ノイズ・スラング・シンフォニーⅡ
「おっと。説明をしておりませんでしたな。申し訳ございません、何せ四万年ぶりのお客人ですからこの老いぼれも、物語の墓守として仕事を忘れております」
「この本は、先ほど酒場で喚いていた男の話でございます」
「彼の名は、ジョニー・スタンリー。通称、毒舌家。生まれはうらぶれた売春窟。父の名は知らず、母はただの売春婦でございます。その母も若いときに性病で亡くしてからは、孤児院に入れられただこの社会の底辺で生きておりました。目立った才能もなく、学もなく、努力もなく、ただ不満を大声で叫ぶ才能のみをもって生きております。刑務所にはチンケな罪で三度。出てきても毎日酒をかっくらい、汚い部屋で寝て、酔いも明けぬ内から街の清掃員として働きに出掛けます。まぁそれも遅刻、無断欠勤は当たり前、果ては仲間の小金をくすねる、だなんてこともしておりますがね」
「さて、それだけのお話ならそれこそ山のようにございます。面白くもなんんとも…いや、このお話自体面白くはないのですが、私が保管しているのもある能力のせいです」
「では、ではその一部をご覧くださいませ」
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毒舌家は、いつもくだを巻く地下のバー『リバ―・アップ』へと足を向けた。
『リバー・アップ』というのは、その店が巨大な下水管の上にあり、這い上がる強烈な匂いで、川のように
暗い店内には、モクモクと立ち上る紫煙の中でネオン管が錯綜し、ケバケバしい娼婦や酒臭い男達のたまり場になっていた。カウンターの上には誰ともしれない吐瀉物が付着し、床にはピーナッツの殻や割れたガラス瓶と吐瀉物が、人の靴でクレープのように広げられている。
毒舌家は、怒鳴りながら人混みを押しのけて、カウンターを手で大きく叩く。ビール瓶が転がってきて、それを受け取ると彼は、ワナワナと震え出す。
「…おぃ、クソ豚の尻。なんでぇ豚の尻がもう一つ増えてんだよ」
「お、毒舌家じゃねぇか。いいところに来た」
「いいところ? こんな糞のたまり場にいいも、糞もあるか」
「まぁそれはちげぇねぇが。おめぇさんに紹介したくてな」
「紹介ぃぃぃ?」
マスターは眉を寄せている毒舌家を無視して嬉しそうに微笑む。
その隣には、マスターとよく似た大柄な中年女性が立っていた。
彼女の肩に手をかけてマスターを幸せの絶頂のような顔で話し出す。
「今日、花を買いに言ったときに偶然出会ってな、その場で婚約したんだ」
「あら、この人が?」
「そうそう、お前に話したウチの店一番の厄介者だ」
「あなたがねぇ。クスクス」
怒りで顔を青白くしている毒舌家を無視して二人は仲むつまじそうに話し出した。
「てめぇ、クソ豚の尻! 俺は花を用意しろっていってんだ! てめぇと同じ尻の穴を増やしてんじゃねぇ! 糞にまみれて死ね!」
毒舌家は怒鳴り散らす。
店の客は慣れたものか誰も毒舌家の怒鳴り声を気にしない。
「おいおい、毒舌家。花ならあるじゃねぇか。この世界で飛びっ切りの花がな」
「ぜんっっぜん面白くねぇ、クソ最低のジョークだ! ジョークってのはなぁ、人の不幸を楽しむもんなんだよ!」
「毒舌家。おめぇさんはそれが楽しいんだろうがよ。俺達はそうじゃねぇよ。たまには幸せなジョークもあってもいいだろ」
「糞だ、糞! 花を見に来たのに、豚の尻から出る糞を眺めてるたぁどういうことだよ! それも尻穴二つだ!」
「おい、毒舌家。おめぇさんが何を言おうが構わなかったが、これからは俺の花を汚すようだったらもう来てくれるな。帰ってくれ」
マスターは顔を真っ赤にして、ショットガンを取りだし毒舌家に銃口を向けた。
一瞬、けたたましかったバーに沈黙が下りるが、ショットガンと毒舌家の顔をチラリと見た客は、また気にせずに自分達のお喋りを始めた。
「クソ豚の尻。てめぇは俺の顔も尻の穴にする気か?」
「ああ、これ以上言うんならな」
「ケッ! 最高だ! 俺の顔の尻穴から捻る糞でも喰らって死ね!」
毒舌家はそう言って、隣の客のビール瓶をカウンタ-の奥に投げつけた。
それ以後は、ただひとりで怒鳴りながらちびちびと自分のビール瓶を舐め始める。
マスターは銃をしまい直すと何時ものように仕事をし始めた。
『リバー・アップ』の夜が更けていく。
クレイジー・ファイブ・ストーリーズ 三叉霧流 @sannsakiriryuu
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