グリム・リーパー

斉宮二兎

I…序開




1930年 12月7日 昭和5年



強く降り注ぐ夜雨の中、急いで走る一人の男の姿があった。

男は雨に濡れないように大事に箱を持ち、自分の家へと向かった。



男は家に入ると、いつもと違う静けさに気がついた。

いつもなら弟が出迎えてくれるのだが、その日は誰も出迎えてはくれなかった。

その様子に不思議と思い、男はリビングの方へと向かった。



リビングに着くと、電気はついておらず、男は不思議に思いながらも電気のスイッチを押した。



「……ッ!?」



部屋が明るくなり、まず男が見た光景は、リビングで横たわる母親と弟の姿であった。



「母さん、つかさ!」



男は持っていた箱を投げ捨て、箱からは家族と食べるはずだったケーキがぐしゃりと潰れるが、男はそんなことも気にもせず、母親と弟の近くに急いで歩み寄った。



二人の外見は、傷跡もなく。

脈もあることを確認でき男はホッと安堵した、その束の間、二階の方からドタンッと音がなり、男は急いで二階へと駆け上った。



二階に上がると父親の書斎の部屋の扉が開いており。

男は躊躇することもなく、部屋に入った。

部屋に入ると電気は点いておらず、薄暗い部屋には、床に倒れこむ父親の姿があった。

男の父親は、両手で首のあたりを押さえながらも、もがき苦しむ父親の姿が、男の目に映った。

そのすぐそばには、月明かりで照らされた。

鮮やかな赤色の付いたナイフを持つ、小柄な少女らしき人物が立っていた。

少女の顔はフードを深く被っており、その下は仮面でわからず、ただ不敵な笑みを浮かべている様に見えた。



少女は近くの窓に寄ると、そのまま外へと飛び降りた、男は急いで窓の方へ向かうが、少女の姿はもうそこにはなかった。



男は急いで父親の近くに寄るが、父親は目を見開き、先ほど息を引き取った後だった。

男は小さくクソッと拳で床を叩くと、ある決意を誓った。

父さんを殺した犯人を殺してやると……




あれから月日は流れ、1935年 4月12日 昭和10年。



男の名は天草時宗あまくさ ときむね

5年前の事件の被害者の息子である。

天草は、行きつけでもある喫茶店に古き良き友人、須川賢一郎すがわ けんいちろうと過去の事件について話し合っていた。

須川は探偵でもあり少なからずいい情報は手に入ることができるし、天草にとって一番の理解者でもある。

須川は、懐からタバコを取り出すと一服吸い始めた。



「お前も一服吸うか?」


「いや、俺はいい」



須川は、そうか。と言うと、タバコを戻し、鞄からある写真を取り出した。

天草は、その写真をおもむろに取ると、写真に写る人物に目を見開いた。



驚く天草の様子を見て、須川は、お前の探し求めていた人物じゃねえのか?と訊いた。



天草は、写真をテーブルの上に置くと、須川の方を見て、いや、格好は似ているが体格からしてコイツは男だ、俺が探している人物じゃない。と答えた。



須川は深くタバコを吸い、そしてゆっくりと吐いた。



「そんなお前にいい情報を教えてやる。一部にしか知られていないが、日本にも暗殺教団という集団があり、奴等は依頼主に頼まれたターゲット以外、殺すことはない。その写真にも映ってる様に奴等は仕事の時は決してフードと仮面を絶対に外すことはない。もう俺の言いたいことは、わかるよな」



天草は、須川の言葉を理解し。

もし、暗殺教団の在り処を知れば、その集団の中に自分の父親を殺した犯人が見つかるということになる。

天草は須川に礼を言うと、その場を立ち去ろうとしたが、須川は、天草を呼び止めた。



須川は、ニッと含み笑いすると、まあ、待てよ。いい情報っていうのは一つだけじゃねえ、それに俺に良い案がある。そう言うと、天草は、良い案とはなんだ?と訊いた。

須川は、時間はまだあるし、コーヒーを飲みながらでも話そうじゃないか。と言った。




1935年 4月15日



ドンドンドンっというノックの音がして、ドアを開くとそこには憲兵の人が二人並んでいた。

憲兵の一人が、天草時宗のご家族でお間違えないですか?と訊くと、天草の母親でもある幸恵さちえは、戸惑いながらも、はい、時宗は私の息子ですけど、時宗に何かあったのですか?と訊き返した。



憲兵の人は顔色も変えず、誠に残念ですが、貴女の息子さんは昨晩、この近辺の路地裏で変死体として見つかりました。と言うと、幸恵は口元に手を当て、涙を堪えながらも、悪い冗談を言うのはやめてください……と言った。

憲兵の人は、幸恵のことなど気にもせず、そのまま話を続けた。



「遺体の懐からは、天草時宗の身分を証明するものが入っていたからですよ」



憲兵はそう言うと、幸恵に一枚の紙を手渡した。

幸恵は憲兵から紙を受け取ると、天草時宗と書かれた名前がそこにはあった。

この身分証明書も間違いなく、天草時宗の物であると知った幸恵は、地面にへたり込み、堪えていた涙は溢れるばかり流れ落ちた。




遡ること4月15日の日付が変わる4時間前。

とあるホテルにて、天草と須川は、ある作戦を企てていた。



「賢一郎の読みが正しければ、今日の夜にこの街に着く予定なんだろ、ソイツがこの街に来る前に俺たちがソイツを殺すという計画か……本当にこんなんで上手くいくのか?仮にも相手は暗殺者、俺たちでどうこうなる相手じゃないぞ」


「確かに相手はグリム・リーパーと言われる暗殺者だが、俺らは二人だけじゃないし、お前は元憲兵でもあるだろ、自分を信じろ」



須川がそう言うと、タバコに火をつけ吸い始めた。

天草は窓の外を眺めながら、元憲兵か……なれ損ないだがな。と小さく呟いた。



数分が経ち、コンコンというドアのノックの音がすると、須川は、ソファーから立ち上がり、ドアの方へと向かった。

すぐに須川と、その後ろに若き青年がソファーに座ると、青年は安堵したかのように、一気に気を抜き始めた。



「はぁ……ここまで来るのに生きた心地がしませんでしたよ。もし、教団の人たちにバレていたら、即あの世逝きですからね」



青年はそう言いながら軽く笑った。

そんな青年の様子に須川は、呆れながらも、天草に青年の紹介をしてくれた。



「彼は俺の元後輩で、今は暗殺教団の観察班をやっている。だから暗殺教団の情報はお互い暇さえ合えば情報を教え合っている、一応俺も探偵やってるから、ターゲットの情報はある程度、知っていたりするし、まあ、ギブアンドテイクっていうやつね。

で、彼の事は、そうだな……山田やまだと呼ぶといい」



山田は天草に軽く挨拶すると、二人に暗殺者の情報を話し始めた。



「暗殺者の名前は蘇芳辰己すおう たつみ、推定年齢は20代後半、その前までの職業はスパイ活動をしていたみたいです。蘇芳辰己がこの街に来るのに約1時間半、彼の行き先ルートはもう調べてありますので、僕の後について来て下さい」


山田はそう言うと、2人を蘇芳の通る場所まで案内した。


PM 21:15


街から少し離れた場所は人気も街灯も一切なく、ただ静寂に包まれた暗闇の中、蘇芳辰己が乗る車を静かに待った。



遠くから明かりが見え、山田は予め持っていた双眼鏡で遠くに光るものを確認した。



「どうだ山田?」



須川が山田に訊くと、山田は双眼鏡をしたまま、タトラT80……そうですね。あの車は蘇芳辰己の所有する車で間違えありません。と答えた。

山田がそう答えると、須川は、口角を上げ、決行開始。と指令した。

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