第5章 ラザン独立国

 その映像を国営放送で放映することの是非は、局内で真っ二つに分かれていた。すなわち、どんな理由であれ人が殺される瞬間をテレビで流すべきではないという意見と、映像は既にインターネットに拡散されている上に、アメリカやイギリスのテレビ局も放送したのだから、うちが放送を自粛する意味はないという意見である。


 しかし、その局員たちの論争も、相も変わらず、重役出勤で姿を現した局長の鶴の一声で、急転直下、放映することに決まったのだったが。



 その映像に映った男――アメリカ人歌手のMという人物は、3年前に一度、慈善活動とやらでラザンを訪問し、この国営放送の番組に出演したことがあった。


 そのときからか、それ以前からかは知らないが、局長は彼の大ファンであり、またそれだけに、今回のこの事件には心を痛めていたらしく、曰く「我々にできることは何でもやらなければならないだろう」とのことである。


 その映像を放送することが、一体誰のためになるのか、国営放送局の紅一点――ヌールは理解しがたく、不満を飲み込むのが精一杯だった。



 ともあれ、方針が決定されると、局内は急に慌ただしく、放映の準備がなされ始めた。ぼやぼやするなという罵声が飛んでくる前に、彼女も急いでカメラのコードをたぐり寄せる。


 本来、ヌールの職は、インターネットを通じた海外窓口であったはずだったが、局員は少ない。与えられた業務の他に何役もこなさなければ、この職場は務まらなかった。


「本番まで、5、4、3――」


 時間が近づき、ディレクターがカメラの後ろで、生放送開始の合図をする。


 そこだけライトの当たる、小綺麗な空間で、むっつりしていた男性アナウンサーが極上の笑顔を浮かべる。体を斜めにして顎を引く。髭をほんの少し、上へ引っ張り上げる。


 こちらから見れば大差ないのだが、彼に言わせれば、それは、よりスマートに見せるためのテクニックなのだという。


「おはようございます、ラザンのみなさん。本日のニュースをお伝えします――」


 彼の一言で、朝のニュースが始まった。



 今年、10周年を迎えたばかりの、ラザン国営放送の歴史は浅かった。


 政府は、国営放送局を立ち上げようと資金を集めていたのだが、しかし、ラザンのメディアが設立されることによる世界への言論発信は、争いを続ける隣国アラルスタンにとって都合が悪い。


 度重なる彼らのテロにより、開局のめどは一向に立たず、計画は何度も頓挫した。争いが終わるまでは、自国の放送局を持つことはできないかもしれない、と国民は悲観視した。


 けれど、ある日、その経緯からすればあまりにあっけなく、国営放送は開局した。それが叶ったのは、簡単に言えば、アメリカのおかげだった。


 彼らは突然現れた。そして言ったのだ。


 どんな理由があっても、テロは許される行為ではありません。我々があなた方の味方となり、テロ組織を壊滅させましょう。今日この時より、私たちは、この国を発展させるための援助を惜しみません、と。


 当時のラザン首相は、その話に一も二もなく飛びついた。すると、すぐにその言葉通り、アラルスタンとの紛争に、アメリカ軍が加わった。同時に、彼らの豊富な資金援助が、悲願だった、ラザン国営放送局を誕生させた。


 それだけではない。国内には、幾つものアメリカ企業が進出し、経済は徐々に上向いていった。しかし、それでも、ブラッドラインで繰り広げられる、あの忌々しい争いだけは終わらなかった。


 戦争はこの国の病だった。それもやっかいな慢性病だった。


 アメリカという主治医のおかげで激しい発作は免れるようになったものの、画期的な進展はなく、根治の道は見つからない。


 テロが始まったのは、その後だった。


 白昼、広場で起きた爆破テロは人々を混乱させたが、しかし、それもすぐに慢性病となった。テロもまた、いとも容易く、ラザンの日常に溶け込んでしまったのだ。



 それはラザンにとってだけではなく、海外の国にとっても同じだった。


 その証拠に、ラザン国営放送局が海外向けに売り出している、テロを伝える映像を、彼らは欲しがらなくなっていた。テロが始まった当初は、こぞって映像権を買い求めた彼らが、いまはまるで興味を失っていることの、それは現実的な証明だった。


 テロと戦争に喘ぐこの小国のことなど、気にする者は誰もいない。


 それに、どこで爆発が起こったか、何人が犠牲になったかなどという悲惨なニュースを買わなくとも、世界には人々の興味を引きつけるような、素敵なしらせがたくさんあるのだ。


 逆に言えば、どうしてお金を払ってまで、そんな暗い話を聞きたいと思うだろう。そんなわけで、世界の関心は、長い間ラザンから逸れていた。長い間だ。



 しかしいま、そのラザンが、再び世界中の人々の注目の的となっていた。ラザンとアラルスタンの国境、ブラッドラインで死んだアメリカのスター、Mの事件である。


「さて、今日も、まずはこのニュースからです」


 気取ったアナウンサーの台詞で、モニター画面の右上に、一枚の写真が現れた。一見しただけでは男と女の区別も付かない、年齢さえ不詳の人物――サングラスをかけ、何やら飾りのついた白い衣装に身を包んだMである。


「インターネット上に投稿されたこの動画は、今月初め、ブラッドラインで亡くなったアメリカ人歌手のM氏であるとみられており――」


 流暢な説明と共に、画面は生放送前に議論を呼んだ、例の映像に切り替わる。


 それは全体で15秒にも満たない映像だった。写真ではなく動画だったが、それにしても動きは少ない。佇むように立っていた一人の人間が、突然、何かに弾かれたように倒れるだけ、それも、映像は不鮮明な上に遠景で、おまけに音声すら入っていない代物だ。


 だというのに、その小さい人影がMで、撃たれて死んだのだと解釈できるわけは、その人影があの白い衣装を着用していることと、画面に表示された年月日と時間、それから何よりも、彼が立っている黄色い地面、そこに黒く浮かび上がった染みのような線――ブラッドラインが見て取れるからだった。


「今朝早く、インターネットの動画共有サイトに投稿されたこの映像、投稿者は『Mの代理人』を名乗っており、その素性や、どこでこの動画を手に入れたのか、また何の目的があって公開したのかは、依然、謎に包まれています」


 もっともらしく、アナウンサーは頷く。



 放送が始まり、作業の手の空いたヌールは、知らず知らずのうちにMの映るモニターを睨みつけ、ぎゅっと口を結んでいた。


 彼女は苛立っていた。年齢不詳の彼の口元に浮かんだ微笑みが、なおさら彼女をむしゃくしゃさせた。多くの人々が悲しみに沈む中、このような彼女の態度は特異ではあった。


 けれど、彼女が思うに、それは他の人たちがおかしいのであって、自分の考えが間違っているという結論にはならなかった。では、なぜ彼女は苛立っているのか。原因は、このニュースそのものにあった。


 ラザンのみならず、世界中で、トップニュースは連日、Mの死であった。そして、その事実こそが、彼女をこれほどまでに怒らせているのだった。


 なぜなら、彼女はこんなゴシップに関わるために、親や親戚の反対を振り切って、祖国ラザンの国営放送に入局したわけではなかった。そうではなく、もっとずっと大切なことへと、その身を捧げようと決意していたのである。


 そこには、祖国への熱い思いがあった。



 彼女のは間違いなく、このラザン独立国であった。しかしはといえば、グレートブリテン・北アイルランド連合王国――つまり、イギリスであった。


 ラザン南部の大地主であった両親は、彼女が生まれる前に、先祖代々の土地を捨て、移民としてイギリスへ渡った。


 彼らは、政情不安定なラザンで子供を育てることを嫌っていた。


 ラザンでは、いつどこで、テロのとばっちりを受けるかわからない。彼らは、そんなことで大切な娘を失うかもしれないという恐怖に耐えられなかったし、安全な環境を金で買えるのならば、それは安い買い物だと考えたからである。


 結果、ヌールはイギリス人として成長した。


 もちろん思春期のころには、自らの褐色の肌や、ヒジャーブで髪を隠すこと――つまりは両親から受け継いだ宗教について悩みもしたが、彼女の黒い瞳を美しいと囁く恋人ができてからは、そんな思いは霧散した。


 彼は肌の白いイギリス人で、彼女は彼にすべてを捧げてもいいと思い詰めるほどにのめりこんでいた。けれど結果から言えば、そんな彼女の恋は悲しい結末を迎えることとなった。


 それは一見、彼女とは何の関係もないような、けれど世界中を騒がす大事件――2005年に起きた、ロンドン同時爆破事件であった。


 ロンドン市内の地下鉄3カ所、加えてバスが爆破され、56人が亡くなったこの事件は、後にこそテロ組織アルカイダが公式に事件への関与を認めているが、当初寄せられた犯行声明は、アルカイダを名乗るものの、信憑性に乏しいもので、捜査当局は「何者かのテロ」と表現するに留まった。



 当時、ロンドンの北、バーミンガムに住んでいたヌールは、他のイギリス人同様、そのニュースに驚いた。


 4年前には9・11があった。そして今度はロンドンだ。次は一体、世界のどこが標的となるのだろう。それは、何の比較もなしに強固だと思い込んでいた日常が、はかないものと知った瞬間だった。


 万が一、自分や家族がこんな恐ろしい事件に巻き込まれたらどうしたらいいんだろう――事件当日、ショックを受けたヌールは、両親のすすめもあって学校を休んだ。勤勉な両親も、珍しく仕事を休み、彼女に一日、寄り添った。


 彼らは常に忙しく、娘と過ごす時間は少なかった。それゆえ、降って湧いたように訪れた家族との時間に、彼女は神に感謝を捧げさえしたのである。


 けれど、いま思えば、ヌールは神に感謝する代わりに、別の心配をするべきだった。きっと、仕事を休んだ両親は、口には出さなかっただけで、ひそかにそのことを憂いていたに違いない。つまり、ロンドンのテロを起こした人間の人種だとか、その彼らの信じる宗教だとか、そういったものを。


 なぜなら、その日を境にイギリスは、白人と有色人種、教会へ行く者とモスクへ行く者に、明確な違いを見出したからである。



 ニュースを読み上げるアナウンサーを見つめながら、ヌールは服の上から腕の古傷にそっと触れた。国籍はイギリスでも、彼女は決してイギリス人ではない、そう教えてくれた古い傷。


 両親が想像した以上の事件が、彼女たち家族を襲ったのだ。


 もちろん、彼女の受けた傷は、体だけではなかった。手には触れられぬだけで、彼女の心にも、同じだけ深い傷が横たわっている。友人や、あれほど信じた恋人がつけていったものだ。そうして刻まれた傷は醜く深く、死ぬまで消えはしないだろうと思われた。


 彼女は泣いた。そして、何年か経ち、その涙が完全に乾いた頃、彼女は傷と共に立ち上がった。イギリスで生まれ育ったにも関わらず、イギリス人であることを否定された彼女に残ったものは、たった一つだった。


 それが黄色い砂の舞う国、ラザン。いまもテロにさいなまれる、彼女の本当の故郷。そこから逃れた両親とは反対に、彼女は祖国に戻ることを決意したのである。


 数日後、彼女の姿はラザン行きの小さな飛行機の中にあった。イギリスからラザンへは、いくつかの空港を経由する必要がある。慣れない旅に疲れ果て、ヌールは薄い眠りの中にあった。


 小さな機体が揺れるたび、彼女は目を覚ました。そのたびに、軋むような体を伸ばし――そんなことを何度か繰り返し、目的地が近づいてきたそのとき、初めて彼女はを見た。


 黄色い大地に、染みのように走る、黒い帯――ブラッドラインを。



 ヌールは、幼い頃、両親からその謂われを聞いたことがあった。


 アラルスタンとの争いで流された、ラザン人の血が染みたという、血塗られた国境線。いままでは、ただの物語として聞いていたそれが、いま、現実として己の目に映っている。


 あれが、ブラッドライン――目に入った情報が脳に伝わり、それが両親の物語と結びついた瞬間、ヌールの奥底から何かが沸き上がった。マグマのように熱く、その熱に心を焼かれるような、それは初めての感覚だった。


 かつて、ここに私たちの血は流れたのだ――すると、頭の中で誰かの声が響いた。聞き覚えはないが、その音色に彼女は懐かしさを覚えた。声は優しく、高らかに続けた。


 ――この黄色い大地を染めるのは、私たちの流した万斛ばんこくの血。


 彼らは私たちが住んでいた土地を奪い、一族を殺し、あまつさえその切り落とした首を並べて国境とした。


 その赤がいまもなお、恨みとなって消えぬのだ。私たちを苦しめて止まぬのだ。子孫よ、どうか彼らに報いを。私たちを殺した彼らに報復を――。


 それは彼女の血に訴える、先祖たちの声だった。確かな証拠など何もないが、彼女はそう信じて疑わなかった。そして、水が高いところから低いところへ流れるように自然に、その声に応えていた。


 ええ、もちろん、もちろんあなたたちの無念は忘れません。私はそのために故郷へ帰ってきたのですから――と。



 その言葉通り、国営放送局へ入ったヌールは、人一倍忙しく働いた。


 テロに苦しむこの国の実情を世界へ訴え、憎きアラルスタンを滅ぼし、先祖の無念を晴らすこと。それが彼女の決意であり、目的だったのだ。


 しかし、それは容易な道ではなかった。


 ここラザンでは、テロによる死者数は年間1000人以上、この5年間では5000人ほどが犠牲となっていた。言うまでもなく、犠牲者は軍人ではなく、子供や赤ん坊を含む民間人である。


 だというのに、ラザン国民の命が失われたというニュースが流れぬ日はないというのに、世界はラザンを振り向きもしなかった。


 それはなぜか。イギリスで子供時代を過ごしたヌールは、悔しいながらも理解していた。


 つまり――先ほども言ったように――悲惨なテロのほかにも、世界には人々の興味を引きつけるような、素敵なしらせがたくさんある、それだけのことなのだ。ラザン以外の世界には、魅力的なことが多すぎて、だから、新しい一日の始まりに、わざわざ気の滅入るニュースを聞く気も起こらないのも当たり前の話なのだ。


 しかし、同じ死だというのに、ラザン人の死ではなく、M死亡のニュースに人々は悲しんだ。その事実に、ヌールは怒りを感じていたのだ。



 誰がどう言い訳しても、彼は特別中の特別だということは明らかだった。


 失われたのはたった一人の命だった。だというのに、その彼一人の死が、の死が、世界を悲しみの底に沈めているのだ。


 ヌールは、怒りと同時に、そんな世界を憎まずにはいられなかった。たった一人のアメリカ人の死を嘆く世界なんて、はっきり言ってうんざりだった。その死に付随した諸々もろもろさえ――例えば誰がMを殺したのかとか、映像を送ってきた代理人とは誰なのかとか、そんなことを世界中で議論することにも何の意味もないと思っていた。


 Mが死んで以降、ヤウームは、なぜか連日起こしていたテロを停止していて、それはいいニュースに思えたが、それもその死と関連があるかどうかもわからず、局内で流行った「テロリストが喪に服している」という冗談は、ヌールの顔を強ばらせた。


 彼の死で、この戦争が終わるわけもない。


 それどころか、ブラッドラインでのMの死は、さらなる争いの種でしかないはずだった。現に、いまも、誰が彼を殺したのかということについて、世界が言い争っているではないか!



 その争いに終止符を打とうとしたのだろう、「彼を殺した銃弾は、テロ組織の使用するものと一致した」という発表が、数日前、アメリカ政府からなされた。


 しかし、一方のヤウームはどういうことか、アメリカの発表を断固否定する、という声明を出した。大人物の殺害を勲章代わりにする彼らにしては、異例の声明である。


 もちろん、テロリストの言葉などを信じる気は毛頭無いし、それはヌールだけではなく、世界の人々も同じだろう。しかし、政府とテロ組織、二つの意見の食い違いは、そのまま戦闘へと繋がっていくに違いない。


 慈善活動だか何だか知らないが、ブラッドラインへ訪れた彼の身勝手な死により、この国の人々の血が流れるかもしれない――それを彼女は憂いていた。



『世界中の人々の命は、平等です』


 思考を遮るように聞こえた優しげな声に、ヌールははっとして顔を上げた。モニターを見ると、何のことはない、3年前、この国営放送にMが出演した際の映像を再び流しているだけのことであった。


 もったいぶるようにゆっくりとした口調に、当時のヌールは、内心、苛立ちを隠せなかったものだ。もちろん、いまとなってはなおさらである。


 画面の中で、彼は、テロで親を失った子供たちのための施設を建て、乾いた砂漠に井戸を掘ったと話した。そしてこの放送局には自らの新譜を、使用料無しで流すことのできるように段取りしたとも話した。


 憎しみの始まりを君は知らない――そんな歌い出しの曲だった。


 断っておくが、ヌールも好きで覚えたわけではない。人気歌手の歌を無料で流せるとあって、テレビもラジオもこぞってこの曲を流したため、否が応でも頭にこびりついてしまっただけだ。


『憎しみの始まりを 君は知らない それなのに 渡されたそれを 君は次の人へと手渡していく』


 エンドレス、という曲名だった。


 最終的には、「憎しみ」を「君」が終わらせることで、「世界平和」に繋がるだとか何だとか、そんな歌詞だ。


 ヌールはこの歌が嫌いだった。Mは特別、テーマにした事象はないと言い切ったが、歌は、憎しみ合う双方の血で汚れたブラッドライン、その消えることのない黒い染みを、彼女に想起させた。


 自分自身の想像でありながら、それが彼女には許せなかった。



 なぜなら、世界平和を考えるのは、この国以外の「世界」であって、ラザンではないと彼女は信じていた。


 ラザンはテロの一方的な被害者であり、救済を受けるべきは彼女たちなのだ。


 それなのに、「憎しみを次の人に手渡していく」――もし、この歌がこの国を歌ったもので、Mがラザンにアラルスタンを憎むなと言うのならば、それは被害者に追い打ちを掛ける心ない罵倒でしかなかった。


『けれど、この曲は君たちの問題にも繋がると思う』


 いまはもう亡い彼が、画面で微笑む。


 ――所詮、余所の国の余所の人間が言うことだ。


 Mの言葉に引きつりそうになる頬を押さえ、ヌールは3年前も自分に言い聞かせた言葉を、再び何度も胸に繰り返した。


 この人間は所詮、余所の人間で、都合が悪くなれば手のひらを返し、どこかへ去ることのできる人間だ。私のように決意を持って、この国を選んだ人間ではないのだ――彼女の目に映るMの行為は、いまも昔も、実情を知ろうともせぬ金持ちの遊戯だった。


 事実、彼の建てた施設は食糧供給の困難さから閉鎖され、掘られた井戸はふた月で涸れた。残ったのは彼の歌だったが、どんなに高潔な歌も空腹は癒やさぬし、爆弾を花束に変えてくれることもない。


 それなのに、ここでは毎日のように、罪のないラザン人の血が流され、終わることのない悲しみが、時間の経過と共に憎しみへと変わっていく。


 Mの憂う、憎しみだ。そんなことはわかっている。けれど、悲しみを憎しみに変えずして、なんとしろと言うのだ。そうでもしなければ、ラザンの人々は前へも進めないというのに、悲しみの沼に囚われ、そのまま死ねとでもいうのだろうか。アラルスタンの暴力の前に、ただ無力にひれ伏して。



 ヌールは精一杯軽蔑を込めた目で、モニターの彼を見つめた。死んだ本人は知り得ないかもしれないが、この事件でヌールが確証を得たことが、少なくとも一つある。


 世界中の人々の命は平等です――そう言った彼の言葉が、やはり間違っていたということだ。目に見えるほど明らかに、人の命というものは平等ではない。皮肉にも、彼自身の死がそれを証明したのだ。


 更に言えば、ラザン人と、欧米人の命の価値との間には、完全なる隔たりがある、ということを。



 いま、思い返せば、ロンドンのテロで亡くなった人は56人だった。


 史上最悪のテロ事件と言われたアメリカの9・11でさえ、死者数は3000人に満たない。3000人だ。


 対して――例えば、アメリカはその報復としてイラクを攻撃し、何人を殺したか。


 驚くべきことだが、イラク戦争において、民間人が何人死んだのか、アメリカは公表していない。けれど、その数は50万人を超えるのではないか、という調査結果が発表されている。


 3000人対50万人。アメリカ人の命は、イラク人のそれに比べて150倍の重みがあるのだという、これは揺るぎない事実である。


 そして、ラザン人の命もそれと同じであることは想像に難くない。


 少なくとも、たった一人のMの死は、世界で報道されることのなかった、ラザンの人々5000人の命よりも重かったのだから。



 もし、彼が死後の世界でこの騒ぎを見ていたら、人間の命は平等であるなどという戯言は決して言えないはずだ――ヌールは皮肉に顔を歪めた。


 恐れ多くも、アメリカ大統領やラザンの首相が弔辞を述べ、ヤウームまでもが自分たちの仕業ではないという異例の弁明をする。罪亡き人々の死は、報道は脇に追いやられ、彼一人が堂々と弔いの花道を歩む、この華やかな葬送を。



「おい、いつまでもぼやっとするな!」


 耳元でがなり声が聞こえ、我に返ると、番組はとっくに終わり、局員たちはそれぞれの仕事に取りかかっていた。


「すみません」


 慌てて立ち上がったヌールに、そういえば、と同僚の男が尋ねる。


「例の新しい局員ってのはいつから来るんだ? 局長が面接をしたと聞いたが」

「来月からです。入館許可証は渡したので……」


 放送局へのテロを警戒して、警備は厳しい。局へ入るには、誰であろうと許可証が必要なのだ。


「そうか。女なんだろ? 使えるやつだといいが」


 最後はひとりごとのように言うと、彼はその場を離れていく。


 私も女性ですけど、その背中に言い返そうとして、ヌールは肩をすくめ、パソコンの前へ座った。今日のニュースを一覧にしてまとめておく、それもまた、彼女の仕事だったからだ。


 ヌールは手始めにメールソフトを開いた。それは習慣となっている何気ない動作だったが、そのときふと、手が止まった。一通の新着メール、その差出人の欄が目を引いた。何度もその文字を読み、間違いが無いことを確認する。


 次に彼女がしたことは、気配を消すように息を止め、そっと周囲に目を走らせることだった。


 観察の結果、彼女の動作に注目している者は誰もいないようだった。それならこのメールを消してしまおうか――一瞬、よこしまな考えが浮かんだ。マウスに置いた手が震える。


「局長!」


 しかし、そんな思いを一蹴して、彼女は局長を大声で呼んだ。


「どうした」


 局長が踵を返し、近づいてくる。メールを消してしまうことは簡単だった。けれど、そんなことをしても何も変わらないということは分かっていた。


「このメールなんですけど……」


 局長が立ち止まる。彼女は体を開き、届いたものを彼に見せた。件名のないメール。その差出人は、いまや誰もが名を知る、「Mの代理人」であった。

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