第11話 あたしの日常・11
そして話題は愁の能力に移った。
愁は攻撃系能力者と呼ばれ、主に戦闘要員として存在しているそうだ。様々な攻撃術を習得し、怪異と呼ばれるバケモノのレベルやスキルに応じて使い分けているらしい。自分のスキルが上がるタイミングは、ゲームのような経験値によるものではなく、教わった術がいかにうまく使いこなせるかに委ねられ、実戦でやってみないとわからない。失敗したところで術が跳ね返ってくるわけではないが、怪異に隙を見せることになるため、ほかの能力者と組んでいるときに“とりあえず”やってみるのが愁の戦闘方法なのだとか。行き当たりばったりじゃないかという言葉は、さすがに慎む。
さらに高度な能力者になると、瞬間移動ができたり鳥のように空を飛べたりするらしい。なんとなく理央にも能力者というものが理解できてきた。
「あとは、神楽さんの。保護系能力者のことだけど、木戸からだいたい聞いたんだよね?」
「うん。要するに、能力的には愁に劣るけど攻撃術も使えて、愁にはできない回復術が使えるんだっけ。自分にだけ。なんだかあんまり役に立たない能力者だね?」
「それは木戸の説明が悪いかな。あ、ごめん、木戸もいたんだった」
嫌味でもなんでもなく、春人は素で言ったらしい。項垂れる愁を不思議そうに見やり、理央の能力について補足する。
「神楽さんは、怪異の出現する位置を探知できるよね? あとは結界を張ることもできるはず」
「あ、金色の?」
「それは自分にかける保護結界。僕が言ってるのは土地に張る結界のこと。たとえばこの部屋に結界を張れば、怪異は侵入できない。結界の範囲は術をかける能力者の霊力レベルに比例するから、今の神楽さんだとたぶんこの湯呑が限界かな」
「レベルひっく……。でも、言いかえれば、霊力が上がればこのあたり一帯に結界を張ることもできるんでしょう? 怪異退治しなくてもよくなるわけ?」
「結界も長時間になると霊力が消耗するからね。24時間、365日結界が張れる能力者ならできるんじゃない? 能力者って言ってもしょせん人間だからね。普通に考えてムリ。僕の時空封鎖と同じ原理だと思えば理解しやすいかも」
なるほど、と理央は唸る。今の春人の説明を借りるとするならば、超人的な能力者がいて、ある地域一帯に結界を張ったとしても、怪異はその中に入れないだけで結界の外には無限に存在するのではないだろうか。そう考えて身震いする。怪談話は地域にとどまらず、日本中、いや、世界中にある。オバケ、ゴースト、妖怪、など表現は違えど、消滅させなければならない怪異はそこらじゅうにいて不思議ではない。
そこまでの広範囲は大げさだとしても、つまり理央は、霊力レベルを上げながら、攻撃術と回復術、結界術というものを習得しなければならないということか。しかもそれは、愁にくっついて消滅の場面に立ち会うくらいの経験値で得られるものではないときた。何をどうすればいいのかサッパリわからない。
いつの間にか茜色の光が窓から差しこんでいた。今日初めて会話を交わしたとは思えないほど気張らずに話し込んでいたらしい。しかも、他人が聞いていたら、どこかの劇団員が台本の打ち合わせをしているとしか思えない会話を、だ。
「それにしても、木戸と神楽さんって、転生してまで一緒とはよほど強いので結ばれてるんだね?」
「俺は何百年も待ってたけどな。シオン、一度くらいどっかで生まれ変わってはってもおかしゅうないのに、まったく転生せんかったんよ。なんでやろ? ハルヒトくん、わかる?」
「言いにくそうだからハルでいいよ。転生の仕組みは僕にはさっぱり。どこかに記述でも残っていればいいんだけど……」
「ハル、な。オーケー。んじゃ、シュウにリオな?」
何度か確認するように名を呟いているふたりをよそに、記述、か……と思案している理央の脳裏に何かが掠めた。慌てて手繰り寄せようとするものの、一度すり抜けたモノはすでに後ろ姿さえも掴めなくなっていた。
「えっと……リオ?」
「え? あぁ、ごめん。で、なんだっけ?」
「いや、記述なんて曖昧な言い方をしたから気にしているのかと思って。ただの僕の思いつきだから、存在するのかどうかもわからない。気にしないで」
にっこりと笑みを向ける春人へ小さく頷く。けれどどうしても何かが引っかかっている。神経を集中させた脳内に、ある光景が浮かんだ。
誰かが声を押し殺しながらも言い争っている。絶対に許さないという言葉が呪詛のように感じて怖かった。――そうだ。いつも一緒に寝ていたクマのぬいぐるみを手に、幼い理央は言い争う声がした居間に行った。起きてきたことに驚いた父が慌てて理央を抱き上げ、寝室に連れていかれたのだった。そのとき、母が呟いたはずだ。
『あの文献は神楽の家が持っていてはいけない』
母の声は祝詞を祝るときのように凪いでいたが、強い意思を感じた。
やっと何かを掴みかけたが、やはりそれ以降はどんなに思い出そうとしても無理だった。
「そろそろ帰ろうかな。リオ、コーヒーありがとう」
「あ……ううん。今度はカップも用意しなきゃね」
「じゃあみんなで買いに行こうか。きっとシュウの家を拠点にすることが多くなると思うし」
ここに集まったのは、怪異退治のための情報共有であることを思い出し、理央はごまかすように笑う。今まで、こんなふうに友人とおしゃべりしながらすごしたことはないし、そうしたいと思ったところで叶うことはないと知っていた。これからもそうだと思っていた。バッグを肩にかけ、玄関に向かう春人を愁とふたりで見送りながらも、もう少し一緒にいたかったな、と思った自分に驚く。彼らは別に友だちではない。ただ怪異と戦う同志という関係にすぎない。少しだけ落ち込んだのは、きっと楽しかったせいだろう。靴を履き終えた春人が振り返った。
「あの、さ。僕らはたしかに怪異を消滅させなきゃいけないし、そういう意味では“同志”だと思う。でも、今は怪異と対峙してるわけじゃない。だから……」
「お友だち、でええんちゃうん? なんでそないに頑なになるんよ。アホやなぁ、リオは」
笑いながら理央の頭を撫で、同意を求めるように春人へ向かって首を傾げた。大きく頷いた春人は、手のひらを差し出す。
「よろしくね、リオ、シュウ」
戸惑いながらもその手を握る。友だち、と心の中で反芻し、理央はようやく笑みを浮かべた。きっと、ずっと欲しかったものだった。誰かを巻き添えにしてしまう心配もなく、友だちと笑い合い、時が経つのを名残惜しく感じるのも。
玄関を出て、自転車に跨った春人が窓を見上げて手をあげた。理央と愁は、春人が見えなくなるまでずっとその背中を見つめていた。
「シュウ、好き嫌いはない?」
キッチンから声をかけたが返事がしないため、怪訝な顔で居間を覗き込むと、愁はベッドの上で青い玉を作っていた。両手に同じサイズの青い玉を作りあげると、おもむろにそれを上へ放り投げ、お手玉のようにしているのだが、これは訓練なのか遊んでいるのか判断に迷う。理央がじっと見ていることに気づいた愁は、青い玉を消し、首を傾げた。
「なん?」
「ごはん作るけど、好き嫌いはないかって聞いたの」
「リオが作ってくれはるの!?」
「え。あぁ、うん」
「やった! 俺、ニンジン以外はなんでも食えるっ!!」
何がそんなにうれしいのかと思いながら夕食の準備にとりかかった。昨日の夜は愁の看病をしているうちに寝てしまって食べ損ねたし、朝は作るとは言えないメニューだったし、昼は学校の購買で買ったパンのみだったのもあり、久しぶりにきちんとした食事を摂るような気がしていた。作り始めてすぐに、理央はふと手を止めた。ほとんど能力がない理央に比べ、すでに能力者として戦闘の前線にいる愁は、普段はいったい何を食べているのだろう、と。宇宙食のように特別なものなのだろうか。好き嫌いはニンジンのみだとついさっき言っていたが、野菜売り場に売っているニンジンのことだと考えて間違いないのだろうか。普通の食事だとしても、通常の人間より多くの栄養を摂らなければならないのだろうかと疑問はどんどん湧いてくる。
「能力者って、やっぱりたくさん食べるの? サプリメントとかも必要? なんか能力者用の食材とかあるの?」
「まっさかー。ふつーやで。高校生男子が食べる量と変わらへんよ」
愁はなんでもないことのように言うが、普通の高校生男子がどれくらいの量を食べるのかを知らない理央は、少し悩み、自分が食べる量の1.5倍くらいだろうかと見当をつけた。野菜を洗いながらちらりと居間を窺うと、今度は白いの槍のようなものを出している。あれだけ自在に術を操れると楽しそうだ。夕食を作り終え、皿に盛り付けはじめると、ようやく愁がやってきて手伝い始めた。
「俺、焦がすんは得意なんやけど食えるものを作るのは苦手やねん。リオがお料理できる子でよかったわ」
「洗い物はよろしくね。あと、食器とか足りないから明日買い物に行こうと思うんだけど」
「せやねぇ。こっちに来てからコンビニ弁当ばっかしやったから、なーんにもないしな」
「湯呑だけたくさんあるけど、なんで?」
「うちの家族が突然来よるから人数分買わされたんよ。茶飲んで俺のことしばいて帰っていく家族って嫌やね……」
いじける愁に理央は小さく笑った。会ったこともない愁の家族に対してこんなふうに思うのはおかしいかもしれないが、理央にとっては微笑ましい光景が浮かぶ。両親が生きていたころの食卓は、あまりはっきりとは覚えていないがいつも賑やかだった。婿入りした理央の父も、義父である武蔵といつも楽しそうに晩酌していた気がする。「飲みすぎよ」と、祖母の百合に酒のビンを取り上げられてしょぼくれる姿は記憶に残っている。両親が亡くなり、祖父母と3人暮らしになってからはどうだったのだろう。
おなかがすいたらしい愁に急かされ、理央は思考を止めた。
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