V…アダムとイブ



1924年 6月25日



ロンドンの小さな家に住む、クレア・レヴェリッジは、母が日本人で父がイギリス人のハーフ。


周囲からはあまりいい目で見られていないが、クレアはそんなことは気にしなかった。

そんなある日の夜。寝静まり返る街である事件は起きた。


PM 2:10



「いや……来ないで……お願い、殺さないで……」



覆面を被った男は、右手に持っている赤黒くこびり付いたハンマーを握りしめ、一気に振り下ろそうとした瞬間。

扉が開き、ママッ!!と叫ぶ、クレアの姿があった。


母親はクレアの姿を見ると、男の身体を抑え、クレアに向かって、来ちゃダメよ!!早く逃げて、クレアッ!!!と叫んだ。



男は母親の髪の毛を掴むと、左手に持っていたナイフを母親の首に当て、そのまま勢いよく切り裂いた。


首からは鮮やかな赤い血しぶきを吹き出すと、そのまま倒れ込んでしまった。


そんな母親の姿を見たクレアは、恐怖のあまり声が出ず、その場に立ち尽くしていると、ナイフを握った男がクレアへとゆっくり近づいて行く。


クレアは母の顔を見ると、痛いのは嫌だ……まだ死にたくない。と思い、全力で走ると外へと向かった。



「きゃっ!?」



後ろを気にしながら走っていると、何かに躓き立とうとした時、ヌルッという感触がし、後ろを振り向くとそこには腹部を引き裂かれた父親の姿があった。

思わず、いやっと叫んでしまい。

目の前に男が現れると、大きな手でクレアの腕を掴んだ。


クレアは抵抗するように、離して……と言うと男の足を思いっきり踏みつけ、掴んでた男の手が緩むと、テーブルに置かれたナイフを手に取り、男の右手に力一杯、振り下ろした。



「ぐあっ!!!クソッ……ガキがっ!!!」



右手を刺されたことにより、クレアの腕は解放されそのままドアの方まで走ると、外へと助けを求めに逃げて行った。



「誰かっ……お願いっ……誰か助けて、お願いっ!!!」



クレアは息を切らしながら大声で助けを呼ぶが、明かりはついているものの、誰も出る気配は全くない。


クレアはその場にへたり込み、お願い、助けて……と、小さく言った。



「君、大丈夫かいっ!?」



男性の声がすると、クレアは前を見るが懐中電灯の光で眩しくてよく見えないが、近づくにつれ目を細めながらもその人物をよく見てみると警察の人だとわかった。

警察の人は、クレアの赤く染まった服を見て、驚きながらも何があったのか事情を聞き出した。



「ナイフとハンマーを持った男の人が、パパとママを………パパとママを……」



クレアの目から自然と涙が出てくると、さっきの男が頭によぎると、両手で頭を抱え下を俯くと、いやだ……殺されたくない……お願い、殺さないでっ……死にたくないっ……と言い始めた。


その様子を心配し、クレアに触れようとした瞬間。いやああああああああああああっ!!!と大声を叫ぶと、その場に倒れ込み、気を失ってしまった。



ウッドストリート警察署。



「かわいそうに、まだ10歳も満たないのに父と母を両方亡くすとは。

それにこの子は混血だから、家庭の事情で親戚は一人もいない」



男がそう言うと、向かいに座った男は少し怒鳴るように男に怒った。



「おい、言い方には気をつけろ!それよりも少女の証言によると、男はハンマーとナイフを持っていたと言っていた。最近よく出没すると言われている連続殺人犯シリアルキラーの第二の切り裂き魔、サザーク・リッパーしか考えられない。」



それを聞いた男は、ニッと笑い。



「犯人は、1888年に起きた切り裂きジャックを真似たのかね。

まあ、どちらにせよ。あの子は孤児院の施設に預ける事になるだろうけどな」



男はそう言うと、煙草に火をつけ、吸い始めた。



1926年 4月10日


昼下がり、大きな木の下で絵を描くクレアの姿があった。

そんなクレアに近づく人物がいた。



「相変わらず一人が好きなのね。あ、ごめん。一人が好きなんじゃなくて、誰もアンタみたいな混血とは友達になりたくなかったんだ」



彼女の名前はステラ。

ステラは、ここの孤児院のリーダー的存在で、いつもクレアをイジメている、主犯格でもある。


クレアはステラの言葉を無視し、絵を描き続けた。

そんなクレアの態度が気に入らなかったのか、クレアの持っていたスケッチブックを奪うと、その場で破り捨て始めた。



「あら、ごめんなさい。手が滑ったの。そこにあるゴミ、ちゃんと捨てるのよ。それじゃあ、ごきげんよう」



ステラはそう言うと、その場を離れて行くと、ステラの取り巻きたちも笑いながらステラの後をついて行った。


クレアは破り捨てられた紙を一枚一枚、拾い。

スケッチブックも手に取ると、その場を離れ、自分の部屋へと戻りに行った。


PM 19:00


夕食どきになりクレアは食堂に行くと、既に何人か人が集まっており、食事の準備をしていた。


クレアも食事の手伝いをするため、テーブルにナイフとフォークを置くと、自分の席へと座った。


みんなが席に着くのを確認すると、シスターは手を組み始め。シスターに合わせるよう、子供たちも同じように手を組んだ。



「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。

ここに用意された物を祝福し、私たちの心と身体の糧としてください。」



シスターはそう言うと、右手で十字架を切りながら、父と子と聖霊のみ名によって、アーメン。と言った。

子供たちも、言葉にはしないがシスターと同じように十字架を切り終え、食事をし始めた。


クレアは、近くにあったスープを飲んでいると、ステラがニコッと笑いながらクレアに近づいた。



「さっきはごめんね。悪気があったわけじゃないのよ。ただ、アタシのことを無視したことが許せなかったの、わかる?」



ステラがそう言うと、クレアはステラの顔を見ずに、別にそんなこと気にしてないからいいよ。と言った。


それを聞いたステラは、そう。じゃあ特別に一緒にご飯食べてあげてもいいわよ。と言うと、クレアは顔色一つ変えず、出来れば金輪際、私に関わらないで。と言った。


その言葉にステラの頭の中でプツンッと何かが切れ、気づいたらクレアの顔に水をぶっかけていた。



「イギリス人のなれぞこないが、目障りなのよっ!!」



クレアを睨みながらそう言うと、クレアは冷静にスープを手に取ると、ステラの顔面にスープをかけた。


ステラは一瞬、何が起きたのかわからず一時停止するが、状況を判断したステラは、いやああああああああっ!!!熱いっ!熱いっ!!と言い始めた。


クレアはステラに向かって、そのスープぬるいから火傷なんて絶対しないよ。と言うが、そんな言葉も耳に入らず、ずっと熱いと言い続けていると、シスターがステラの所まで来ると、タオルでステラの顔を拭いてあげて落ち着かせた。


そしてもう一人のシスターがクレアの方に近づくと、クレア、食べ物を粗末にしてはいけないわ。それとステラにちゃんと謝りなさい。と言った。


クレアはムスッとなると、食べ物を粗末にしたことは謝ります。けど最初に手を出したのはステラだよ。と言うと、シスターは、クレア、また嘘をつくの?ちゃんとステラに謝るまで今晩の夜ご飯は抜きよ。と言った。


それを聞いたクレアは、シスターの言葉を無視して、外へと出て行った。


内緒で外を出ると、クレアは近くの教会に忍び込み、一番前の席へと座った。



(ママ、パパ……私のことよく褒めてくれたよね。けど周りは、私のことを侮蔑しているみたい……イギリス人でも日本人でもない、こんな私でも、ちゃんと私の事を見ていてくれる人が現れるのかな?)



そんなことを思っていると、自然とクレアの眼から涙が溢れ出てきていた。


クレアが静かに泣いていると、目の前に一人の青年が現れ、クレアにハンカチを差し出した。



「折角の可愛い顔が台無しだよ。それに、四月とはいえ夜は冷え込むし風邪をひいたら大変でしょ」



ステラにかけられた水を拭いてない上に、涙で少し視界が滲むが、目の前には優しく微笑んだ青年が立っていた。


青年はクレアの涙を手で拭ってあげると、クレアにハンカチを手渡した。


クレアは青年からハンカチを受け取ると、ありがとう……と、お礼を言うと、青年は優しく微笑み、静かにクレアの隣に座った。



「こんな夜遅くに女の子が一人で出歩くのは危険だよ。それにいつサザーク・リッパーが現れるかわからないしね」



青年がそう言うと、クレアは小さい声で、私が死んでも、誰も悲しむ人なんていないよ……と言った。


青年は横目でクレアを見ると、悲しむ人がいないか。と言うと。



「君の事情は知らないけど、一人で悩むよりは、誰かに話を聞いてもらうだけでも、少しは楽になれることもあるんだよって、今日会ったばかりの俺が言うのもなんだけどね」



青年はニコッと笑い、そう言った。

下を向いていたクレアは、青年の顔を見ると、ある一人の少女の話をし始めた。



「昔々、あるところに幸せな家族が暮らしていました。

その家族は周りとは少し違い、お母さんは日本人で、お父さんはイギリス人で、そして二人の間に生まれた女の子が暮らしていました。


周囲からは、蔑むような目で見られていたけど、何もしてくることはありませんでした。


毎日が幸せで、父と母の愛情を受け、少女はすくすくと成長していきました。

けど、その幸せも一瞬で終わりを告げました。


ある夜、少女は物音で目が覚めました。

少女は、父と母の寝る部屋と向かうと、そこには大男と母の姿があり、気づいたら母は首元を裂かれ、横たわっていました。

少女は怖くなり、無我夢中で逃げました。

少女は恐怖で、その後何が起きたのか覚えていません。


気がついたら、知らない場所で目が覚め、少女が起きたのを確認すると、シスターが優しく笑い、今日からここがアナタのお家よ、と言われました。


そして新しい生活が始まり、少女は新しい友達ができることを信じていました。

けど現実は、友達なんて一人もできませんでした。

日々の嫌がらせなんで当たり前、悪いことがあれば全て少女のせいになり、真実を言っても誰も信じてくれなくなりました。


そのせいで少女は人間不信になり、誰も信じられなくなりました。


その少女はただ、お話ができる友達が欲しかったのです。おしまい」



クレアが話し終わると、青年は立ち上がり、クレアの目の前に立ち止まると、クレアの目線と同じになるようにしゃがみ込むと、クレアの手を握り、君の最初のお友達、俺じゃあダメかな?と言った。


その言葉にクレアは少し戸惑い、そして口を開いた。



「えっと……さっきのお話は、私じゃなくて、とある少女のお話であって……だから……」



クレアはそう言うと、青年から目線を外し、言葉を詰まらせた。


その様子に青年は、クレアの顔を優しく包むと、自分の方へと向けた。



「俺はその少女と話しているわけじゃなくて、今目の前にいる君に話しているんだけど、もし迷惑なら友達じゃなくて俺の話し相手になってくれるかな?

ここに来るのは初めてだから、話す相手すらいなくてね」



青年がそう言うと、クレアは慌てながら否定をした。



「迷惑じゃないよ!ただ、私なんかが友達を……」



クレアが話している途中で、青年はクレアの唇に人差し指を当てた。



「あまり自分を蔑むものじゃないよ。自分に自信を持たなくちゃ、もっと他の人を信じることができなくなっていくよ」



青年がそう言うと、クレアの瞳が少し揺らいだ。

青年はニコッと笑うと、それでは改めて初めまして、俺の名は佐伯。君の名は?と言った。


クレアは少し戸惑いながらも、クレア……クレア・レヴェリッジ。と答えた



「君にピッタリの素敵な名前だね。よろしく、クレア」



佐伯はそう言い、右手を差し出すと、クレアも佐伯の右手を握った。



(パパのゴツゴツした大きな手とは違い、佐伯の手は、しなやかで綺麗な手をしている。

でもやっぱり、女の人とは違って大きな手をしているな)



クレアがそんな事を考えていると、佐伯の顔がクレアのすぐ目の前にあり、クレアは一瞬驚くと、ほんのり頬が赤く染まり、両手で自分の頬を包むと、私の顔に何か付いているの?それともやっぱり変なの?と、佐伯に訊いた。


佐伯は優しく笑うと、驚かせてごめんね。それに何も変じゃないよ。と言うと続けて話をした。



「クレアはイギリス人というよりも、日本人の血が強いんだな、と思って、最初に見た時は日本人かと思ったけど、近くでよく見てみると、眼は綺麗な茶色に、髪は栗色。けど顔立ちは日本人と同じく丸みがある感じで、凄くいい。どこも変じゃないし、寧ろ堂々としてていいと思うよ」



佐伯はそう言い、クレアの頭を優しく撫でると、クレアの口が自然と緩んでいった。



「さてと、そろそろ時間もあれだし、家まで送るよ」



佐伯がそう言うと、クレアの顔が少し暗くなり下を俯くと、帰りたくない。と、小さく呟いた。


そんなクレアの様子に佐伯は、明日のお昼って空いている?と言うと、クレアは小さくコクリと頷いた。



「それじゃあ、クレアに街の案内でもしてもらおうかな。

お勧めの場所とか、クレアの好きな場所とかをね」



佐伯がそう言うと、クレアはニコッと笑い、私でよければ是非、案内するね。と言った。

佐伯も優しく笑うと、やっと笑ってくれた。と言い、じゃあ、またここで待ち合わせという事で。と言うと、クレアは、うん、待ってるね。と言った。



4月11日


クレアは昨日来た教会に入ると、そこにはまだ佐伯の姿はなく、少し残念な気持ちでいると、お待たせ、クレア。と言う声がし、ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには佐伯の姿があった。


クレアは頬を緩ませると、遅刻だぞ!と言った。


佐伯はクスッと笑い、それじゃあ街案内の方よろしくね。と言うと、クレアに手を差し伸べた。

クレアは佐伯の手を取ると、二人は街へと出かけて行き、街に着くと人通りが多く、クレアは佐伯からはぐれないよう後をついて歩いていると、佐伯がクレアの手を取り、手を繋いでいればお互いはぐれることもないね。と言った。


そんな佐伯の優しさにドキドキしながら歩いていると、クレアは一軒のカフェに目が止まった。


クレアが足を止めると、佐伯はクレアの方を向き、ここのカフェで少し休憩でもして行こっか。と言った。


その言葉にクレアは少し戸惑い、でも私、お金持ってないよ。と言うと、佐伯はニコッと笑い。



「お金のことは気にしないで、ここは俺が払うから」



佐伯がそう言うと、クレアは恐縮するように、え、でも……と言葉を詰まらせると、佐伯は、遠慮しなくていいよ、俺がそうしたいから、しているわけだし。と言うと、クレアの手を引きお店の中へと入って行った。


お店の中に入ると、窓側の奥に座り、佐伯はクレアにメニュー表を渡した。


佐伯からメニュー表を受け取ると、クレアは、本当にいいの?と訊くと、佐伯は、お店に入ったんだから、何か頼まなくちゃダメでしょ。と言った。


クレアは頬を緩ませ、それじゃあお言葉に甘えて、バニラアイスでも頼もうかな。と言った。


佐伯は、店員の人を呼ぶと、バニラアイスとコーヒーを頼んだ。


クレアの目の前にバニラアイスが置かれると、スプーンでアイスをすくうと一口頬張った。


幸せに食べるクレアを見て佐伯は、アイスクリーム好きなの?と訊くと、クレアはニコッと笑い。



「うん、一番好きだよ。昔、ママとパパと私の三人で来たことがあるカフェでね、その時に食べたのが、このバニラアイスなんだ……懐かしいな」



クレアはそう言い、佐伯の方を見ると、アイス食べ終わったら、私のお気に入りの場所教えてあげるね!と、過去を思い出さないように話を逸らした。


その後カフェを出て、二人は、クレアのお気に入りの場所へと来ていた。

クレアのお気に入りの場所は、ロンドンのサザーク区にある小さな図書館で、少し離れた場所に大きな図書館がある為、この小さな図書館を利用する人は、クレアと老人のみだけとなっている。



「ここの図書館、静かで雰囲気が良くて、なんだか落ち着くね」



佐伯がそう言うと、クレアはニコッと笑い、でしょ、私のとっておきの場所なんだ。と言った。


クレアはある一冊の本を取り出すと、佐伯にその本を渡した。

佐伯はその本をクレアから受け取ると、本の表紙を見た、そこにはアダムとイブと書かれていた。



「アダムとイブのお話は有名だよね。

禁断の実を食べたことでエデンの園を追い出されたアダムとイブは、冬の世界に絶望し、哀しんでいると、そこにやって来た天使がイブを慰める為に、雪に息を吹きかけるの、そしたらスノードロップが誕生するんだ。

私、この物語に登場するお花が凄く好きなの!」



クレアは嬉しそうに話すと、佐伯は優しく微笑みながら、クレアがそこまで言うならこの本を借りたいけど、あいにく図書カードがないからね。と言うと、クレアは、ここはカードがなくても大丈夫だよ!紙に名前と日付を書けば、誰でも借りれるんだ!と言った。


佐伯はニコッと笑い、それじゃあ借りようかな。と言うと、カウンターの上の横に置かれている紙を取ると、筆記体で自分の名前と日付を書いた。


そして楽しい時間はあっという間に過ぎ、佐伯はクレアを施設まで送り届けた。

クレアは佐伯と別れるのが寂しく感じ、佐伯は、それを察したのか、優しくクレアの頭を撫でると、明日は無理だけど、次の日なら大丈夫だよ。と言うと、さっきまで暗かったクレアの顔は明るくなり、うん、楽しみに待ってるね!と言い、佐伯に手を振ると、施設の中へと入って行った。



4月13日


お昼を食べ終わったクレアは、急いで教会へ向かう途中、道端でばったりとステラたちと会った。



「こんなとこで会うなんて奇遇ね、それより、そんなに急いでどこへ行くの?」



ステラがそう訊くと、クレアはステラからそっぽ向き、ステラには関係ない。と言った。

ステラは眉をピクリと動かせると、相変わらず気に入らないわ。リチャードやりなさい。と言い、ステラにリチャードと呼ばれた、ガタイのいい男の子がクレアに近づくと、リチャードは右手に拳を作り、クレアの顔面を狙ってきた。


クレアは咄嗟に目を閉じると、痛みは感じず、ゆっくりと目を開けるとそこには、リチャードの右腕を掴む佐伯の姿があった。



「男の子が女の子に暴力を振るうなんて、感心しないな」



佐伯がそう言うと、ステラは佐伯を睨みつけながら、何よ偉そうに!部外者はどっか行ってなさいよ!と声を張り上げて言った。


それを聞いた佐伯は口角を上げると、クレアの腕を引っ張り、自分の方へと引き連れると、クレアは俺の友達だから、あまりイジメないでくれる。と言うと、ステラたちに殺意の宿った目つきで、それと、次この子に何かしたら、俺も君たちに何するかわからないよ。と言った。


それを聞いたリチャードは、慌てふためきながら、お、俺!か、か、帰るわ!と言うと、その場を走って逃げて行った。

それを見たステラは、あの役立たず!!と言い、佐伯を更に睨みつけ、何が友達よ!バッカじゃないの!行くわよ!!と言うと、ステラたちはその場を離れて行った。


クレアはステラが去っていくのを確認すると、下を俯きながら、佐伯には、私のあんな醜い姿、見られたくなかったな。と言うと、佐伯は優しくクレアの身体を抱きしめ、醜いのはクレアじゃなく、弱い者をイジメる奴らだと俺は思うよ。と言った。



「それにあの女の子は自分が一番強いと思っているみたいだけど、本当に強い者は弱い者をイジメたりはしない。

あの子は群れの中でしか生きられない、か弱い一人の少女なんだと思うよ。

ただ少し心配なのは、俺が余計なことをしたせいで、更に酷いことをされないか心配なんだけどね」



佐伯がそう言うと、クレアは首を横に振り、助けてくれて凄く嬉しい。佐伯と出会えて本当に良かったよ。と言うと、ニコッと笑った。


そのあと二人は図書館に行き、ゆっくりと時間を過ごし、外に出た頃は、辺りが夕焼け色に染まっており、二人は施設へと向かった。

帰りの途中にお花屋さんがあり、クレアは足を止めると、見て、スノードロップが置いてあるよ!と言った。


佐伯はクレアの横に立つと、クレアに似て可愛いお花だね。と言った。

クレアは嬉しそうに笑っていると、奥から花屋の店主が現れ、クレアの顔を見ると優しくニコッと笑い、嬢ちゃん、スノードロップが好きとはお目が高いねえ。と言った。


店主は続けて、そうだ、このスノードロップ一本やるよ。と言った。

クレアが戸惑っていると佐伯が、タダで貰うのは悪いのでこの花、俺が買い取ります。と言うと、店主は更にニコッと笑った。



「兄ちゃん、お金はいらないよ。それに俺は子供が好きでね、だから俺からのささやかな贈り物だ」



店主はそう言いながら、スノードロップを一本取り出して、クレアに手渡した。

佐伯は店主がクレアに渡す際に見えた傷が、少々気にはなったが、あまり深く考えることはなかった。


クレアは店主の人にお礼を言い、二人は施設へと向かった。


施設に着くと、クレアは振り返り、いつもありがとうね。それじゃあ、おやすみなさい。と言った。

佐伯も、うん、おやすみ。と言うと、その場を離れて行った。


佐伯は、クレアと別れた後、自分の泊まるホテルに着くと、とある新聞記事を取り出し、テーブルの上へと広げた。

新聞の最初のページに大きくと、サザーク・リッパーまたも一家バラバラ殺人事件と書かれている部分を読み始め、更に過去の事件も読み始めた。


佐伯が目に止まった記事は、1924年に起きた事件、ある一家の母親と父親が殺され、生き残った少女からの証言では、逃げる際に男の手をナイフで突き刺した。と言ってあることから、これを手掛かりに警察は動き出しているが、未だ犯人は捕まらずにいる。という記事を見つけた。


佐伯は帰り道に寄った花屋の店主とサザーク・リッパーは同一人物の可能性を考えたが、まだ決定的な証拠がなく動けづにいた。


ふと、クレアから勧められた本が目に入り、佐伯は最後のページを開くと、アダムとイブに登場する、スノードロップの花言葉が書かれていた。


そして最後に気になる文字があり、そこに書かれていた文字は、スノードロップにはもう一つ花言葉があり、その言葉は、あなたの死を望みます。ですから決して、人に贈るような花ではありませんことをお忘れなく。と書かれていた。


佐伯はその文字を見て、花屋の店主の言葉を思い出した。

だから俺からのささやかな だ。



(間違えない。サザーク・リッパーの正体は、あの花屋の店主だ。

だとしたら、クレアが危ない……クソッ!考えている暇はない!!)



佐伯は急いでホテルを出ると、クレアのいる施設へと急いで向かった。



PM 21:00



みんなが寝静まっている中、クレアの部屋へと忍び寄る足音が聞こえた。

クレアは今日の疲れでぐっすり眠っており、その足音にすら気づかないでいた。


そーっと部屋の扉が開くと、静かにクレアの寝るベッドへと誰かが近づき、クレアの口元を誰かの手で抑えられ、クレアは驚き目を見開くと、そこにはステラの姿があった。


ステラはクレアの耳元で、静かにして!と小声で言うと、クレアは小さく頷き、それを確認すると、ゆっくりと手を離した。


クレアは、ステラの様子がおかしいのに気づき、顔が真っ青だけど、何かあったの?と訊くと、ステラは身体を震えさせながら震える声で、サザーク・リッパーがいるの……アタシたちも早く逃げないと……殺されるっ!!と言うと、声が出ないように押し殺しながら涙を流した。


そんなステラの姿を見るのが初めてなクレアは、ステラが嘘をついているようには見えなく、優しくステラの手を握ると、今は一緒に生きてここから脱出しよう。と、力強く言うと、ステラは首を大きく縦に振った。


静かにドアノブを回し、廊下に出ると、辺りは窓から照らされる月明かりしかなく、足元もよく見えない。

二人は静かに廊下を歩き、入り口へと目指すが、入り口近くで物音がなり、二人は急いで、物置部屋のクローゼットへと隠れた。


静寂に包まれた部屋の中、クレアは小さな声でステラに話しかけた。



「なんで私を助けたの?ステラは私のことが嫌いなんでしょ。それなら私を置いて一人で逃げれば良かったじゃん」



クレアがそう言うと、ステラは、別にクレアのことが嫌いなわけじゃない。と、意外な言葉が返ってきて、少し驚くクレアだが、静かにステラの言葉を待った。



「最初は一人で逃げるつもりだったよ。けど、一番奥の部屋のクレアの部屋が気になり、もしこのまま置いて殺されたら、後味悪いでしょ。

それにさっきも言ったけど、アタシは、クレアのこと嫌いじゃないよ。

本当は友達になりたかったんだ……だけど、最初に話しかけた時に無視されて、それでアタシのプライドが傷つけられて、あんな嫌がらせするようになったんだ。

今まで、ごめんね……って今更許せないよね」



ステラがそう言うと、クレアは、うん、許せない。と言った。

それを聞いたステラは、少し悲しい顔をすると、クレアはステラの手を強く握り、だから、二人が無事、生きて出れた時は、ちゃんとした友達になろう。と言った。

その言葉にステラは、ごめんね……と謝った。

クレアは少し呆れた様子で、そこは、ごめんね。じゃなくて、ありがとう。でしょ。と言うと、ステラは強く頷くと、ありがとう。と言った。


そんな二人の中が深まったと同時に、バンッと勢いよく扉が開き、ギシギシと床の音が鳴ると物置部屋の中へと誰かが入って来た。

クローゼットの隙間からでもわかるくらいに、あの時の男が立っていた。


二人は強くお互いの手を握った。

ステラはクレアの手を離し、耳元で、ごめん、クレア。約束守れないかも……と、ステラがそう言うと、クローゼットを勢いよく開け、男に向かって突進した。


ステラは男を抑えながらクレアに向かって早く逃げて!と言った。

クレアはステラの行動がわからず、どうして命を捨ててまで自分を助けてくれるのかは理解できなかったが、クレアは友達を見捨ててまで助かりたいとは思わなく、近くに落ちていた尖った廃材を手に取ると、男に向かって走って行った。


クレアは力一杯、やああああああああああっ!!と声を出すと、男の背中に突き刺そうとしたが、男はそれに気づき、上手くかわすと、クレアの腹に強く蹴りを入れた。


男に蹴られたことにより、クレアは壁にぶち当たった。


それを見たステラは、バカ!!アタシのことは無視して早く逃げなさいよ!!!と言った。

クレアは力なく笑うと、そんなのできないよ……だって友達だから。と言った。


それを聞いたステラは一粒の涙を流すと、バカ……これじゃあ罪滅ぼしにもならないじゃない。と、クレアに聞こえないように言った。


その会話のやり取りを聞いていた男は、いいねぇ、最高の友情だよ。きっと二人ならあの世でも仲良くやっていけるよ。と言うと、男は気持ち悪く笑った。


ステラは男を睨みけ、気持ち悪いのよ、この変態っ!!と叫ぶと、男は力強くステラの首を締め付けた。


クレアはよろめきながらも、男に近づくと、ステラから離れろ!と言うと、男は、あぁ、今離れるよ。と言い、ステラの首を離すと、男が持っていた鋭く光る大きな刃物が、一瞬でステラの首をねた。


その光景がゆっくりとスローモーションに見えた。

クレアは自然と涙が流れ落ち、その場に座り込んでいると、男はゆっくりとクレアに近づき、刃物を振り落とそうとした瞬間。


銃声の音が鳴り、男の持っていた刃物は地面に落ちると、男は右手を握りしめ、そこから血が垂れ落ちていた。



「その子から離れろ」



男性の低い声がすると、クレアはゆっくりとその人物を見た。

そこには見慣れたはずの佐伯が立っていたが、今までに見たことのない殺気にクレアは少し恐怖を感じた。


男は佐伯の方を見ると、俺の邪魔をするなっ!と言うと、隠し持っていたM1911の拳銃を取り出すと、そのままトリガーを引いた。


だが、弾は外してしまい、佐伯の頬をかすめるだけだった。

佐伯は男の足を狙い、男が跪くと、男の持っていた銃を蹴っ飛ばし、男の額に銃を向けた。


男は縋るように佐伯に見逃してくれ、と命乞いすると、佐伯は男に優しく笑うと、ごちゃごちゃ煩いよ、この豚野郎。と言い、佐伯は男を見下ろすと、豚は豚らしく地面に這い蹲ってろ。と言い、ゆっくりとトリガーを引いた。


男はドサッと倒れ、死んだことを確認すると、ゆっくりとクレアの方へ近づいた。



「怖い思いをさせて、ごめんね。もっと早く気づくべきだったよ」



いつもの佐伯に戻っていて、クレアは少し安堵し、ステラの姿を見て、助けられなかった悔しさで、また涙を流した。



「私、ステラを助けられなかった……ステラは、私の事を守ったのに……私は何もできなかったっ!」



クレアがそう言うと、佐伯は黙ってクレアを抱きしめると、優しく頭を撫でてあげた。


クレアが落ち着くと、佐伯はクレアから離れ、切断されたステラの首を身体のそばに置き、見開いた目を閉じてあげると、クレアの手を取り、近くの教会へと移動した。


教会に入ると、クレアと佐伯が初めて会った時と変わらず、さっきまでの出来事が嘘のように思えるほど、何も変わっていなかった。

佐伯はクレアを座らせると、少しは落ち着いた?と訊くと、クレアは軽く頷いた。

佐伯はクレアの目を真っ直ぐに見ると、クレアは俺の友達だから、隠さずにちゃんと話したいことがあるんだ。と言い始めた。



「実は俺、とある場所で殺し屋をやっているんだけど、今回の依頼がサザーク・リッパーの殺害依頼。

それで唯一サザーク・リッパーから逃れた少女がいると噂を聞きつけ、この場所でクレアと出会った。

サザーク・リッパーはクレアに強い恨みがあると知り、俺はそれを利用するためにクレアと一緒にいた、最低な奴だろ。

そして狙い通り、奴はクレアのいる孤児院を襲った。

そのせいで罪のない子供とシスターを死なせてしまった……ごめん、本当はクレアに合わす顔なんてないのにね」



佐伯の切ない表情を見て、クレアは首を横に振った。



「佐伯は最低な人間じゃないよ、佐伯といた時間は、本当に楽しくて幸せだったよ。それに佐伯がいたから、今の私がいるんだよ」



クレアがそう言うと佐伯は、クレアは優しいんだね。と言った。

その言葉を聞くと、優しいのは佐伯だよ。と返した。


佐伯は少し困ったように笑うと、クレアの目を見て、それじゃあ最後に、友達からの質問いいかな?と言うと、クレアはどうぞ。と言った。



「クレア、この質問は凄く大事な質問だから、よく考えて答えるんだよ。

まず一つ目、この後クレアは警察に引き取られ別の場所で新たな生活を始める。

二つ目は、俺と一緒に日本へ帰るかの二択なんだけど、クレアはどっちを選ぶ?」



佐伯がそう言うと、クレアは、答えるまでもないよ!と言うと、佐伯に抱きついた。

佐伯は少しよろめきそうになったが、優しくクレアを抱きしめ返すと、クレアの大事な人生なのに、こんな俺でいいわけ?と言うと、クレアは、新しい生活なんで嫌、それに佐伯と離れるのなんてもっと嫌だ。と言った。


それを聞いた佐伯は、クスッと笑うと、そう言われると、凄く嬉しいよ。と言った。


佐伯とクレアは立ち上がり、教会を出ると佐伯は最後にクレアに確認した。



「クレアに後悔してほしくないから最後にもう一度訊くけど、本当に俺と一緒に来る選択で間違えない?」



佐伯がそう訊くと、クレアは、うんと頷くと、間違えないよ。と言った。

それを聞いた佐伯は、ニコッと微笑んだ。



「それじゃあ、明日にでも日本に出発できるよう準備しないとね。

それと、クレアという名前は色々とまずいから新しい名前も考えないとね」



佐伯がそう言うと、クレアは佐伯の手を握り、佐伯の方を見上げると、名前は佐伯が決めて。と言った。

佐伯は少し悩むと、そうだね。菘って名前はどう?と言うと、クレアはニコッと笑い、うん、いい名前だね!それで、菘ってどういう意味なの?と言った。



「菘はかぶという花の名前で、別名として使われているのが菘で、春の七草の一つでもあるんだよ。そして花言葉は、慈愛、晴れ晴れと、だったような気がするかな」



佐伯がそう答えると、クレアは、詳しいんだね。と言うと、佐伯は、うろ覚えだけどね。と返した。



1931年 5月12日


あれから五年の月日が流れ、佐伯と菘は、とある小さな喫茶店の二階に住んでおり。

菘は、いつものように佐伯を起こしに行くと、佐伯は昨日の仕事で疲れており、ぐっすりと眠っている佐伯の身体を揺するが、なかなか起きてはくれなかった。



「佐伯、早く起きないと襲っちゃうぞ!」



菘はそう言うと、佐伯のベッドに入り込み横になると、間近で佐伯の顔を眺めていた。

すると、パチリと目が開き、佐伯と目が合うと、菘は咄嗟に起き上がったが、佐伯に腕を引っ張られ、佐伯の上に倒れこんだ。


佐伯はクスッと笑うと、菘って意外と大胆なことするよね。と言った。

菘は顔を赤く染めると、それは佐伯が起きないから……えっと、いつから起きてたの?と訊くと、佐伯はニコッと笑うと、最初っから起きてたよ。と言った。


それを聞いた菘は、頬を膨らませ、佐伯のバカ……と怒ると、罰としてアイス奢りだからね!と言った。

佐伯は菘の頭を撫でると、うん、いいよ。と返した。

こうして二人の生活が始まるのであった。

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グリム・リーパー 斉宮二兎 @itukinito

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