毒舌放送・イヴィル・タン・レディオ

ノイズ・スラング・シンフォニーⅠ


(ああ、糞だ。世の中全部糞だ。糞みてぇな塊の上に糞みてぇな人間が歩いてやがる。俺にはそれが全く信じられねぇ。糞みてぇに生きてやがるのにクソ楽しそうに生きやがるやつらなんざ、まったくもって信じらんねぇ。何かのクソを喰らって糞して、糞になるんだ奴らは。で、叫ぶんだよホリー・シットってなぁ!)


「おい、毒舌家。おめぇさん、そろそろ帰えんな」

「あぁん? んだとこの豚の尻。てめぇなんざ尻の穴から小便ビール垂れ流がしとけば良いんだよ!」


 怒鳴り声が狭い店内に響き渡った。

 つい一時間ほど前まで人が溢れんばかりにいた寂れたバーにはマスターと酔っ払った男がカウンターに一人だけ。男は泥酔し、なめ回していたビール瓶を床に投げ捨てた。瓶の割れる音と店内のやかましいロックが奇妙な音階を奏でる。


「いいから、もう閉店だ」

「ちっ、糞が。花だ」

「なんだって?」

「花だよ。てめぇのような豚の尻を見てたら胸糞悪くなる。いいから花を飾れって言ってんだろ!」


 どん、と男がカウンターバーを叩き、ナッツの殻が入った皿や灰皿がひっくり返る。

 それにマスターは嫌そうな顔を向けた。


「毒舌家。おめぇさんに花なんて似合わねぇよ。おめぇさんに必要な物はピストルとビニール袋。おめぇさんの脳がどれだけ入ってるか自分で確認しろ」


 何故か男は嬉しそうにニヤニヤ笑いながらマスターに酒臭い息を吹き付ける。


「おいおいおい。豚の尻。言ってくれるじゃねぇか。そいつは素敵だ。今日で最高のジョークだぜ。この糞みたいなバーで俺の脳をぶちまけるとは愉快だ。随分といい匂いがするぜ、花のようなな! いいから花だ花! 花を用意しやがれ!」


 男はカウンターに身を乗り出してマスターを掴もうとするが―――。

 ボゴッ! と男はマスターに殴られて椅子もろとも吹き飛んだ。


「てぇな! 何すんだよ!」

 

 男は床に寝たまま、酔いで起き上がることが出来ず叫び散らした。

 

「うるせぇ! おめぇがしつこいからだろうが!」

「あぁあん!? てめぇ人を殴っといて、んな態度かよ! 糞が! 豚の尻が!」


 男がわめき散らし、店のマスターはため息を吐く。


「帰ってくれ」

「嫌だね、クソ豚の尻」

「どうしたら帰るんだよ、毒舌家」

「花だ。花を用意しろ。明日までにだ」

「約束したら帰るのか?」

「ああ、帰ってやる。スキップして帰ってやるよ」

「わかった」


 とうとう折れたマスターは苦虫をかみつぶすように頷いた。

 それにバンバンと床を手で叩きながらキンキンとした声を男が張り上げる。


「豚の尻が! 最初からそういっとけばいいんだよ! こんな臭くて汚い店を良くしてやろうって俺の気持ちがわかんねぇのかよ! いいか必ずだぞ! もししてなかったらこの店を糞まみれにしてやる! こんな臭ぇ店は花がなけりゃ糞と一緒に流しちまぇ!」


 男はそう叫び終わるとバタンと手を下ろした。


「ほら、明日用意してやるから立てよ」


 マスターは男に近寄らず、カウンター越しに声をかける。

 が。


「ぐぉおおぐぉおおおぐぉおお」


 男は盛大ないびきを掻いて寝ていた。

 マスターは青筋を立て、男をデッキブラシの柄で殴り倒して、店から追い出した。

 ニューヨークの街に朝日が昇っていた。

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