II…偽装
1935年 4月14日 PM 21:30
男は腕時計の時間を確認し終え、前を向き直すと、シューとタイヤの抜ける音がした。
男は車を降り、タイヤを確認すると、タイヤは見事にパンクしていた。
男は溜め息をつくと、今日はやたらと厄介事が多い日ですね。と小さく呟いた。
男がタイヤに目を引いている隙に、背後から忍び寄る者がいた。
「おやおや、残念ですけど金品類の物は一切ございませんよ」
男は振り返りもせずに言うと、天草は懐から手を離し、作戦は失敗した、と悟った。
「さて、貴方のお仲間さんも隠れていないで出てきたらどうですか?」
男が振り返りそう言うと、天草は額から汗がにじみ出ながらも、仲間とは何の話だ?と男に訊いた。
男は口角を上げると、私を殺す計画ではなかったのでは?と訊き返した。
天草は、冷静さを保つことで精一杯で返す言葉など見つかるはずもなかった。
そんなやり取りを茂みの方から伺う人物がいた。
彼の名は須川賢一郎、この殺人計画の主犯者である。
「まあ、こうなる事は想定の範囲。これからプランBに移行する」
須川がそう言うと、山田は隠し持っていた十四年式拳銃を取り出すと、静かに男の背後へと進んだ。
男は腕時計を確認し、そろそろ時間が押してまいりましたね。と呟いた。
男は天草と反対方向を向くと、さて、
「それもそうですね。ところで蘇芳さん、僕の演技力はどうでしたか?」
そう言いながら現れたのは、紛れもなく山田の姿、その人物を見て天草は驚きを隠せないでいた。
「お前……最初っから俺たちを嵌めるつもりでやりやがったのか!?」
息を荒げながらも、山田に近寄る天草。
そんな天草を嘲笑うかのように、騙される方が悪いんじゃないんですか?と言った。
そんな山田の態度に、怒りが爆発し、天草は山田の襟元を掴んだ。
「おい、そこまでにしとけ」
須川は、天草の手を掴むと、ゆっくりと山田の服から離した。
山田は服を整え、全く、どういう教育をしたらそんな育ち方になるんですかね。と天草に皮肉を言った。
そんな山田の態度に須川は、山田、その辺にしとけ、と言う。
須川は、はぁ、と溜め息をつくと、今回は俺たちの負けだ、一先ず俺たちは撤退する。と言い、その場を去ろうとした。
その様子に、蘇芳は何かを閃いたのか、二人に話を持ちかけた。
「ちょっと待ってください、私に良い提案があります。」
蘇芳がそう言うと、須川は、足を止め、蘇芳の方に向き直した。
蘇芳は、貴方がたが実行する予定だった計画を、今から決行しませんか?と言った。
その言葉に山田が渋面な面差しをすると、蘇芳さん、それ本気で言ってるんですか!冗談じゃありませんよ、僕は教団を裏切るような行為はしたくありません!と言った。
その様子を知ってか、蘇芳は山田に、無理強いはしませんよ、鬼灯は何も関わらなかった事にすればいいんです。それに教団は、まだ私の顔も知りませんしね。と言う。
その言葉に山田は呆れた様子で、もう、勝手にしてください。と返した。
蘇芳は、改めて二人の計画を聞くと、なるほど、そういう計画ですか。と頷く。
「実行するにも遺体をどうするかが、問題なんだよな」
頭を掻きながら悩む須川に、蘇芳は、遺体なら心配いりませんよ。と答えた。
そして蘇芳は、そのまま車の後頭部座席を開けると、そこには意識を失った男性が横たわっていた。
「どうしたんだ、この男は?」
須川がそう訊くと、蘇芳は、ここへ来る前に少しトラブルがありまして、教団に着く前に街に捨てようと思っていたんですよ。と答えた。
「つまり、その男を時宗に見立て、時宗の家族に死んだと報告する。そして蘇芳と時宗が入れ替わり、時宗は晴れて暗殺教団の一員というわけね。なるほど、こんな都合のいい展開とは、俺たちは運がいいんだな」
須川は不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、蘇芳は優しく微笑んだ。
蘇芳は軽く手を叩くと、さて、時間もあまりありませんし、時宗くんと言いましたね。君はその服を脱ぎ、代わりにこの背広を着てください。蘇芳はそう言うと天草に紺の背広のスーツを手渡した。
天草が着替え終えると、天草の着ていた服は気を失った男に着せられていた。
蘇芳は山田の方を向くと、鬼灯と時宗くんは、時間がないので先に教団へ向かってください。私たちは、この男の始末をするので。と言った。
山田は怠そうに返事をすると、天草の方を向き、僕が運転するので、天草さんは、助手席じゃなく後頭部座席に乗ってください。そのうざったい顔を見たくないので、と言った。
その言葉に仏頂面になりながらも、あぁ、構わない。と返事をした。
二人が去った後に、須川は、蘇芳に、そういえば、パンクした車はどうするんだ?と訊いた。
蘇芳は、ご心配いりません、鬼灯から話は聞いておりましたから、予備用のスペアタイヤも用意してますよ、と言うと、後頭部座席からスペアタイヤを取り出し、素早くタイヤの交換をした。
「なるほどな、それにしても手際いいんだな」
須川が蘇芳に感心すると、蘇芳は優しく微笑み、さあ、準備ができました、早く街の方へ戻りましょう。と言うと、お互い車に乗り、街へと向かった。
街へ向かう中、須川は、この男を殺した後、硫酸で顔をわからなくし、路地裏に捨てる。その後は、俺の知り合いに憲兵隊がいる。後は奴らに任せればいいだろ。と言った。
蘇芳は須川に、顔が広いんですね。と言うと、須川は、まあ、こう見ても探偵だしな。と言った。
PM 22:10
暗殺教団に向かう、山田と天草の車の中は、ピリピリとした空気でお互い話すこともなかった。
そんな空気の中、天草は山田に声をかけた。
「あのさ、山田。少し訊きたいことがあるんだが」
天草のその言葉に、山田は、話すなら手短にしてくださいよ。それと、僕のことは、山田ではなく鬼灯と呼んでください。と言った。
「あぁ、わかった。それで鬼灯、お前は今回の件について上に報告するのか?」
天草がそう言うと、鬼灯は、小さく溜め息をつき、馬鹿だと思ってましたけど、相当な馬鹿ですね。僕が上に報告すると、僕自身にも疑いがかかるんですよ。そんな自殺行為するわけないじゃないですか。と言った。
「いや、一応念のためというやつだ」
天草がそう言うと、鬼灯は、そろそろ着きますよ。あと、くれぐれもバレないように気をつけてくださいね。と天草に忠告した。
「そんなヘマはしないが、一応聞き入れておく」
(この教団の中に俺の父さんを殺した暗殺者がいる。そいつを見つけ出すまでは、絶対にバレるわけにはいかない)
大きな門が開かれ、目の前には大きな噴水があり、真ん中には壺を持った女神の銅像が置かれていた。
鬼灯は車を駐車できる場所に止めると、天草を車から下ろし、屋敷の中へと入って行った。
「あれが新しく入る、蘇芳辰己?」
「そうみたいだね。まあ、誰が入ろうと俺には興味のない話だけど」
屋敷の2階の窓から、天草を観察する、男と女の姿があった。
男は女に、それより
棗と呼ばれた女は、そう、ありがとう。と、お礼を言い部屋を後にした。
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