第3章 ロシア連邦
13歳のリーリヤ・ベスパロフがそのニュースを知ったのは、学校に出かける前、朝の7時ごろであった。
いつものように、彼女はその小さな体に似合わないキング・サイズのベッドから起き上がり、住み込みの家政婦の並べた朝食――それは常にクロワッサンにサラダ、フルーツに蜂蜜入りのホットミルクと決まっている――に手を伸ばした。そうしながら、行儀悪くも、もう片方の手でテレビのスイッチを入れた。
次の瞬間、ダイニングテーブルほどの大きさのそれに流れたニュースを見て、彼女は小さな悲鳴を上げた。
「食事中はテレビをつけない約束だっただろう?」
悲鳴を聞き、慌てたように父親がたしなめた。ロシア有数の大企業に勤め、多忙を極める彼が、娘と同じ時間に朝食を摂ることは珍しい。普段ならばリーリヤも、滅多にない父との時間に大喜びしたはずだ。しかし、いまはそれどころではなかった。
リーリヤは息をのんだまま自室へ走り込むと、自分専用のテレビをつけた。
急いでチャンネルを合わせ、柔らかな羽毛の詰まったクッションを抱きしめると、画面を食い入るように見つめる。そうして聞こえてきた声は、事態の重大さに反して、いささかのんびりしすぎているように思えた。
『――虎は死して皮を残し、人は死して名を残すと言います。けれど、彼の残したものは名前だけではないでしょう。彼の歌や旋律は世界中の人々の心に、永遠に響き渡るはずです』
それは、アメリカの何とかというハゲの大統領――ロシアの大統領もハゲてはいるが、
右上の字幕には、小さく「ロシア時間の午後10時ごろ」と表示され、その下には「歌手のM氏、紛争地帯で死亡」という、どぎつい赤文字が並んでいる。
「うそ……」
リーリヤはつぶやき、それからクッションを抱きしめたまま、琥珀色に輝く小机に乗った、ピンク色のタブレット端末を取った。その薄い端末のカバーを開くと、封書形のアイコンの上に「2」という数字が記されていた。メールが二通、届いているという知らせだ。
見ると、その一通は、リーリヤがMのファンであることを知っている友人のマルカから送られたもので、もう一通は――「獲物」からのものだったが、それは、いまの彼女の目には入らなかった。
幼さの残る指先で、リーリヤはマルカからのメールを開いた。
中身は、やはりというべきか、Mの死についてだった。彼の死はショックだろうけれど、元気を出して欲しいというもので、まるで大人同士の社交辞令のような、他人行儀なものだった。
それでも、メールを送ってきただけ、マルカにしては気が利いたほうだと言わなければならないかもしれなかった。
彼女は、リーリヤのような金持ちの子女の通う学園の中で、唯一と言っていいほどの、普通の家庭の娘である。だからこそ他のクラスメイトたちからしてみれば、毛色が違うというのだろうか、そもそも奨学金を受けてまで学園へ通っているという事実が、彼女をクラス内カーストの最底辺に位置づけていた。
そんなマルカだ。一ヶ月前のリーリヤなら、彼女の存在など歯牙にも掛けなかっただろう。ましてや、彼女のことを「友人」と呼ぶことなど、断固拒否したはずだった。
けれど、リーリヤはいま、彼女のことを「友人」と、そう呼ばざるを得ない立場にいる。それは、ある「遊び」がきっかけだった。その「遊び」がきっかけで、リーリヤは上位カーストの友達――アナスタシアたちから無視されるようになってしまったからだ。
しかし、きっかけなどなくとも、彼女たちは、元々、リーリヤの金持ちを鼻にかけた態度が大嫌いだった。友人関係は初めから破綻を
それを知ったリーリヤのプライドは、もちろん大いに傷ついた。
そちらが無視をするなら、こちらだってもう口を利いてやるもんですか――彼女はそう決めると、当てつけのように、いつもひとりぼっちだったマルカと付き合った。わたしはあなたたちがいなくなっても平気なのよ、精一杯の態度でそう示そうとした。
けれど、華やかな友達を失ったリーリヤの生活は、色を失ったように味気なくなった。本音を言えば、彼女はとても寂しかった。
――だというのに、追い打ちを掛けるように、大好きだったMも死んでしまっただなんて。
Mの死を契機として、いままで押し殺していた感情が膨れあがった。バラ色の頬は赤みを増し、長いまつげを涙が伝った。
テロップで伝えられている、「ブラッドライン」という地名のようなものも、レポーターが叫ぶ「紛争地帯での謎の死」という言葉も、リーリヤにはまったく響かなかった。ただ彼が死んでしまったのだという事実が彼女の心を押し潰し、悲しみだけが溢れ返った。
「――どうしたんだ、学校へ行かないのかい?」
せっかちなノックと共に、父親の声がドア越しに聞こえた。
「早く朝食を食べないと遅れてしまうよ。リーリヤ? ほら、返事くらいしなさい」
「……Mが死んじゃったのよ」
その問いに、涙声で彼女は答えた。すると一瞬、ドアの向こうは沈黙した。
お父さんは知ってたんだ――その沈黙の意味を瞬時に悟り、カッとなったリーリヤは、抱えていたクッションをドアに向かって投げつけた。クッションはタイミング良くドアを開いた父親の顔に直撃した。
「知ってたなら教えてよ! あたしがMが好きってこと、知ってるくせに!」
父親は苦い顔をした。それから一つため息をつくと、言い訳のような言葉を並べた。
「そうは言ってもな。……ニュースが流れたのはお前が眠った後だったし、それでなくてもあれだけの騒ぎだ。父さんが教えなくても知ることになるだろうと思ったんだよ。それとも、さっきテレビを消せって言ったことを怒ってるなら、それは違うぞ。食事中はテレビを見ない約束だからな」
「そういうことじゃないわ!」
リーリヤは真っ赤な目で父親を睨みつけた。
いくら、彼女がMのファンだと言っても、父親はただニュースを伝えなかったというだけだ。そんなことくらいで怒られては堪らないと、そのわがままぶりに肩をすくめる人間もいるだろう。
しかし、彼女には彼女の言い分があった。その言い分では、この父親は、いつだって彼女に大切なことを伝えてくれないのだった。
例えば、今回のように彼女が熱心なファンであることを知っているはずのMの死や、少し前でいえば、長年親しくしていて、家族同然だった家政婦が明日辞めてしまうと言ったこと。そして、それをずっとさかのぼり、原点へ立ち返れば、父親への不信感はここへ行き着く。
すなわち、彼女の母親が父親と離婚し、この家を出て行ってしまうときにさえ、彼は娘に何一つ知らせなかったのである。
当時8歳だったリーリヤが家に帰ると、まるで最初からそんな人間など存在していなかったかのように、母親の姿も、その痕跡さえも残されていなかった。
彼女は混乱した。そして、やはり何事もなかったかのように帰宅した父親を泣いて責めた。しかし、父親は彼女に「泣かないでくれ、可愛いリーリヤ」と繰り返すばかりだった。
彼は娘を溺愛していた。母親がどうしてこの家を出て行ったのか、なぜ娘を連れて行かなかったのか、知る必要はないと思っていた。だからこそ、彼女に「何も言わない」という選択をしたのだ。
そのときの父親の決断は、他人の目から見れば、
「リーリヤ、すまない。可愛いお前が泣くのを見たくなかったんだよ」
抱き上げるには少し大きくなりすぎた彼女の
実際、笑顔は見せないまでも、リーリヤは彼を睨むのをやめ、俯いた。どんなに裏切られたような思いがしても、リーリヤもまた、父親を愛していた。彼は、彼女のたった一人の親なのだ。
けれど、彼女はもう一度、こうつぶやくことはやめられなかった。
「お父さん、Mが死んじゃったのよ……」
「そうだな……」
父親は頷いた。そして、娘を哀れんで、最後の手段をとった。
「今日は学校を休みなさい。それで――そう、今週末は休みが取れる。そうしたら二人で気晴らしの買い物に行こう。何でも買ってあげるから、欲しいものを見つけておきなさい。どうだ、それでいいかい?」
「……うん」
リーリヤは俯いたまま、つぶやいた。
事あるごとになされる父親の贖罪で、既に部屋は物で溢れ返っている。欲しいと思ったものは、一つ残らずこの部屋に並べられていた。
しかし――それでも新しく何かを買ってもらうということは、決して悪いことではなかった。それらは寂しい心を満たしてくれるし、何より流行最先端の品物は、リーリヤを無視する友達の鼻を明かすのに一役買ってくれるかもしれない。
「よし、いい子だ。それじゃ父さんは会社に出かけてくるからな。あとのことはアンナに頼んでおくから」
父親は娘の頭を撫でると、慌ただしく身支度を整え、家を出て行く。
一人部屋に残されたリーリヤは涙の跡を拭い、ベッドから降りると、ダイニングに取り残された朝食の皿を部屋に運んだ。クロワッサンを小さく千切り、口に運ぶ。そうすると、薄い枯れ葉のようなパン屑がベッドを汚した。
点きっぱなしのテレビを見ると、あのアメリカ大統領の演説は終わっており、ニュースが続けて、これもまたアメリカの出来事を伝えていた。中東のどこだかで、米兵がテロリストの人質になっているというものだ。
アメリカの話題ばかりが続き、一瞬、外国のニュース番組を見ているのかと錯覚したが、それは違うようだった。映像がロシア国内の交通事故に切りかわる。
リーリヤはバターの
見つけたのは、ジョアンナズ・ショウという、トーク番組だった。普段は生放送でやっているが、これはどうやら再放送だ。番組はもう終わりに差しかかっていて、もう10分もすればニュース番組が始まる時間だった。
テレビをつけっぱなしにして、リーリヤはベッドに寝転がった。アメリカ人たちの下卑た笑い声が耳にうるさい。
Mのファンであるというのに、リーリヤはアメリカという国が嫌いだった。彼女の父も、家政婦のアンナもそれは同じで、彼らはアメリカと名のつくものならドラマも映画も見ないし、英語すら口にしたがらない。
この家で唯一、ハリウッド映画が好きだったのは、出て行った母親だった。しかし、彼女はいまから思えばロシア人として異端だったのだ。
成長し、彼女の残していったDVDを見つけたリーリヤは、その内容に眉をひそめることとなった。なぜなら、アメリカ人の描くロシア人、それは世界の悪の根源であったのだ。
ロシア人は、そのすべての人が冷血なマフィアであり、麻薬の密売人であり、あらゆる組織犯罪、果ては人身売買までも行う極悪非道な人種として描かれていた。
その一方で、アメリカ人は、ロシアという絶対悪を相手取って戦う、絶対的な正義であった。それも一つの作品だけではない。殆どすべてにおいて、だ。
もっとも、9・11のテロ以降の映画においては、その悪役の座が中東の人々に取って代わられつつあるようだったが、それにしても、自分の国を卑しめる者を誰が好きになるだろうか。リーリヤの反応は当たり前のものだっただろう。
彼女も、彼女の父親や家政婦と同じように、アメリカに対して頑なになった。
それはある意味、不幸なことだった。なぜなら、リーリヤがMの歌に出会った当初、その旋律や歌詞に魅力を感じながらも、完全に心を委ねることはできない、それはその理由となったからだ。
どんなに素晴らしいアーティストだとしても、彼はアメリカ人だ。
その変わらぬ事実が、
リーリヤは端末でブラウザを開き、ブックマークに登録してあったMの公式サイトを開いた。彼は死んでしまったというのに、そのトップページで、彼の写真ははにかんだような笑みを浮かべていた。そこに埋め込まれた音声が、変わらず響いた。
『Mです。来てくれてありがとう(ミニャー ザヴートゥ M。ラートゥ ヴァズ ヴィーヂェチ)』
それは、訪露ハリウッドスターが宣伝のために覚えたような、短い挨拶の文句だった。
その発音は完璧ではないし、
――Mです。来てくれてありがとう。
そんな、たった言葉一つ。だというのに、その言葉には、それだけで十分だと感じさせる何かがあった。それは一体何なのだろう――しばらく考えて、リーリヤの出した結論はこうだった。
きっと、どんなにうまく隠していても、胸の奥底にある思いは相手に伝わってしまうものなのだ。だから、こちらが馬鹿にされたと思うなら、それは本当に相手から馬鹿にされているからに違いない。
そして、Mの言葉からそれをまったく感じないのは、きっと、彼が心からこのサイトを訪問してくれた人に感謝の言葉を伝えたいと思っているからなのだ。
アメリカ人らしくもない、彼の穏やかな笑みを見ていると、引っ込んでいた涙がぽろりとこぼれた。
彼女がファンであったMという歌手は、「アメリカ人」ではなかった。そうではなく、国籍を持たない、ただ一人の才能ある人間として彼女の前に存在していたのだ。
『憎しみの始まりを 君は知らない それなのに 渡されたそれを 君は次の人へと手渡していく』
これは、結果的に彼の最後の作品となったアルバム『エンドレス』の表題にもなった曲の歌詞だった。このあと、彼はこう続ける。
『世界中が戦争をしている 君は彼を殺している 君は彼女を殺している』
アメリカは残酷な国だ――この曲を聴いたとき、リーリヤはMの胸の内を想像し、ため息をついた。
Mは平和を愛する立派な人だ。しかしその彼が生まれた国は、銃に
そして、そんな地獄から逃げるように、彼は死んでしまった。それは一体なぜなのだろう、リーリヤは力なく端末の画面を叩き、マルカにメールを送った。
真面目なマルカは、今日も学校へ向かっている頃で、返事など期待できなかったが、いま、リーリヤの話し相手は彼女しかいない。しかし、予想に反して、答えはすぐに返ってきた。
〈テロリストに殺されたんじゃないかって、ニュースで言ってたよ〉
テロリスト? リーリヤは首をかしげ、聞き返す。今度はややあってから、
〈Mが倒れてたのは、ブラッドライン、つまりアラルスタンとラザンの国境線のことだよ。そこは戦争してるんだけど、Mはチャリティー活動のために訪れてて、事件に巻き込まれたんじゃないかって〉
マルカの答えは、さすがに優等生といえるものだった。
〈さっすが、頭いい人は違うな。あたしなんか、ぜんぜんわかってなかったよ〉
リーリヤは嫌な書き方をした。Mのファンでもないマルカが、自分よりも事情に詳しいことに、単純にむっとしたからである。
すると、マルカからのメールは、一旦、止んだ。バッカじゃないの――リーリヤは腹立ち紛れにつぶやいて、ふと未読のまま放置していた「獲物」からのメールを開いた。
〈素敵なマルカ、写真を見たよ。ぼくの理想通りの女性。ぼくの写真は届きましたか。もう一度、2枚の写真を送ります。ぼくのことはどう思いますか〉
たどたどしいロシア語だ。リーリヤは手早く添付の画像を開き――思わず吹き出した。そこには、どう見ても彼女の父親より年上のアジア人男性が、ぶよぶよの口角を上げ、引きつったような笑みを浮かべていた。
それもバストショットであった1枚目ではわからなかったが、顔をアップにした2枚目の写真では、鼻毛が一本、飛び出しているのが鮮明に写っている。写真を撮るのにどうして気づかなかったのだろうというような、立派な毛だ。
この写真は、ここ最近で一番の大物だった。いや、いままでで最高の収穫かもしれない。アナスタシアたちに見せたら、大ウケだったのに――リーリヤは悔しく唇を噛んだ。
リーリヤが仲間はずれにされる原因となった「遊び」とは、この写真を集めるというものだった。
若者の間で流行っている、ランダムメールというアプリケーション。これを使えば、相手に自分のメールアドレスや素性を知られることなく、世界中の誰とでもメール交換ができるのだ。
加えて、彼女たちが決めたルールは一つ。こちらから先に写真を送らないこと、それだけだ。なぜなら、この遊びの楽しさは、自分たちは素性を隠したまま、
だから、「遊び」はそのルールを守り、できるだけ多くの男の写真を、それも笑えるものを集めた子が勝者だ。共通で使った差出人名は、カースト最下位のマルカ。なぜって、そのほうが断然面白かったからだ。
けれど、頭の良いアナスタシアに比べ、リーリヤは「獲物」から写真を引き出すのが下手だった。リーリヤはいつまで経っても勝者になれず、そこに、いつでも一番でないと気が済まない彼女は業を煮やした。そして、一つきりのルールを破った。彼女は、ネット上で拾った美人の画像を相手に送り、たくさんの男性から写真を入手することに成功したのだ。
面白い写真が手に入れば、何だっていいじゃない――悪びれないリーリヤに、しかし、アナスタシアたちは怒った。そして、いつでもリーリヤはわがままだ、という理由で、ついに彼女は仲間はずれにされてしまったのだった。
そのとき、長い間を置いて、リーリヤの嫌味に返事が届いた。
〈そういうふうに言われたら、わたしも傷つくよ。「世界中が戦争をしている」って、こういうことだと思う〉
何? リーリヤは眉をひそめた。
アルバムを買う金がないというマルカに『エンドレス』を貸してあげたのはリーリヤだ。それなのに、どうして彼女はマルカに知ったかぶりをされなくてはならないのだろう。
リーリヤはすぐに返事を送った。
〈あれはアメリカの話でしょ。あたしには関係ない〉
〈違うよ。戦争してるのは、アメリカだけじゃないよ〉
〈でも、少なくともあたしには関係ないでしょ〉
メールを送ると、すぐにマルカの答えは返ってきた。しかし、その返事はこれまで以上に意味不明だった。そこにはこう書いてあった。
〈関係ないだなんて、そんなことないよ。リーリヤのお父さんの会社だって、銃をつくってるじゃない〉
〈あんたが何言ってるのか、全然わかんないし、それにそんなこと言うのって、すごく失礼――〉
勢いでメールを打ちかけて、リーリヤの指は止まった。口をへの字に曲げたまま、ブラウザを開き、父の会社名を検索してみる。
父親が銃をつくっているだなんて、リーリヤは聞いたことがなかった。だからマルカの言うことは、馬鹿馬鹿しい勘違いに決まっていた。
けれど、うかつな返信をして、また上から目線で偉そうに語られてはたまらない。その勘違いを完膚なきまでに叩きのめさなければ――リーリヤはずらりと並んだ検索結果の一つを開いた。
その瞬間、顔からすっと血の気が引いた。
ページは、彼女も宿題でよくお世話になる、ウィキペディア――ウェブ上の百科事典だった。そこには、確かに父親の勤める会社の名前があった。その下の説明文にはこう書かれていた。
『航空機関砲、ミサイル誘導装置、狙撃銃、短機関銃などを製作する、世界三番手の武器会社』
それから、追い打ちをかけるように、『テロリストの多くが使用し、世界で最も人を殺した自動小銃はこの会社の大ヒット商品である』とも。
メールが届いたというサインが点滅し、リーリヤはびくりと肩をふるわせた。彼女の返信を待たずに、マルカが続けてメールを送ってきたのだろう。けれど、彼女にそれを開く勇気はなかった。
『――で、アメリカ兵士が人質に取られてから、丸一日が経過しました、しかし、テロ組織ヤウームからの声明は未だなく、その安否が心配されており――』
つけっぱなしのテレビからは、いつのまにか英語のニュースが流れていた。リーリヤには理解できないその言葉を話すアナウンサーの表情は冷たく、まるで彼女を侮蔑しているようだった。
手元では、新着メールのサインが、永遠に思えるほどの長さで点滅を繰り返している。
13歳には不釣り合いなブランド品に溢れた部屋の中で、リーリヤは息を短く吸い込み――止めた。
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