんだよ!」

「……大丈夫なのか、それ」と、シエル。

「うん。色々な場所で寝てるんだよ。起きては移動して、また寝てるみたい」

「じゃあ、朝食はどうするんだ?」

「ここに置いとくの。起きたら食べるよ」

「それでいいのか? 保存とか――」

「大丈夫、大丈夫! 今までもそれでずっと大丈夫だったから!」

 複雑なシエルの思いを余所に、ソレイユはバスケットをルポの枕元に置いた。幸せそうな寝顔……薄手のシャツの下に細い腕を突っ込み、ぼりぼりと掻いている。

 ソレイユは「うんしょ!」と気合いを入れて、台車を押し始めた。


 次の出会いは、音楽と共に。シエルとソレイユが家に近づくほどに旋律は大きくなり、その中心にはミュジックがいた。庭でヴァイオリンを演奏している。二人に気付くと演奏を止め、微笑んだ。黒い燕尾服が良く似合う、小洒落た老人である。

「今朝の曲はどうだったかね? いや、今の曲じゃない、食堂にかかっていたやつさ。いつも私が選曲しているのだよ。今朝の曲は私の自信作『目覚めのバラード』だ……っと、今、いいメロディが浮かんだ。よかったら聞いてくれないか? ああ、ソレイユ。朝食をありがとう。でも、今はそれよりも演奏だ!」

 ミュジックは喋るのももどかしいとばかりに、ヴァイオリンを弾き始めた。シエルとソレイユは椅子に座り、演奏に耳を澄ます。やがて唐突に演奏を止めたミュジックは、バスケットを掴んで家の中へ……今の曲を、楽譜に書き留めるのだという。

 シエルとソレイユは顔を見合わせ、肩をすくめた。


 次に出会った老人はエシェック。ソレイユ曰く、散歩好きのプロム、釣り好きのページュ、昼寝好きのルポと並んで、見つけるのがとても大変らしい。エシェックはチェスの名人で、色々な場所で一人チェスを楽しんでいるのだが、今朝は相手がいた。噴水の脇で、エシェックとチェス盤を挟んでいるのは……テールである。

「……何をやってるんだ、お前は」と、シエル。

「見ての通り、チェスだよ」と、テール。

「テールには時々、相手になってもらっているんだよ。一人でやるのもいいが、やはり相手がいた方が面白い。とはいえ、ここで私の相手になるのはテールぐらいだからね。時にシエル、君はチェスをやるのかね? ん?」

 足を組んで座っているエシェックが、シエルを見上げる。眼鏡の奥の眼光は鋭い。

「あの、昨晩も言いましたが……」

 シエルが首を振ると、エシェックは残念そうな顔を隠そうともしなかった。

「それは残念だ。本当に残念だ。時に、今からでも始めてみる気はないかね? チェスを始めるのに早い、遅いは関係ない。まぁ、私は子供の頃から神童と呼ばれ――」

「チェックメイト」

「何っ! そ、そんなはずは……むむむ!」

 エシェックはチェス盤を睨んだ。その向かいで、平然としているテール。

 ……ソレイユは唸り続けるエシェックの隣りに、そっとバスケットを置いた。


 シエルとソレイユが次に訪れたのは、呉服店だった。店内には色鮮やかな布地や糸が壁一面に並んでおり、男性用に女性用、子供用に大人用、様々な衣服が飾られていた。帽子や靴、眼鏡、傘、杖といった装飾品も目を引く。店主の老婆クテュールは、店の奥でレースを編んでいた。クテュールはシエルを見るなりレースを置いて立ち上がると、その体を小さな目で観察し始めた。

「昨晩から気になっていたんだが……お兄さん、これは、ガルディアン製かい?」

 クテュールはシエルの作業着を、節くれ立った指先で引っ張った。

「いえ、これは手作りです。先生の知り合いの職人が――」

「だろうね。テールには悪いけれど、工房の大量生産ではここまでの品はできないはずだよ。まぁ、人間に気を遣って、わざと品質を落としている可能性もあるが……」

 クテュールはぶつぶつと呟きながら、作業着を眺めて回る。そして一言。

「じゃあ、脱いでおくれ」

「えっ?」

「ボロボロじゃないか。でも、つくろえば、まだ使える。洗濯も必要だね。恥ずかしがることはない。下着まで脱げとは言わないからさ。ほら、脱いだ脱いだ」

「はぁ……」

 シエルは作業着を脱いで、クテュールに手渡した。それを見て、ソレイユが一言。

「いいなぁ。クテュールは十八禁でも大丈夫だもんね」

 ……何がいいなぁ、だ。シエルはソレイユの視線に気付き、背中を向けた。

「ほら、下も脱いでくるんだ。替えなら奥にいくらでもあるからね」

 シエルは言われるまま店の奥に行き、服を選んで着替える。ジャケットとズボン。脱いだ作業着の下を畳みながら店内に戻り、クテュールに手渡す。クテュールはまじまじとシエルの姿を眺め、うんうんと肯いた。

「似合うじゃないか。やっぱり、中身がいいと服も映えるね。ソレイユがもっとお洒落に興味を持ってくれれば、こっちも張り合いがあるんだがねぇ……」

「私はこれが気に入ってるの! 動きやすいし、肌触りもいいし!」

 ソレイユはオーバーオールのポケットに手を入れ、胸を張った。

「それも、クテュールさんが?」と、シエル。

「うん、そうだよ! この手袋も、靴も、靴下も、下着も、全部!」と、ソレイユ。

 ……そこまでは聞いてないんだが、とシエルは首を横に振る。

「気に入ってもらえるのはありがたいがね。ミュジックなんぞ、曲ができる度に新しい服を頼んでくるものだから……長く使ってもらえる方がいいんだろうねぇ」

 しみじみと頷くクテュールにバスケットを渡し、シエルとソレイユは店を出る。間もなく、新しい燕尾服の発注があるであろうことは、黙ったまま。


 次に出会ったのは、「天気お爺さん」タンだった。頭は綺麗に禿げ上がり、腰もしっかり曲がって……今まで出会ったどの老人よりも、老人らしい姿。ソレイユ曰く、タンは町中を動き回っているものの、移動範囲が狭いので、見つけるのは簡単だという。今日は日時計の側で佇んでいるところを、ソレイユに発見された。

「タンの天気予報はよく当たるんだよ! ねぇ、今日のお天気は?」と、ソレイユ。

「昨日は見事な夕焼けじゃったからな……晴れじゃ!」

 突然の大声。シエルは耳を塞ぎつつ、空を見上げる。まぁ、晴れている。

「……明日の天気を聞いた方がいいんじゃないか?」と、シエル。

「だって、今日はまだ始まったばかりだよ?」

 ソレイユはそう言うと、タンにバスケットを手渡した。タンはうんうんと頷く。

「ところで、そちらの方は……はて、どなた様でしたっけかのぉ?」

 昨晩もお話ししましたよ……という言葉を飲み込み、自己紹介するシエル。


 ――バスケットも残り一つ。軽くなった台車が向かった先には、これまでと決定的な違いがあった。臭いである。強烈な獣の臭気……そこは、牛や鶏、豚などの家畜が飼育されている、大きな農場であった。シエルは嗅ぎ慣れない臭いに鼻を押さえたが、ソレイユは平気な顔で牛や馬に「おはよう!」と挨拶。そして、厩舎の前に立っている老婆にも、手を振って声をかけた。

「ミネ、おはよう!」

「おはようさん。肉は美味かったかね?」

「うん、最高! 感謝、感謝!」

「そうかい。苦労して潰した甲斐があったよ。お前さんも、堪能したかね?」

「はい、それはもう……」と、シエルは何度も頷く。

 ――何とも言えない凄み。ぎろりとよく動く瞳で見つめられ、シエルはたじろいだ。もし魔女というものが存在するならば、この老婆のような姿であろう。その足下にいる黒猫が、シエルには不吉な使い魔にしか見えなかった。……昨晩は延々と、感謝の祈りなるものを捧げさせられたシエルである。

「ソレイユや。クロにも朝ご飯をやっておくれ。私のは、いつもの場所でいいからね」

「了解! クロ、おいで! ご飯だよ!」

 言葉が通じたのか、黒猫はソレイユの足下へ駆け寄ると、しきりに体を擦りつけた。「あはは! 歩きづらいよ!」と笑いながら、ソレイユは家の中へ。黒猫もその後に続いた。厩舎の前には、ミネとシエルの二人だけ……気まずい雰囲気。

「驚いただろう? 本物の家畜がいるなんてさ」と、ミネ。

「え、ええ。ここの管理は、ミネさんがお一人で?」

「ミネさんか……ふふ、そんな他人行儀な呼ばれ方をしたのは久しぶりだね。全部一人でやっている。テールの協力があってこそだがね。オルティの菜園と一緒さ」

 そう言って、ミネは柵の中で草をむ牛を見やった。

「ここの住人は、昔ながらの生活をしている。昔、というのは、人類が宇宙に出る前の話さ。星の上で暮らすには、その方が合っているんだろうね」

「はぁ……」と、シエルは戸惑いながら頷く。

「不便もあるが、喜びもある。単純なことさ。だが、それで満足できない奴らが宇宙を越え、また、同じことを繰り返す……人間とは、因果なもんだよ。それこそ牛や馬、鶏の方が幸せだろうと思うことが、よくあるね」

「……家畜として、でもですか?」

「ああ。こいつらは存在意義とか、生きている理由とか、そんなつまらないことを考える必要がないからね。ただ、生きている。死ぬまでね。単純で、幸せなことさ」

「……そうかもしれません。単純であることが、幸せだというならば」

 慎重に言葉を選ぶシエル。ミネはシエルを見上げたが、口を開くことはなかった。

「ミネ、クロにご飯あげてきたよ! 何のお話ししてるの?」と、ソレイユ。

「大したことじゃないさ。ありがとうよ」

 ミネは杖を突きながら、振り返ることも無く家の中へと入っていった。シエルはその背中を見送る。ソレイユは空になった台車を、軽快に押し始めた。


 全ての配達を終え、食堂へと向かう帰り道。ソレイユは何気なく口を開いた。

「シエルって、面白いね!」

「何がだ?」と、怪訝そうに答えるシエル。

「それそれ。どうして、喋り方が変わっちゃうの?」

「それは……」

「てーねー語とか、そんけー語って言うんだっけ? それとも、けんじょー語?」

「俺に聞くな。俺は、単にこれが当たり前だったというだけだ」

「相手によって、喋り方を変えることが?」

「ああ」

「ふーん、変なの。ねぇシエル、私にもみんなみたいに喋ってみてよ!」

「なんでそんな――」

「いいから! ね、お願い!」

 台車から手を離し、両手を合わせるソレイユ。シエルは「こほん」と咳払い。

「……こんな感じでよろしいでしょうか、ソレイユさん?」

「あはははは! ソレイユさんだって! おっかしい!」

 笑いながら手を叩くソレイユに、シエルは仏頂面を見せる。

「……お前が喋ってみてって、言ったんだろうが」

「うんうん、やっぱりそっちの方がいいな! みんなも、そう思ってると思うよ?」

 さすがにそれはないだろうと、シエルは思った。

 ――そんな話をしながら歩いている内に、二人は食堂へ到着。台車を片付けてきたソレイユに、シエルは尋ねた。

「そういえば、ペイさんの分はいいのか?」

「ペイさん……くくっ」

「……それはいいから」

「あは、ごめんごめん! ペイはね、朝ご飯を食べないんだ。というか、いっつも寝てばかりなんだよね。まるでルポみたい」

 ……あの寝るのが好きな爺さんとは違うだろうと、シエルは思った。二百歳という高齢を考えると……本当に、大丈夫なのだろうか。

「さてと、お待たせしました! ……なんてね!」

 そう言って、ソレイユはパンッと手を打ち鳴らした。

「ん? 何がだ?」

「もう、とっておきの場所に案内するって、昨日、言ったでしょ?」

 ソレイユはシエルの手を取って、ぐいぐいと引っ張る。

「さぁ、いこう!」

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